閑話

第8話 主従、あるいは少年と青年を巡る関係

 できうる限りの早さで旅の支度を整えた一行は、三頭の馴鹿トナカイに乗って「北の村」を出発した。

 村の南側から南西にかけては、荒涼とした岩場に囲まれている。この岩場を過ぎると、その南側には「深き森」と呼ばれる森林地帯が広がっている。


 赤銅しゃくどう色の甲冑を身に付けたカッツェが、どうどうと大型のトナカイを制しながら先頭を進む。ノエルとヴァイスはそれより少し小型のトナカイに乗って、カッツェの後ろを進んでいた。

 村を出てからほどなくして、数日前にノエルとカッツェが出会ったあの岩場のあたりに差し掛かった。徒歩では小一時間ほどかかる道のりも、トナカイに乗ればその半分ほどの時間で着くことができる。


 *

「ねぇヴァイス。もうギルドを離れたんだから、僕のこと"様"付けで呼ばなくてもいいよ!」

「いいえ、そういう訳にはいきません。留守の間は代任を立ててきたとはいえ、ギルドを統べるのはノエル様ですから。それに、もう二年間もこの呼び方をしていますから、慣れてしまいました」


 ノエルの言葉に、エルフの青年はにこやかに笑ながらそう答えた。この青年はどうも形式や肩書というものをわりと重んじているところがある。たとえギルドを抜けても、彼はあくまで「ノエルを補佐する」という姿勢を今まで通り貫き通す気のようだ。すなわち、この呼び方を変えるつもりはないのである。


 ノエルは小さくため息をついた。ヴァイスをはじめギルドのメンバーはノエルのことを仰々ぎょうぎょしく「様」と呼んでいる。たとえノエルが最年少であっても、ギルドマスタートップは彼なのだということを知らしめるためらしかった。ただ、ノエル自身はその呼び方が堅苦しくてあまり好きではない。もっと気楽でいいのに、といつも感じていた。


 ノエルとヴァイスはギルドメンバーと相談し、不在時の代理マスターを立てたうえで極秘にギルドを抜け出していた。周辺のギルドについては、既にヴァイスが手を回して休戦連絡を送ってある。前回のギルド戦で相当疲弊していた〈東のギルド〉にとっても、この休戦の知らせは願ったりの申し出だったはずだ。これでトップ二人の不在中にギルド戦を吹っ掛けられることもないだろう。

 ギルドを巡るノエルとヴァイスの会話を聞きながら、カッツェがふと口を挟んだ。


「ところで、お前達二人は2年前からの知り合いと言っていたな。どうやってあのギルドを立ち上げたんだ? リーダーが二人とも魔導師の巨大ギルドなんて、あまり聞かないが」

「うーん、僕がヴァイスから『一緒にギルドを作らないか』って言われたのが始まりかな?」

「そうですね、私がノエル様の力に感銘を受けて……と言っておきましょうか」


 ノエルが隣を見やると、ヴァイスが軽く眼鏡を持ち上げながら感慨深げに遠くを見ている。

 確かにカッツェの疑問はもっともだった。巨大なギルドを束ねるギルドマスターは大抵、元貴族や元領主、もしくは軍事に強い優秀な将軍といった、地位も知名度もある立場なことが多い。それに対し、ノエル達のギルドのように正副ギルド長を両方とも魔導師が務めるギルドというのは、かなり珍しい部類だった。少なくともここ西大陸では他に類を見ないのではないだろうか。


 通常、魔導師というのは後方支援に回ることが多い。また、体力もないので軍のメインのポジションに就くことも少ない。魔導術を発動するためには集中が必要で、術を発動しながら同時に戦況を見極めて指示を出すというのは極めて困難なのだ。そう考えると、ギルド戦でのヴァイスの立ち位置は非常に稀なものと言える。ヴァイスの場合は、単純にエルフ族としての膨大な魔力量というポテンシャルがその離れ技を可能にしていた。ただしエルフ族はたいてい厭世家であることが多く、また争いごとも嫌いなため、やはり巨大な集団のリーダーに立つことはそうそうないのだ。


 ノエルもヴァイスも、実はここまで自分たちのギルドが大きくなるとは予想していなかった。実際は流れ流れるままに参加メンバーが増えていった、というのが本当のところだ。

 ヴァイスはトナカイに乗るだけの単調な時間をまぎらわすつもりで、魔導師二人の出会いとギルドを立ち上げるまでの経緯をカッツェに語ることにした。


 *

 エルフの青年ヴァイスは、もともと海を隔てた東大陸に位置する〈東の王都〉の出身だった。

 王宮から派遣される白魔導師として王都周辺の町村で務めを果たしていたのだが、束の間の気分転換にと有給休暇を取ることにした。そして偶々たまたまここ北部ノース地方の港町まで旅行に来たのだった。


