第13話 罪の記録

 森の中に突然現れ、旅に同行したいと話すダークエルフの女。その言葉に、ノエル達は驚いていた。事情が呑み込めない三人に向かって、女は静かに話し始めた。


 *

 褐色の肌を持つダークエルフの女戦士は、名を「レイア」といった。彼女はおよそ19の歳になるまで、この森で盗賊に育てられていた。


「お前はまだ赤ん坊の頃にこの森に捨てられていたんだ。――それを俺たちが拾って育ててやっている。有り難く思いな」


 幼い頃から盗賊にそう聞かされて育ったレイアは、その言葉を信じて疑わなかった。彼女は生まれてから他のダークエルフと会ったことがなく、彼女の周りには同族がいなかったのだ。ダークエルフでありながらヒト族の盗賊に育てられた彼女は、常に「異端」であり「孤独」だった。


 仲間に少しでも認めてもらうため、レイアは彼らの言う事には何でも従っていた。窃盗、強奪、襲撃、強盗……果ては、人殺しまで。あらゆる蛮行を行っても、良心の呵責かしゃくを感じたことは一度もなかった。レイアにとって、それが物心ついた時からの日常だったからだ。

 暗闇でも自由に動くことができ、俊敏な肉体と高い危機察知能力を持つ。それがダークエルフの特性だった。盗賊たちはそれを存分に利用した。彼女の生まれ持った才能は、盗賊の生業なりわいの中で遺憾いかん無く発揮されていたのだった。


 *

 そんな生活に転機が訪れたのは、数ヶ月前のことだった。


「――ワシを殺すのは構わない。だがワシを殺して、お前の心は果たして喜ぶかのう?」


 目の前で、今まさに刃にかけようとしているエルフ族の老人。その人物から発せられた言葉に、レイアは思わず手を止めた。


「レイアよ。お前の両親は、お前を捨てたのではない。本当はお前を育てた盗賊がお前の両親を殺してお前をさらってきたのだ」

「――!! お前は何を言っている。なぜ私の名前を知っているのだ」


 目をつむったままの老エルフが、レイアの手の下で静かに言葉を紡ぐ。教えていもいないのに突然名前を呼ばれ、レイアは激しく動揺していた。


「ワシは目が見えぬが、その代わりに精霊達がたくさんのことを教えてくれる。今も、お前のそばにいる精霊がワシに真実を伝えてくれておるのじゃ」


 落ち着いた声で老エルフがそう語る。その言葉に偽りはないと、なぜかレイアには直感でわかっていた。あるいは、老人の言う精霊の言葉――それがレイアにも届いたのかもしれない。

 どうすればいいかわからず、無言で老人から手を放した。老人は落ち着いた様子のまま、もう一つの事実をレイアに伝えた。


「『レイア』という名前はな、ふるいエルフの言葉で『天使』という意味なんじゃ。お前の本当の両親が付けてくれた名前じゃよ。大切にしなさい」


 その言葉を聞いた途端、せきを切ったようにレイアの目から涙が溢れだした。何故泣いているのかは、自分でもわからなかった。ただ胸の奥底から熱い感情が溢れ出して、止まらないのだ。記憶は無くとも、両親の愛情を伝えているかのように。

 レイアは膝から崩れ落ち、大粒の涙を流していた。その肩に、老エルフの手がそっと触れる。


「レイアよ。残念じゃが、お前がこれまでにしてきたことは、許される事ではない。その証拠に……今のお前には、本来エルフならば聞こえるはずの精霊の言葉が届かないじゃろう。だがお前が本当に悔い改め、今までの罪をつぐなう覚悟ができれば。呪いは解け、精霊達の声が聴こえるようになるじゃろう」


「どうすれば……私はどうすればいいのですか……」


 涙を流しながら問うレイアの前で、老エルフは精霊の言葉に耳を傾けた。


「聖杯を……探しなさい。お前が、正しく清らかな聖杯の力を見つけることができれば、お前の罪のしるしは消え去るじゃろう」


 そう言って、老人の手がレイアの肩から離れた。老人が触れていた場所――レイアの左の上腕には、暗く光る紋様が刻まれていた。


「これは、お主が己の犯した罪に気付いたあかし。善い行いをすれば少しずつ薄まり消えていき、やがて聖杯の力によって完全に消えるモノじゃ。――行きなさい、レイアよ」



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◆冒険図鑑 No.13: ダークエルフ

 エルフ族の派生種、ダークエルフ。ダークエルフとホワイトエルフは、似ているが異なる種族である。ホワイトエルフが森と共に生きる古風な伝統を継承してきたのに対し、ダークエルフは森を出て大地とともに歩むことを選んだ。狩猟を中心とした生活を営んできたため、ヒト族やホワイトエルフに比べて筋肉量が多く、身体能力も高い。

 またホワイトエルフは完全採食主義であるが、ダークエルフは肉も食べる。ホワイトエルフが風と光の精霊と相性が良いのに対し、ダークエルフは大地と闇の精霊の加護を受ける。だが、もとは古代エルフ族と呼ばれる同じ種族だったため、いくつかの似通った特徴はあるようだ。

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