第2話 無冠の勇者
ここはこの世の何処でも無い何処か。
「ギャオオオオオッ!」
「グアオオオオオッ!」
人間の声とは明らかに違う、それでいて動物の咆哮とも違う。
ただ断末魔だと言う事だけははっきりと解る叫び声。
辺りに血飛沫となって鮮血が飛ぶ。
沢山の人影に囲まれて、その中央で男は残忍な笑みを浮かべる。
「てっ、てめえ!やりゃあがったな!」
片腕を根本から引き千切られた男が傷口を押さえて、呻く様に低く叫んだ。
「ああ、やったがどうした!ぶっ殺すんだろ?やってみろよ!どうした!オラッ!」
答えた男は奪った相手の片腕を見せびらかす様に振り回して挑発する。
さっき人影と言ったが人では無い。
それぞれが異形の姿をしている。
動物の頭、人の体、鳥の羽。
その姿は千差万別である。
「クソッ!何故だ!?何故俺達を襲う!」
誰かが叫んだ。
「別に。強いて言えばテメエらが気に食わねえツラしてるからかね。大体理由なんてどうでも良いだろ、悪魔が一々相手にお伺いたてるとでも思ってんのかよ。だからテメエらは雑魚から抜けきれねえんだよ!」
男はそう言って、持ってた相手の腕にかぶり付くとその肉をムシャムシャと喰らった。
「ああ……!クソッ!俺の腕を……!」
腕の元の持ち主は自分の腕が喰われるのを目の当たりして色めきだった。
「俺達はただジノバ様の使いでお前を呼びに来ただけだ!軍団長に楯突くつもりか!」
「るせえ!それが気に入られねえつってんだよ!用が有るならテメエが来いって伝えとけ!」
「クッ……!なんて奴だ。勇者ゲンノウ……、噂には聞いていたがこんなに話の通じない相手だとは……」
「ジノバなんざ、つい最近軍団長になったハナタレじゃねえか。このゲンノウ様を顎で使おうとは百万年早えよ」
因みにジノバと言う悪魔が軍団長になったのは200年程前の事だ。
「……コイツ、軍団長に対して何と言う言い種だ。自分が何を言っているのか解っているのか!?」
「そんな事より続きはもう良いのか?殺らねえんなら俺が一方的にテメエらをいたぶるだけだが?」
一同は震え上がった。
魔界の住人ならば誰しも一度はその名を耳にした事がある。
『勇者ゲンノウ』
魔界に於いてその名前はまさに伝説である。
魔界に伝説級の悪魔は七人居る。
その一人がこのゲンノウであった。
魔界に並ぶ者無しと言われながらも、悪魔の中でも獰猛過ぎて接触する者が居ない。
因って誰も有った事も無い。
魔界で長い者がわずかにエピソードを知っている程度だ。
かつて天界との争いが起こった時、先頭に立って最も敵を討ち滅ぼしたのがゲンノウだと言う。
その時の争い自体は天界側の勝利で終わったと言うが、ゲンノウはその時の功績から将軍に任ぜられる筈だった。
しかしゲンノウはそれを突っぱね、独り魔界の最深部である、ここアムダ山脈の何処かへ去ったのだった。
「それだけの強さが有りながら、何故将軍にならなかった……!何が不服だと言うのだ!1111の軍団全てを従える大将軍だぞ。2億を超える悪魔達の将軍だぞ!?」
また別の誰かがそう言った。
「は?お前は馬鹿か?将軍なんぞになっちまったら、魔王の前に膝を折らなければならねえだろうが。」
一同は唖然とした。
大将軍の座を蹴っただけでも理解不能なのに、その理由が魔王に従うのが嫌だったから?
およそ魔界に生きる悪魔であるなら、魔王に逆らう等と言う発想は絶対に出て来ない。
このゲンノウと言う悪魔は自分達とは根本的に何かが違うと、その場の全員が思った。
もっとも、こうして実際に会うまでは誰もが噂話に尾ヒレが付いた都市伝説の類いだと思っていたのだが。
「さあ、楽しいお喋りの時間はお終いだ。こっからは楽しい殺戮の時間だ」
ゲンノウはニヤリと笑うと、舌を出して唇を舐めた。
悪魔達は思わず半歩後ずさる。
「まあ待て。お前達は下がれ」
悪魔達の背後から声がした。
彼等にとっては聞き慣れた声である。
「ジ、ジノバ様……!」
悪魔達は慌てて道を開ける。
「久しぶりだな、ゲンノウよ」
ジノバは余裕の笑みを浮かべてゲンノウに歩み寄った。
「なんでえ、結局テメエでお出ましか。じゃあアイツも無駄に腕を失ったな」
ゲンノウはそう言って奪った腕で元の持ち主を指した。
「まあ、そう言うな。所でわざわざこんな場所まで来たのは他でもない。お前に頼みたい事がある」
「断る」
ゲンノウがジノバの話を間髪入れずに断った。
「まだ何も言っていない」
「聞く必要は無い。何故なら俺は誰の頼みも聞かねえし、誰の命令にも従わないからだ」
ゲンノウはそう言って手にした腕をまた一口かじった。
「いい加減にしろ……! いつまでも自分の伝説が有効等とは思わん事だ……!」
初めてジノバが色めきだった。
「お?なんでえ、軍団長になって多少自信を付けたのか?良いぜ、かかってきな」
ゲンノウは余裕である。
自分が負けるだ等とは微塵も思っていない態度だ。
「調子に乗るなよ!俺には軍団長の肩書きがある、お前はただの名無しの悪魔だ!この意味が解るだろう!」
ジノバの周りに紫色の気配が広がる。
それが目に見える形でジノバの全身から立ち上る。
「ふん、軍団長のオーラを魔王に賜ってのぼせ上がったか。だからテメエは駄目なんだよ」
「フッ……何とでも言え。力の有る者が魔界では上位だ!」
「軍団長に任ぜられ、魔王に頭撫でて貰って尻尾振ってるテメエが俺に敵うとでも思ったのか?可愛い野郎だ」
「抜かせッ!」
ジノバがマントを翻して右手を突き出した。
バキバキバキイッ!
