第10話 不思議なローブ

 ノエル達の一行は、見渡す限り枯れた草木しか生えない荒れ地に差し掛かっていた。この先には〈暗き森〉と呼ばれる森林地帯がある。南の地に向かうには、まずその森を抜けなければいけなかった。

 〈暗き森〉には、ガルーアを始めとする魔物も多く住んでいる。森に入ればトナカイでは動きにくいから、降りて徒歩で移動しなければならないだろう。当然、危険度は今までの数倍にも跳ね上がる。ただし森に着くまでの荒れ地は、見晴らしも良く平らなため、魔物が襲って来てもすぐにわかる。今のところは魔物の姿も見えず、安全な旅路と言えそうだった。


「そういえば」

 トナカイに乗って先頭を歩むカッツェが、何かを思い出したようにノエルに声を掛けた。


「お前、そのコートでこれからも旅をするのか?」

「えっ、何かマズイかな?」


 ふわふわと上下に金髪を揺らしながら、ノエルが首を傾げた。小さなトナカイの背の上で、揺れに合わせて体が上下している。村から出ることも少ないノエルは、あまり乗馬に慣れていなかった。そのためヴァイスが、身体強化と体重を軽くする白魔導を掛けて彼の負担を軽くしていた。


「何かって……そんな真っ白なコートじゃ、すぐに汚れるぞ。他にもっと頑丈な上着はなかったのか?」


 呆れたようにそうカッツェが指すのは、ノエルの着ているコートのことだった。

 柔らかい白兎の毛でできたそのコートは、太陽の光を反射して淡い光沢を放っている。確かにどう見ても、荒野を行く旅路に向いているとは言い難い見た目だった。


「あ、これ? 大丈夫だよ」

 ノエルはまるで気にする風でもなくそう答えた。


「ヴァイスが障壁の魔導術を掛けてくれてるからさ」


 隣にいたヴァイスが頷く。そして怪訝な顔をしているカッツェに、もう少し詳しく説明を追加した。


「我々エルフ族に伝わる、秘術です。私のローブにも掛かってますよ。防御力を高めるだけでなく、汚れや劣化も防いでくれます」


 そう言うヴァイスが着ている青白銀のローブも、ノエルのコートと同じく不思議な光沢を放っていた。ノエルも詳しくその仕組みは知らないのだが、どうやらこの光沢が術の効力を示しているらしい。光の精霊の加護を受けているのだ。こうして物質に強化の効果を付与するには、普通に魔導術をかければいい訳ではなく、何やらまじないに似たいくつかの手順が必要らしい。


「なにっ? 俺にもその術、掛けてくれよ」

「あなたの鎧は既に汚れていますし、もともと防御力が高いので必要ないでしょう」

「えぇっ……」


 カッツェの懇願を、ヴァイスはあっさりと拒否してしまった。

 残念そうな顔をしているカッツェに、やれやれといった口調で付け加える。


「けっこう準備が大変なんですよ、その術。七日七晩、魔方陣の中に対象物を置いておかなければいけないですから。今はそんな暇はないでしょう?」

「なるほど、じゃあ仕方ないな」


 七日七晩という言葉を聞いて、カッツェがようやく諦める。さすがに七日間も鎧を脱いで裸で旅をするわけにはいかない。荷物を極限まで減らして一人旅を強行してきたカッツェは、残念ながら予備の鎧など持ち合わせていなかった。


「もしどこかで暇ができたら、掛けて差し上げますよ」

「良かったね、カッツェ!」


 カッツェをなだめるヴァイスの横で、ノエルはいつもの調子で笑うのだった。



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◆冒険図鑑 No.10:魔道具マジック・アイテム

 経験を積んだ魔導師であれば、魔導術によって物質に特殊な効果を付与することも可能である。そうして効果を付与された道具は、魔道具、または魔具などと呼ばれる。

 魔導術の発動には、魔力の元である魔素エーテルが必要なため、通常は魔素を溜めやすい素材を用いて魔道具は造られる。例えば、魔石や水晶、鉱石や金属などがそれである。それ以外の物質に効果を付与する場合は、魔方陣を用いるなどして物体自体に魔素を溜めるところから始めなければならず、時間がかかる。

 気の遠くなるように時間がかかる方法のため、今ではその技は人々の記憶から薄れ、一部の長寿なエルフ族によってのみ受け継がれているという。

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