第2話 ギルドマスターの秘密

 荒野での出会いから一夜明け、午前も半ばに差し掛かる頃――ノエルとカッツエは北部ノース地方の村に到着したところだった。


 薄い光の太陽が、雲の隙間から北国の村を控えめに照らしている。村の入口を抜けると、長身のエルフの青年がこちらへ足早に近づいてきた。鋭い眼差しを向け、何か言いたげに二人を出迎える。


 薄いガラスの眼鏡をかけたそのエルフの青年は、青白銀シルバーブルー魔導上衣ローブを着込み、耳元より少し長めの藍色の髪を七:三にキッチリ分けている。その風姿から、彼の真面目でやや几帳面な性格が否が応にも見て取れた。


「ノエル様! 私に一言も無くどこに行っていたのですか! まったく、心配させないでください」

「ごめんヴァイス。北の岩場までガルーアの爪を取りに行っていたんだけど、うっかり日暮れまで寝ちゃってて……」


 ヴァイスと呼ばれた藍色髪のエルフの青年は、ノエルの言葉を聞いて「またか」と肩をすくめた。細い眉は困り気に寄せられ、諦めともつかない大きな溜息が漏れる。


 小言を言うヴァイスの前で、ノエルは申し訳なさそうに首をすくめていた。このエルフの青年の真面目さと几帳面さは、時たま行きすぎるところがあった。そこまで心配しなくとも、生まれてから十余年を過ごすこの北の大地のことなら、ノエルだってかなり詳しい自信があるのだが―—


「……ところで、こちらの男性は?」


 薄縁うすぶちの眼鏡をくいっと押し上げながら、鋭い目つきのヴァイスがカッツェに視線を投げかける。


「あ、聞いてよヴァイス! この人はカッツェ。僕をここまで送ってくれたんだけど……」


 カッツェとの出会いを簡単に説明してから、ノエルはヴァイスにある提案を持ちかけた。カッツェに村へ送り届けてもらっている道中で、ノエルが心の中でずっと考えていたことだった。


「カッツェは、なんと戦士なのに魔導術も使えるんだよ! うちのギルドにスカウトしちゃダメかな?!」


「ん、って、何のことだ……?」


 話しについていけず口を挟んだカッツェの言葉を、ヴァイスがぴしゃりとさえぎった。


「失礼な言い方はつつしんでください。ノエル様はこれでも、若干十歳にして魔導術を極め、北国最強と言われるギルドを立ち上げた偉大な魔導師ですよ!」


 やや堅いその口調に、カッツェが驚いてノエルとヴァイスの二人を交互に見比べている。


「なにっ?! じゃあ、まさか〈伝説のギルドマスター〉というのは……ノエル、お前のことか……?」


 ぽかんと口を開けるカッツェに向かって、ノエルは両手をぱちんと合わせて頭を下げた。


「黙っててごめんね。でもさ、カッツェがもし悪いやつで、二人きりの時に襲われたりしたら、僕、簡単にやられちゃうから。魔導師って近接戦には向かないんだよね。僕も戦士の才能が欲しかったなぁ~」


 ノエルが〈伝説のギルドマスター〉と呼ばれていることは、村の外で決して口にしてはいけないとヴァイスからきつく言われていた。それは心配性の彼なりに、ノエルの身の安全を考えてのことだ。昨夜カッツェが言っていた〝急成長したギルドのトップマスターは、他のギルドから狙われやすい〟というのは、あながち間違いではない。


 ノエルをはじめ魔導師は、戦士と違って物理攻撃に対して耐性が低い。敵と遭遇してから魔導術の詠唱をしたのでは、不意打ちの際に間に合わないからだ。たとえどんなに強力な魔導術を使えたとしても、呪文詠唱が終わる前に肉体を攻撃されれば一貫の終わり。ヴァイスはノエルと同じ魔導師であるからこそ、その弱点を特に懸念けねんしていた。


「だから外を出歩くときには必ず護衛を付けて下さいと、言っておいたではないですか」

「それじゃあ逆に目立っちゃうじゃん! 僕だって、たまには自由に出歩きたいよ」


 最近はギルド同士の抗争もなく、ガルーア以外の魔物がこの北の村周辺に現れることも滅多にない。ノエルはヴァイスの心配をやや過剰だと思っていた。だが念には念を入れないと気が済まないタイプのエルフの青年は、能天気なノエルをついつい説教してしまうのだった。二人の間で言い争いが始まるのはいつものことだが、初対面にしてその渦中に放り込まれたカッツェは、困った口調で口を挟む。


「えぇと……それで、俺がその〈ギルド〉に入るっていう話については……?」


 その言葉にノエルとヴァイスが向き直り、二人の声がぴたりと重なった。


「「もちろん」」


「いいよ!」「ダメです」


 *

「えぇーー、なんでだよ~。ギルドの最高責任者トップは、僕でしょ!」

「ノエル様だけで勝手に決めないでください。うちの人事担当と執行部に相談して話を通さなければ、簡単には許可できません。この男がもしギルドの崩壊をたくらむスパイだったら、どうするんですか!」


 ある程度予想はついていたが、ノエルの提案は当然のようにヴァイスから拒否されてしまった。石頭のエルフの青年は、がんとした口調でスカウトを却下して譲らない。ノエルは憤慨して口を尖らせた。


「大丈夫、カッツェはいい奴だって! この僕が保証するから」

「そうやってあなたが誰でも彼でもすぐに入団を許可するから、ギルドの人数が増えすぎてしまったのではないですか」


 少年の主張はどこまでも主観的で、ヴァイスはもう何度目かわからないため息をついた。二人の議論がどんどんと白熱し、カッツェは完全に蚊帳かやの外に放り出されてしまった。


「――なるほどな。結成したばかりのギルドが急成長した原因て、ノエルこいつのことか……」


  頭をきつつ苦笑いしたカッツェが見上げる先には、遥か上空を悠然ゆうぜんと舞う大鳥ガルーアと、北国の青空だけが広がっていた――。



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◆冒険図鑑 No.2: ギルド

 世界各地には〈ギルド〉と呼ばれる団体がある。一つの都市に複数のギルドが存在する場合もあれば、小さな村をいくつかまとめて結成されたギルドもある。多くのギルドは地域の「自警じけい組織」として機能していて、周囲の魔物から町を守ったり、村人や商人が隣町まで移動するときの護衛をしたり、郵便や荷物の運送を担うなど、その仕事は多岐に渡る。


◆とある冒険者の噂話:

 北部ノース地方では最近、正副マスターが二人とも「魔導師」のギルドが急成長しているらしい。立ち上げ以来、近隣のギルドを次々と統合していって、今では北部ノース地方全体を治めているとか……。だが、それに反発するギルドも少なくはなく、「ギルド戦」と呼ばれる構成員総出の模擬戦争が日夜行われているそうだ。

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