第3話 ギルドを統べる魔導師


「ノエル様、ヴァイス様! たっ、大変です!!」


 小さな村の小さな小屋。ノエルとヴァイスがギルドの拠点にする質素な木造の建物に、血相を変えた兵士が飛び込んできた。


「東のギルドから宣戦布告が! 東の領地をけ、明後日みょうごにち、夜明けとともにギルド戦を挑むと!」

「……おやおや」

「はぁ~。そろそろ来る頃かと思ってたけど、明後日あさってなんて急だなぁ……。僕、平和主義だから、戦闘は嫌いなんだけどなぁ」

「よく言いますねぇ……」


 肩で息をする若い伝令兵の背中をさすりながら、ヴァイスがねぎらう。伝令兵はそうとう慌てて走ってきたのだろう。今日は珍しく村外からの客人を部屋に招いているというのにも関わらず、それにも気付かないほど気が動転していたようだ。


 兵士の慌てぶりとは対照的に、ノエルは退屈そうに足をぶらつかせながら、大きな溜息をついた。まるで緊張感のないその態度に、ヴァイスが苦笑している。


 〈東のギルド〉と、ノエル達率いる〈北のギルド〉は、この半年に渡って激しい領地争いを繰り広げていた。ノエルとしては、自分のギルドの領地が増えようが減ろうが特に構いはしない。だが売られた喧嘩は買うのがポリシーであり、買うからには勝負に負けるつもりはなかった。〈北のギルド〉が驚異的なスピードで領地を拡大してきたのは、ひとえに「売られた喧嘩を買って、勝ち続けてきたから」である。


「ギルド戦……?」


 部屋の中で所在しょざいさげに椅子に腰かけていたカッツェが、何か考え込むように一人呟いた。

 今朝に始まったカッツェのギルド加入をめぐる口論は、ノエルとヴァイスの主張が平行線をたどり、未だに決着が着いていなかった。


 ギルドの最高意思決定者マスターはノエルであり、加入メンバーの選定は本来はノエルが自由に決めて良いはずだった。だが最近は〝ギルドメンバーが増えすぎた〟という理由で、ノエルの判断だけでは加入を許可できなくなっているのだった。その一番の障壁となっているのが、真面目な性格のヴァイスである。


 *


「そう言えば、カッツェ殿は武術の腕に自信がおありのようですね?」


 ヴァイスが少し目を細めてカッツェの力を測るように見やった。


「どうでしょう、明後日のギルド戦で彼の働きを見て、加入を決めるというのは?」


「よし、わかった! じゃあ、カッツェは僕の護衛役・・・ね!」

「「えっ?」」


 ノエルの発した言葉に、カッツェとヴァイスが同時に驚きの声を上げた。二人とも予想外だった様子だ。カッツェはいきなり自分が護衛役に指名されたことに、ヴァイスは自身の提案があっさり承諾されたことに驚いている。反対にノエルは一人、好機チャンスを得たりという顏をしていた。


「だって遠くにいたら、カッツェの働きがよく見えないでしょ?」


 そう言って、ノエルはにやっと悪戯っぽく口の端を上げた。

 ヴァイスの考えは読めていた。彼がカッツェを試すように見やった、あの視線。おそらくヴァイスは、部外者であるカッツェをノエルから引き離して最前線に置き、後から理由を付けて加入を拒否するつもりなのだ。……もちろんそれは「嫌がらせ」をしているわけではない。ヴァイスなりにノエルの身の安全を第一に考えてのことだ。


 しかし、ノエルは既に自分の直感でカッツェのギルド加入を決めていた。ノエルは自身の第六感には絶対の自信を持っている。「カッツェは信頼のできる男だ」――北の荒野から村まで送り届けてもらう道中の様子で、ノエルの直感はそう囁いていた。


 無邪気でありながら、一度言い出したことは、他の者が何と言っても曲げることはない。ノエルのその性格を二年の付き合いで良く知っているヴァイスは、しぶしぶながらも承諾するしかなかった。


「……わかりました。では彼をノエル様の護衛役とし、ギルド戦の作戦会議に移りましょう」


 *


 ――〈東のギルド〉の宣戦布告を受けてから二日後。

 二つのギルドは、夜明け前から平野に総軍を結集させて戦闘体勢を整えていた。


 まだ薄闇が広がる大平原で、両ギルド軍が互いに千人近くのギルドメンバーを展開させている。

 東の空が薄紫うすむらさきから薄紅うすくれない、そしてだいだい色へとゆるやかに移り変わる。両軍の緊迫を物語るかのように、静寂の霧の中で小鳥の羽ばたきの音だけが妙に大きく聞こえてくる。

 ―—それはまるで鋭利な山々の影を切り裂く軌跡ように、小鳥のあとを追う朝陽あさひが、一筋の光となって差し込んだ。


「「うぉおおおおおお!!」」


 戦闘開始を告げる法螺貝ラッパの音が響き渡り、夜明けを合図に轟音ごうおんを上げて両軍が突撃を開始した。

 先陣を切るのは、全身を覆う高さの鉄盾を掲げた鎧兵。その後ろから長槍の部隊と騎馬部隊が続き、さらに後方から弓兵と魔導師軍団の攻撃が矢のようにが降り注ぐ。最前線ではすぐに敵も味方も入り乱れ、壮絶な切り合いが始まった。


