第19話 魔獣との初めての戦闘

 魔獣まじゅう――それは通常の獣が何らかの形で魔力を帯び、巨大化・凶暴化した怪物だ。その破壊力は、普通の獣の比ではない。魔物とほぼ同等の強さを持っているのだ。


 目の前に現れた、魔獣化した大熊。

 その口元には獣の血がしたたり、前脚の爪には生々しい肉片がこびりついていた。……つい今しがたまで、憐れな森の獣をどこかで襲っていたに違いない。そしてこの魔熊の次の獲物は――もちろんノエル達だ。



「グォオオオオオオオ!!」

「ぐっ……!」


 魔熊が雄叫びをあげ、先頭のカッツェに向かって突進した。

 カッツェがすかさず魔熊を斧で切り付け、魔熊の進行方向を逸らす。魔熊がノエル達の方に行かないようにしているのだ。


 四人はいま、緩く傾斜した谷底のような場所にいた。魔熊は斜面の上から駆けおりるように襲い掛かってきている。まずは態勢を立て直さないと、地理的に四人が不利な状況に置かれてしまう。カッツェは反動を殺さず、そのまま斜面を数歩ほど滑り降りた。


 通常の獣であれば、先ほどの一撃で充分致命傷を負うはずだった。なぜならカッツェには、ヴァイスによる身体強化と保護の白魔導術がかかっているはずだからだ。にも関わらず、魔熊はびくともしていない。やはり魔獣化した生き物は一筋縄では倒せないのだ。かつてない脅威を目の当たりにして、ノエルの体に緊張が走った。


「ノエル、下がれ!」


 カッツェは油断なく魔獣を見据えつつ、後方のノエルに向けて叫んだ。少しでも敵から遠ざけ、魔獣の攻撃範囲に入らないようにするためだ。

 だがノエルも、ここで退くつもりはなかった。


「僕は大丈夫っ! 〈石塊ストーン〉!」


 詠唱を省略して、土属性の魔導術を発動させる。幸い、足元には無数の岩石が転がっていた。土の精霊に意思を送り、それらの石を空中に浮かせる。



 魔熊がカッツェに襲い掛かろうと後脚で立ち上がった。その体長はカッツェの身長を遥かに超えている。鋭い牙と長い爪が、目の前の獲物を千切ちぎらんと狙いを定めた――


「カッツェ、伏せて!」


 言葉を発すると同時に、ノエルは浮かせていた岩石を魔熊目がけて撃ち込んだ。

 どがっ! と鈍い音を立てて、大小の岩石が魔獣の体に衝突ヒットする。カッツェの頭上を越えた石飛礫いしつぶては、魔獣の頭部を直撃していた。急所を打たれ、魔獣がよろめく。


 ノエルの魔導攻撃で魔熊がひるんだのを見て、すかさずレイアが動いた。地面を蹴って跳躍し、空中から魔熊に切りかかる。両手の刀が次々に魔獣へ斬撃を繰り出した。

 攻撃を受け、魔獣が地面に脚をつく。呻き声をあげ、何度か頭を振るっている。その全身から、血と黒い瘴気しょうきが噴き出していた。


 痛みを感じる器官は残っているのだろうか。魔物になれば痛覚はないはずだが、この魔獣は手負いの獣と同じような振る舞いをしている。一瞬だけノエルの心に憐憫の感情が芽生えた。

 だが、再び魔獣が顏を上げたとき。その瞳に宿る憎悪と殺気を見て、ノエルは憐れむ自分を戒めた。


 これだけの手負いを受けているいま、普通の獣ならば闘志を失って逃げ去るはずだ。だが魔獣化した獣は自らの生存本能すら忘れ去り、周囲を破壊し尽すまで暴れ回る。傷を負えば追うほど、その脅威は増すことになるのだ。ゆえに魔獣と対峙したら敵を逃がしてはならない。必ず留めを刺さなければ……もしも逃してしまえば、さらに強力な力と復讐心を持って人を襲うようになるからだ。



雷電サンダー!!』


 魔獣の被害をこれ以上増やさないためにも。今度はノエルも手加減せずに雷魔導を放った。

 ずどぉおおおおん!! という爆音とともに、魔熊の腹を雷の刃が貫く。勢い余って雷が後ろの木々にも当たり、数本ほど木をなぎ倒してしまった。


「グガァアアアアアア!!」


 断末魔の叫び声を上げ、魔熊はついに事切れた。

 その体から黒い瘴気が抜けていき、同時に体もしぼんでいく。

 後にはごく普通の、黒い雌熊めすぐまの屍骸だけが残っていた。



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◆冒険図鑑 No.19: 魔獣まじゅう

 魔獣の生態は、まだ全て解明されてはいない。「獣が瘴気しょうきを浴び続けることによって魔獣化する」というのが現代の定説だ。

 魔獣化した獣は理性を失い、凶暴化する。討伐しない限り元の獣の姿に戻ることはないため、ほとんどの場合は魔物と同様に駆逐対象となる。

 魔獣化が進むと、獣としての肉体は徐々に失われ、最終的には純粋な瘴気の塊である「魔物」と化す。

 ただし例外として、〈魔鳥ガルーア〉がいる。ガルーアは瘴気の影響で変異した「半魔獣」だったが、生殖能力を失っていなかったため、通常の獣と同じように繁殖した。その特異な性質から、ガルーアは〈獣と魔獣の中間の存在〉であるという声もあり、一部の研究者から注目されている。

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