第5話 聖杯の伝説
うっすらと雪が舞う
切り出した丸太を積み上げて造られた、こじんまりとした家。それがこの地方を治めるノエル達〈北のギルド〉の本部拠点だった。
外は氷点下の気温にも関わらず、燃え盛る暖炉と木のぬくもりのお陰で、小屋の中は意外にも暖かい。
早朝から始まったギルド戦の
魔力の補充を終えたノエルがベッドを降りてすぐ、二人はカッツェから「話がある」と声をかけられたのだった。その口ぶりから、彼のかなり思い詰めた様子が伺えた。この数日間のどこかとぼけた言動とは違う何か。カッツェと最初に会った時の「違和感」の正体はこれだと、ノエルはとっさに直感した。
すぐに小屋の周りの人払いをして、カッツェの話に耳を傾ける。二人に促され、しばらく沈黙したあとで彼は重い口を開いた。それはカッツェがはるばる
*
「南の地に伝わる〈
「聖杯伝説ですか……私も聞いたことはあります」
突然の話に戸惑いを見せながらも、ヴァイスが記憶を辿りながら
――
全ての仕事を終えた神は、自らの力を龍の
その聖杯の力を手に入れた者は、神と等しい力を持つことができる――と。
カッツェが軽く
「今、南の地に異変が起きている。魔物が突然強大な力を持ち、人を襲うようになったのだ」
「魔物が凶暴化した……?」
「あぁ……学者の中には、魔物族が伝説の〈聖杯の力〉を手に入れたのではないかと懸念している者もいる」
「聖杯の力を、まさか魔物が……?!」
普段は冷静なはずのヴァイスが、声を上ずらせた。
〈聖杯の伝説〉は、お
仮に〈聖杯〉がこの世に存在するのだとして、「神と等しい」ほどの力を魔物が手に入れれば、どうなるか―—考えるだけでも恐ろしいことだった。この世界は間違いなく、悪の魔物に破壊され尽くされてしまうだろう。
だが――。眉間に
この世に生きるものが、果たして「神の力」など使いこなせるのだろうか。まして魔物は、知性や論理的な思考を持たない原始的な存在だ。それがどうやって伝説に
「――魔物族が伝説の聖杯を手に入れたというのは、確かな情報なのですか?」
「いや、まだそうと決まったわけじゃない。だが、もう一つ気になる予言があるのだ」
そう言って、カッツェはもう一つの伝承を口にした。曰く。
――人々が歓びを忘れ
神の力を失ったとき
世界に危機が訪れる
地は割れ 海は沈み 風は荒れる
神の裁きが天より落ち
人々は地に倒れる
終焉の時 大地は闇に包まれる――
*
伝説には続きがあった。
『正しき心をもつ者が〈龍の盃〉を見つけ出し、悪の力を封印する。そのとき世界は危機から救われる』と。
「つまり伝説の〈聖杯〉を見つけ出し、悪しき力――魔物の力を封じなければ、世界が滅んでしまうと?」
「そうだ」
「では魔物たちがどこから発生しているかは、わかるのですか?」
「南の海域の、特定の場所だということまでは突き止めた。ある日突然、海にぽっかりと巨大な
「海に空いた穴――ですか。そんな話は初めて聞きました」
「俺たちはそこを〈竜の巣〉と呼んでいる。渦巻く水が、ちょうど
「それでは、その魔物の
ヴァイスの問いかけに、カッツェはゆっくりと首を横に振った。その顔には、苦渋の表情が滲み出ていた。
「実は
「音信不通?」
「おそらく、魔物に襲われて全滅したか……とにかく〈その地〉に行って帰ってきた者は、一人もいないのだ」
「そんな――」
「だが……何もせずに手を
そこまで話して、カッツェが言葉を切った。一度喉まで出かかった息を止め、もう一度吐き出すように静かに言葉を絞り出す。
「俺の故郷も……魔物にやられた」
カッツェの硬く暗い表情に、ノエルとヴァイスは思わず言葉を失った。
カッツェはほとんど表情を崩さないように話している。だが恐らくカッツェの故郷にいた家族や村の人々は、魔物の襲撃によって既に帰らぬ人となったのだ。魔物の群れに焼かれる村が脳裏に浮かび、襲われる人々の断末魔の声を聞いた気がして、ノエルは思わず目を
カッツェはどうやって魔物の手を逃れ、生き延びたのだろうか……なぜたった一人で遥か遠く離れた
ノエルは、北の荒野で交わしたカッツェとの会話を思い出していた。あのとき彼は〈伝説のギルドマスター〉を探していた。伝説のギルドマスターとは、つまりノエルのことだが……
ノエルの思考とは裏腹に、カッツェはすぐに冷静さを取り戻した。そして、これまでの事情を話し始めた。
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◆冒険図鑑 No.5: エルフ族の古文書
とある冒険者の噂話。
エルフ族っていうのは、総じて
エルフ族の歴史研究家によれば、この世界は過去に5回、滅亡と再生を繰り返してきたんだそうだ。つまり現在は、第6番目の世界。人は何度も同じ過ちを繰り返し、そのたびに神は世界を生まれ変わらせた。「歴史は繰り返す。魂は
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