第18話 魔熊との遭遇

 野営を終えて出発した一行は、今日も〈暗き森〉の道なき道を歩んでいた。

 カッツェとレイアが交互に先頭を務め、木の枝や絡まるつたを取り除きながら進む。ノエルは少年らしい身軽さで、ヴァイスはエルフらしい軽やかな身のこなしを活かして、前の二人に遅れを取らないよう後を追っていた。


 *

 ざしっ、と軽快な音を立てて、襲ってきた野生の狼をカッツェとレイアが撃退する。きゅうんと一声鳴いて尻尾を巻いた狼達は、敵わない相手と見たのだろうか。足を引きずりながら一目散に退散していった。


「最近、僕の出番、全然ないなぁ」

「それは良いことではないですか」


 ノエルがつまらなそうに声をあげると、ヴァイスがまぁまぁとたしなめた。だがノエルはまだぶぅっとむくれていた。白魔導師のヴァイスは、かすり傷を負ったカッツェとレイアにせっせと治癒と障壁バリアの呪文を掛け直している。


「ヴァイスはバリアと治療で毎回役に立ってるからいいけどさ。僕なんか最近、野営の火起こしくらいしかしてないよ。しかも、炎なら別にカッツェでも起こせるし……」


 治癒と障壁の基本的な白魔導術なら、ノエルも一応使うことはできる。だがノエルが契約している光の精霊は「回復系」の魔導術とは相性が悪く、魔力の消費燃費が悪くなってしまう。そのため、通常の戦闘ではほぼヴァイスが回復魔導を担当していた。

 逆に、ヴァイスが契約している光の精霊は「攻撃系」の魔導術と相性が悪い。攻撃魔導も使えないことはないが、威力が弱いために戦闘で使うことはあまりない。同じ光の属性の精霊でも、能力の向き不向きというものがあるのだ。


 ヴァイス曰く、今のパーティーは戦力的にかなりバランスが取れているようだ。前衛の戦士二人に、魔導攻撃担当のノエル、防御と回復担当のヴァイス。偶然集まった四人にも関わらず、バランスとしてはこれ以上ない組み合わせだった。


 そうは言っても―—と、前衛二人の背中を見つめながらノエルは思う。この男女二人の戦士が有能すぎるばかりに、ノエルたち魔導師二人の出番は今のところほとんどなかった。

 圧倒的力パワーをもつカッツェが斧を振り回し、驚異的な素早さを持つレイアが双刀で敵を切り刻む。ノエルやヴァイスが魔導術を唱える間もなく、カッツェ達だけであっという間に敵を撃退してしまうのだ。


 ノエルはここ数日、お得意の攻撃魔導を全く使っていなかった。ただでさえ体力がなく歩みの遅い自分は、単なるお荷物なのではないかとすら思えてくる。


「適材適所、ということで……。ノエル様はという時のために、魔力を温存しておいてください」


 ノエルの不満を知ってか知らずか、ヴァイスが苦笑しながら慰めるのだった。

 

 *

 幸か不幸か。ノエルが待ちわびた出番はそれからすぐにやってきた。

 前を行く二人と、しんがりを務めるヴァイスが、ほぼ同時に不穏な気配を察知する。


「……嫌な感じがしますね」

「真っすぐこちらに向かってきている……避けられそうにないな」

「ノエル、良かったな。お前の出番だぞ」

「えっ?」


 カッツェの言葉に、訳も分からずノエルが問い返したとき。ヴァイスが緊迫した面持ちで後を続けた。


「気を付けてください、敵は――」


 その言葉も終わらぬうちに、がさがさと乱暴な葉音が耳に飛び込んできた。小さな獣の立てる音ではない―—かなりの巨体と重量をもつ「何か」。周りの動物たちが慌てて逃げ出し始める。その「何か」は、恐ろしいスピードで近付いて来ていた。


 ばきばきっ!という大きな音とともに茂みから現れたのは――巨大な熊だった。

 真っ黒な躯体くたいは紫煙のような瘴気しょうきに覆われ、金色の瞳は狂気で染め上げられている。ただの熊ではない。これは――


「――魔獣まじゅう化しています!」


 ヴァイスの鋭い警告と同時に、カッツェとレイアが臨戦態勢に入った。



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◆登場人物コンビ紹介:ノエルとヴァイス…魔導師コンビ・北の村コンビ。

 二年前からの知り合いで、一番付き合いの長い二人。〈北のギルド〉を束ねる正副ギルドマスターでもある。

 互いに相手を尊敬しているが、自由奔放なノエルに真面目なヴァイスがたびたび振り回されている。一見すると、あるじと執事のように見えることも。

 この二人だけでも攻・防のバランスには優れているが、魔導師同士のため、不意打ちや接近戦には弱い。

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