「――うわ、思ったより敵の数が多いなぁ」


 自陣後方の高台から戦況を眺めながら、ノエルは思わずうなった。

 隣に立つカッツェも、戦場を見下ろしながら無言のまま眉間に皺を寄せている。そうやって戦況を見守りつつも、いつ何時攻撃が飛んできても対処できるよう、彼の目は油断なく周囲への警戒も怠っていない。


 その落ち着いた立ち振る舞いから、カッツェはかなりの大規模な戦闘にも慣れていることがうかがえた。すぐ足元で大地を揺るがすほどの激しい戦闘が巻き起こっているにも関わらず、身体の軸は安定してブレず、呼吸も乱れていない。


(やっぱりカッツェがいてくれて良かった)


 全く隙のないその姿に感心しながら、ノエルは再び戦場に視線を戻した。


 *


「ノエル様、右手側の陣営が少々押され気味のようです。今回は敵も、相当の戦力を準備してきたようですね」


 二人の前方で戦況を分析していたヴァイスが、やや早口に報告をあげてきた。

 彼はこのギルドでノエルの右腕としてサブマスターを務めており、同時に参謀さんぼうも兼ねている。戦場では常に全体への作戦指示を出しながら、味方全体に回復と補助の白魔導術を掛けていた。


 自慢ではないが、ノエルは戦術についての知識は全く持ち合わせていない。大規模なギルド戦において、作戦指示は全てヴァイスに任されていた。

 ―—その代わり。戦場におけるノエルの仕事は、ただ一つだけだ。


「右陣営だね。おっけーー」


 一言そう答えると、立っていた岩場の上からからぴょんと飛び降りる。危なっかいその足取りに、護衛役のカッツェが不安げな顔をしながらついてきた。


 *

「わー、あっちはかなりの数の巨人族オーク小人族ドワーフを動員してるね。これは一筋縄ではいかなそうだな……」


 巨人族オーク小人族ドワーフは攻撃力・防御力ともにヒト族よりも格段に優れている。正面からまともに戦うとなると、かなり厄介な相手だ。敵のギルドは大金を払い、彼らを傭兵として雇ったようだ。

 状況を理解したノエルは一つ深呼吸をして、静かに呪文の詠唱を始めた。


『我が契約せし光の精霊よ

 清き光をもって 我が子らを守り給え

 なんじ 我が精霊よ

 我が名の前にその力を示せ

 ―—〈守護障壁プロテス〉!』


 ノエルの声が戦場に響くと同時に、その場の空気が一転した。

 敵軍に押されて疲弊していた自陣の兵士達の体が、淡く柔らかな白い光に包まれる。


「「おぉ、この守りの光は……ノエル様だ!」」

「その障壁バリア、少ししか持たないから気を付けてね!」


 ざわめく兵士達に向かって、声を掛ける。

 ノエルが唱えたのは、味方の防御力を上げるための補助系白魔導だった。ヴァイスと違って、ノエルは補助系サポートけいの白魔導術があまり得意ではない。だから今回のように正式な呪文スペルを唱えても、効果は短時間しか期待できない。

 声が届く範囲の味方に保護魔導術の効果が行き渡ったのを確認し、ノエルは続けざまに次の呪文を詠唱した。


『我が契約せし光の精霊よ

 熱き光で 我が子らをまと

 彼らの身体と武器を支え

 熱き心に炎を宿せ

 なんじ 我が精霊よ

 我が名の前にその力を示せ

 ―—〈攻撃強化ブレイブ〉!』


「「力が・・・みなぎってくる! うぉおおお!!」」

「そっちはもっと短いから気を付けてね。今のうちに敵を引きつけて、時間を稼いでおいてねっ」


 今度の呪文は、味方の身体を強化して攻撃力を上げるためのものだった。こちらも効果は少ししか持続できない。せいぜい持って十数分程度だろう。

 その間に、ノエルにはやらなければならない仕事がある。


「さてと……疾風ウインド飛翔フライ!」


 風の呪文を唱えつつ、ノエルは高台から勢いよく飛び降りた。自身の体を支えるくらいの魔法なら、詠唱を省略しても問題はない。飛翔の呪文で飛び上がる程度の遊びなら、小さな頃からよくやっていたことだ。


「えっお前、詠唱省略なんて高度な技を一体どうやって……?!

 っておい、一人で降りたら危ないだろ!」

「ノエル様、お待ちください!」


 後ろでカッツェとヴァイスが慌てている。呪文詠唱に夢中になるあまり、ノエルは二人の存在をすっかり忘れ去っていた。だが彼らの力量なら、すぐに自力で追いついてくるだろう。そう考えて、ノエルはそのまま前方に向き直った。

 風の精霊の力に支えられ、白い魔導衣ローブの裾をなびかせながら、ふわりと地面に降り立つ。


 ――最大の仕事は、これからだ。



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◆冒険図鑑 No.3: 東のギルド

 〈東のギルド〉は、北部ノース地方東側の海岸地域を中心に治めるギルドである。血気盛んな漁師たちが多く、漁に出られない冬の季節に近隣のギルドと交戦しては領土を広げている。ノエル達率いる〈北のギルド〉もこれまでに何度か宣戦布告を受けてギルド戦を行ってきたが、最近では両軍ともに千を超える構成員メンバーを抱えるようになり、模擬戦争は回を重ねるごとに規模を増してきている。

 通常ギルド戦は、相手を殺さずに敵陣のギルドマスターを降参させれば勝ちとなる決まりだが、最近の激戦ぶりに、いずれ死者が出るのではと恐れる声も上がっている。

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