 北部ノース地方の港町についたヴァイスは、「北西の岩地で大鳥ガルーアが異常に繁殖してしまい、小さな村が襲撃を受けている」という噂を聞きつけた。


 彼の故郷である東の王都周辺では、魔物の姿はほとんど見かけない。冒険者が深い森の中に分け入ったというのならともかく、村が魔物に襲われるなどという話は全く聞いたことがなかった。文化的衝撃カルチャーショックに思わず驚いたものの、自分にも何か役に立てればと考えたヴァイスは、港町を離れてその岩地に向かうことにした。


 北部の岩地に着くと、そこには何人かの有志から構成された撃退部隊が陣営を組み、魔物の襲撃に備えていた。ヴァイスが何か手伝えることはないかと声をかけたところ、彼らは新たな助っ人を喜んで迎え入れてくれた。


 *

「退治しても退治しても、次から次へとガルーアが森から飛んでくるんだ。ひと月ほどの繁殖期さえしのげれば何とかなると思うんだが、人手が足りなくてな。応援は非常に助かる。あっちで怪我人を治してやってくれないか」


 ヴァイスが治療用テントの向かうと、そこには負傷した数人の兵士が簡易ベッドの上に寝かされていた。テントもベッドもどこかの軍のお下がりか、近くの村から運び込んだものらしい。お世辞にも立派なものとは言えず、急場凌ぎのもののようだった。

 さっそく負傷した兵士の治療にあたっていると、見張り役の叫ぶ声が聞こえた。


「また来ました! 今度は大群です!!」


 見ると、その数 二十か三十を超えるガルーアの大群が、西の空から押し寄せて来ていた。遠目には色鮮やかなカラスか、孔雀くじゃくのように見える。だがその姿が近付くにつれ、その影一つ一つが人間の背丈以上もある巨大な怪鳥であることがわかった。


「村には入れるな! ここで全て食い止める!」


 すぐに防御陣営が迎撃の体制に展開した。

 あっという間にガルーアが岩場に近付き、上空を埋め尽くす。辺りに卵が腐ったような強烈な異臭がたちこめてきたかと思うと、ガルーアが羽ばたくたびに突風が起り、竜巻のように砂埃を巻き上げた。


 弓矢に銃、ボウガン、槍、投擲とうてき、火炎瓶に魔法による攻撃……。有志の戦士達が、各自あらゆる手段でガルーアへの攻撃を開始する。しかし、どれも怪物を撤退させるほどの効果はなかった。少しでも攻撃の手を緩めれば、たちまち上空からガルーアの鋭い鉤爪が襲ってくる。


 ヴァイスも魔導障壁や治癒で味方の支援をしつつ、攻撃魔導を仕掛けてみる。だがほとんど実戦経験のないヴァイスの攻撃魔導では、ガルーアを一瞬怯ませるのがやっとだった。


 目の前で、一人の兵士がガルーアの攻撃をまともに喰らった。衝撃で後ろに吹っ飛び、その身体をしたたかに岩に打ち付けてしまっている。呻き声をあげながらも、その兵士はなんとか体を起こした。ヴァイスが身体強化の白魔導をかけていたから大事には至らなかったものの、生身の人間であれば首がはね飛んでいてもおかしくはない威力だった。

 通常の獣とは異なる、桁違いの強さ。初めて対峙する魔物の身体能力に、ヴァイスは驚愕していた。


(私に、もっと力があれば……!)


 自らの無力さを思い知り、歯ぎしりする思いでガルーアを睨んだ――その時。


「僕に任せて!」


 背後から聞こえてきたのは、まだ声変わりもしていない子供の声だった。

 空耳かと思いながら後ろを振り返ると、よわい十にも満たないような華奢なヒト族の少年が立っていた。



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◆冒険図鑑 No.8: 馴鹿トナカイ

 シカ科のトナカイ属に属する哺乳類。北方の寒冷地方に多く生息する。雌雄共に角がある。ぶ厚い体毛をもち、寒冷な環境から身を守る。蹄は大きく接地面が大きいため、体重が分散されて雪の上でも沈むことなく歩くことに適応している。雪の多い北国では、馬に代わって荷役や騎乗用に使われることが多い。

 北の村で飼われているトナカイはよくしつけされているため、ある程度の距離なら道中で離しても自力で村まで帰ることができる。隣村との行き来などによく利用されている。

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