第4話 英雄<ヒーロー>
「もうちょっと距離を詰めないと、敵の急所に当てられないからさっ」
ノエルは歩を緩めず軽やかに歩き続けながら、後ろから追いついたカッツェに事情を説明した。わざわざ高台から降りて敵陣に近付くのは、敵の軍勢が最も集中する部隊中央を魔導術の範囲内に収めるためだ。
白魔導師のヴァイスも、カッツェと共に高台を降りてノエルの護衛に付いて来ていた。ノエル達の周囲には、ヴァイスの展開した
魔導障壁があれば、外部から仕掛けられた物理攻撃・魔導攻撃はともに効力を失い、不意打ちを恐れる必要はほとんどない。しかしカッツェはさらに念には念を入れ、ノエルの方に飛んでくる矢を
二人の護衛に守りを任せ、ノエルは最高難易度の攻撃呪文の詠唱を開始した。
『我が契約せし雷の精霊よ
天に
闇を切り裂く光となりて
怒りの刃を下ろせ・・・』
この術は相当な魔力を消費するため、失敗は決して許されない。ノエルは歩みを緩めることなく、神経を研ぎ澄ませて呪文の詠唱に集中した。集中を重ねるごとに周囲の音が遠のき、精霊達が近くに集まって来くるのが感じられる。
精霊は呪文の「響き」に敏感だ。呪文は唄うように、息をするように、
ノエルの集中が高まるにつれ、周囲の空気がびりびりと張り詰めていく。
『――〈
ノエルが最後の
遠くから鳴り響く地鳴りのような音とともに、
突然の天候の変化を不思議に思う兵士たちが、一人また一人と空を見上げ始めた時だった。
突然の
光の槍が天を切り裂き、大地に突き刺さる。光の柱と
あまりの強烈な光に、敵味方あわせて幾千におよぶ兵士たちが一瞬にして視界を奪われた。砂煙がもうもうと立ち上がり、さらに視力の回復を
ゆっくりと煙が晴れると、目の前には異様な光景が広がっていた。
何百という敵ギルドメンバーが、折り重なるように地面に倒れ伏す姿。その下に拡がる大地は、村一つ丸々呑み込むほどの範囲で黒く焼け焦げていた。
懸念していた高難易度の魔導術の発動はどうやら成功したようだ。ただし――
(ちょっとやりすぎたかな……)
敵ギルドとは言え、相手は人間だ。兵士の命は奪わない程度には手加減したつもりなのだが、想定していたよりも範囲が大きくなってしまった。
やはり魔力の制御は難しい……、とノエルはぼんやりとし始めた頭で考える。強力な魔導術を発動した直後は、いつも酸欠状態のように体から力が抜けてしまうのだ。
*
ノエルの放った魔導術により、〈東のギルド〉陣営は完全に前後に分断されてしまい、後陣は慌てて撤退を始めていった。残された敵前衛もみな次々と両手を上げて降参していく。ノエル率いる〈北のギルド〉は、先ほどまでの不利な戦況からあっけないほどの逆転勝利を収めていた。
「ふぅ……」
「おっと、危ねぇ」
安心すると同時に気が抜けてしまい、ついに意識を保ち切れなくなったノエルは後ろに倒れ込んだ。すかさず背後にまわったカッツェが、がっしりとしたその腕でノエルの背中を支える。
*
次に目を覚ましたとき、ノエルの目の前には見慣れたギルド本部の天井があった。その天井が、ノエルの意思とはまるで関係無く、ぐるぐるぐるぐると回っている。……気分が悪い、最悪だ。鈍い頭痛を感じながら、ノエルは開いた目を再びぎゅっと閉じた。
「あ~、ふらふらするよ……。いつものやつ、お願い」
「はい、どうぞ」
ずきずきと痛む額に手をやりながら、隣に控えるヴァイスに声をかける。その声は先ほどまでとは打って変わって
ヴァイスが大量の瓶に入った液体をお盆ごと手渡してくれたので、ベッドに起き上がってそれを端からごくごくと飲み干す。オレンジ色の液体の中で、炭酸の泡が浮かんでは消えた。
「……なんだ、それ?」
「
二人の様子を少し離れたところで眺めるカッツェが問いかけると、ノエルの代理とばかりにヴァイスが淡白な声で答えた。
「ソーダ割り……?」
「ノエル様は、
特殊な
