第9話 切れない絆
少年は身を屈めて、足元にある
「こっちだ、来いっ!」
一体どこから持ってきたのか、血の
「危ない、やめなさい!」
ヴァイスの叫びも虚しく、肉の匂いに気付いたガルーアたちが少年へと狙いを定めた。足場の悪い岩場を時折転びそうになりながら走っている少年の足より、ガルーアの羽ばたきの方が遥かに速い。あっという間に距離が縮まり、少年の背後にガルーアが迫った。
少年は途中で肉を投げ捨て、丘の上まで全力で走り始めていた。ヴァイスもその後を追うが、岩場のせいで思うように進めない。
丘の上には、少年ただ一人。それを取り囲む大鳥の群れ。絶対絶命かと思われたその時――
『・・・』
少年がガルーアの群れに両の手のひらを向け、何か短い言葉を発した。
次の瞬間、ごうっという轟音とともに先頭のガルーアが赤い炎に包まれる。
『
少年が次々と言葉を発するたび、空中に炎が燃え上がり、ガルーアからガルーアへと炎が燃え移る。絶叫が谷に
少年が発した言葉は、ヴァイスが耳にしたことのない
(あれは呪文ではない、詠唱省略……? こんな子供が、そんな高度な魔導術を一体どこで……?)
詠唱省略は、魔導術の技術の中でもかなり高度な
他の者があっけに取られている間に、焼け焦げたガルーアが次々と地面に落ちてきた。
少年は、はぁはぁと肩で息をしながら岩の上に立っている。
『
弱々しく掲げた右手からぷすんと黒煙が出ると、少年は気を失って倒れ込んだ。強力な魔導術を連続で使用したため、魔力を使い果たしてしまったようだ。
岩場から転げ落ちそうになったところを、すんでのところでヴァイスが受け止めた。残った数羽のガルーアが二人に襲い掛かるが、ヴァイスの強力な
「「後は俺たちが!」」
他の戦士たちが、雄たけびとともに残りのガルーアを仕留めにかかる。何羽かは森に逃げ帰ったものもいるが、既に火傷を負ったガルーアは戦士の手で全て倒され、ようやくあたりに静けさが戻った。
「大丈夫ですか?!」
「あ……ありがと」
少年の頬を叩きながら呼びかけてみると、薄っすらと目を開けた少年は、蒼白い顔で弱々しく笑ってみせた。
*
「そのとき私は、驚きとともに猛省しました。こんなに幼い少年が危険も
そう締めくくり、ヴァイスは昔を懐かしむように少し目を細めた。
「僕だけの力じゃないよ。あれだけの数のガルーアを相手にして、死傷者が一人も出なかったのはあの日が初めてだったって。ヴァイスが白魔導で全部治療してくれたお陰で助かったって、おじさん達が言ってたよ」
「お褒めに預かり、光栄です」
ノエルの付け足した言葉に、ヴァイスがにこりと笑って首を傾けた。これは
「それが、あの噂に聞く
「はい。私は王都での白魔導師としての仕事を辞め、この北の地でノエル様と一緒にギルドを組むことにしました。この地でなら、私の力も人々の役に立つと思ったからです」
ヴァイスがおよそ2年前に北の村に移住してから、二人は協力してギルドを拡大してきた。ノエルはヴァイスという強力な盾を得て、最大の弱点である防御の弱さを心配する必要が無くなった。守りを全てヴァイスに
ノエルは、自信をもってカッツェに伝える。
「僕とヴァイスがいれば、南の国の魔物もきっと退治できるよ。だから安心してね、カッツェ!」
「うむ。期待しているぞ」
カッツェは力強く頷き、一行は南の地を目指してトナカイをさらに急がせた。北の岩場の雪は、日向から徐々に姿を消し始めている。真冬の厳しさは薄れ、雪解けの季節も近かった。
このときの三人はまだ、これから先に待ち受ける幾多の出会いと試練のことなど、露ほども知らないのだった――。
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◆登場人物紹介 No.3: ヴァイス(白魔導師)
東の王都出身のホワイトエルフ。年齢は20代後半。回復・補助系の白魔導術を得意とする。藍色の髪と薄紫色の瞳に、
2年前にノエルと出会い、北の村でギルドを立ち上げた。以来ずっと北の村に住んでいる。几帳面で生真面目だが、温和で争い事は好まない性格をしている。読書が趣味で、古代エルフ語の文献も読むことができる。
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