炭酸入り魔力回復薬でせっせと魔力を回復しているノエルを横目にながら、ヴァイスがカッツェに向けて口を開いた。彼が話そうとしているのは、この〈ギルド〉に関する、ある「重大な秘密」だった。
*
先ほどのギルド戦で強力な魔導術により敵を蹴散らしたノエルは、若干12歳にも関わらず、圧倒的な魔導術の才能を持っている(……と周りから言われている)のだが、実は重大な欠点を持っていた。
それは、魔力の力加減が圧倒的に不得意であること。つまりノエルは、「瞬発タイプ」の魔導師なのだ。要するに魔導術を使う際の
もしもノエルの
敵にその弱点を知られないためにも、一度戦場に降り立ったら一気に勝負を終わらせなければいけない。今までのギルド戦において、ノエルはいつも最大火力で敵を撃破してきた。
そんな彼の圧倒的魔導術を見て、どこかの誰かに「戦場の
*
実は、ノエルの攻撃系魔導術とヴァイスの補助系魔導術が強すぎるがゆえに、〈北のギルド〉の他メンバーは実質的にほぼ無力でも問題がなかった。
ある程度の頭数さえ揃っていれば、たとえ味方全員が戦闘力のない農民であろうと、ヴァイスの
はたからみれば、おそらくその攻撃は何人かの魔導師による合同魔導だと思われているだろうが、実際はノエル一人で超強力な魔導術をぶち込んでいるに過ぎなかった。
――タネがばれてしまえば、それは作戦とも言えない、短絡的な戦法だった。ゆえに、攻撃の要であるノエルの正体はギルドでも中枢のメンバーしか近付けないように日頃から警戒を怠らないのだ。
……ところで、そのように不遇とも言える扱いを受ける〈北のギルド〉のメンバーから不服の声が上がったりはしないのかというと……幸いにして、これまで一度も内部からの反乱が起きたことはなかった。
〈北のギルド〉のメンバーは、主にノエルが直々に〝信頼できる人物か否か〟という直観に基づいて加入許可を出してきた。
少しでも心にやましいところがありそうな兵士であれば、ノエルの判断で絶対に雇わない。そして
〈北のギルド〉のメンバーはそんな正副マスター・ノエルとヴァイスの魔導師二人を尊敬していて、一致団結していた。
それらの事情を全てカッツェに明かしたところで、ヴァイスが一つ溜息をつく。
「これは、ギルドの内部でも一部の中枢メンバーしか知らない事実です。皆の志気に関わりますからね。……私があなたに我がギルドの情報を開示している意味、わかりますね?」
ヴァイス自身はまだ納得できていない様子であるものの、どんな戦況でも〝ノエルを守る〟という役割を冷静に堅守したカッツェに対して、どうやら彼も
カッツェはその意味を改めて認識し、姿勢を正して無言で頷いた。ヴァイスも小さく頷き返すと、静かに右手を顏の高さまで上げ、小さなギルド本部に響く声で高らかに宣言した。
「カッツェ、あなたを正式に我がギルドのメンバーとして迎えます。ギルドマスターであるノエル様の身をお守りするように」
「やった! よろしくね、カッツェ!」
ヴァイスの正式な許可が出て、ノエルは嬉しさに顔を
こうして、数日前に出会ったばかりの屈強な戦士・カッツェが、ノエル達の仲間となったのだった。
この出会いこそが、ノエル達の、さらには世界の運命をも大きく変えることになることなど、このときの三人はまだ知る由もなかった――。
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◆登場人物紹介 No.1:ノエル=クラウン(魔導師)
「北の村」育ちの12歳の少年。魔導術の稀有な素質をもつ。淡い金髪と青い眼、白兎のコートがトレードマーク。2年前からヴァイスとともに〈北のギルド〉を発足し、急成長させてきた。
性格は無邪気で
彼の持つ魔力とその生い立ちには、なにか秘密が隠されているらしい。
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