地面が割れて炎が噴き上がる。
悪魔達は軍団長の力に思わず声をあげる。
地割れが走りゲンノウを襲う。
直前まで火炎が迫った。
「軍団長ってのは手品が巧くなるのか?」
地割れはゲンノウの手前でピタッと止まった。
火炎もゲンノウまで届く事は無かった。
「つまらんな。魔王からの借り物の力でこの程度とは」
ゲンノウの目がギラリと光る。
「力ってのは、せめてこのくらい無いと話にならねえぜ」
「ッ!?」
ジノバは突然苦悶の表情を浮かべる。
「ホレホレどうした?もっと本気で抵抗しないとバラバラになっちまうぞ?」
薄ら笑いを浮かべてゲンノウがジノバを見つめる。
「クオ……オオオオオオ……ッ!」
ジノバは何かに必死に耐えている。
その両腕はゆっくりと、次第に大きく開かれていく。
「ウウ……ウオオオオオ……アアッ!」
やがていっぱいに両腕を広げたジノバが雄叫びを上げる。
「ウオオアアアアアアアアアアアアッ!」
バシュウッ!
雄叫びとほぼ同時にジノバの両腕が千切れた。
胴体から切り離された両腕が地面へ落ちる。
堪らずジノバは地面に両膝を突いた。
「ジノバ様が……膝を」
悪魔達は想像もしなかった光景に息を呑んだ。
ゲンノウはズカズカとジノバへと近付く。 そして手にした他人の腕を振り上げると、いきなり容赦なくジノバを殴打した。
バキッ!バキッ!バキッ!バキッ!バキッ!
その光景に悪魔達は恐怖した。
悪魔も恐怖するまさに悪魔的な所業。
ゲンノウはゲラゲラと笑っている。
「……地上に不可解な波動が発生している。それを見て来てもらいたいのだ」
ジノバは滅茶苦茶に殴打されながらも静かに言った。
「これは軍団長700人の総意だ。魔王様の了解も取り付けてある」
「ああん?ならテメエが行けば良いだろう。俺は興味の無い事には関わらねえ。それが命令なら尚更お断りだ」
そう言いながらも、ゲンノウはジノバを殴打するのを止めない。
ジノバは殴られながらも静かに話を続けた。
「これは魔界の危機に繋がるかも知れん案件だ。その波動は普通では無い。……滅多な事は言いたく無いが、魔王様に匹敵しかねない物を感じる。それ程の波動だ、誰でも良いと言う訳にはいかんのだ」
ゲンノウはそこで初めてジノバを殴る手を止めた。
「……それで魔王が俺に行けと言ったのか」
「いや、そうでは無い。そうでは無いが他に適任が思い付かん。これも大きな声では言えんが、他の軍団長でも荷が重いだろう。そこは魔王様も同じお考えの筈だ。だからお前の名前を出した時に反対されなかったのだと思う」
ジノバはそこまで話してからゆっくりとゲンノウを見上げた。
ゲンノウは闘争心の塊の様な男だ。
ここまで聞けば必ず受けるとジノバは確信していた。
「……ふん。なるほどな、だが地上をブラつくには人間と一々契約を交わさなければならねえ。それが面倒臭え」
ゲンノウはやる気になりつつある!
そう確信して、ジノバは内心破顔した。
「フッ……隠居暮らしが長すぎて忘れたか。死にかけの人間の肉体が有れば、それを借りる事で地上に長く留まれる」
「……そう言やそんな方法も有ったな。前に地上に行ったのは……あれは何百年前だったか。地上の様子も随分変わったのだろうな」
ゲンノウはそう言ってジノバから離れた。
「ヘッ……良いだろう。敢えて乗せられてやらあ。だが、その波動とやらの持ち主がしょうもない野郎だったら、代わりにテメエをまたぶっ殺してやるからな」
ゲンノウはそう言うと、もう他に対する興味を失っていた。
「じゃあ早速行ってみるか」
まるで近所に散歩にでも行くかの様である。
二、三歩歩くとゲンノウは思いっきり地面を蹴ってジャンプした。
ダッ!
次の瞬間、ゲンノウは矢の様な速さで一直線に空へと消えていった。
辺りには爆風の様な衝撃波が吹き荒れて、ジノバ以外の悪魔はみんな吹き飛ばされている。
「フッ……まあ、せいぜい頑張って相討ちにでもなるが良い。その方がせいせいする」
ジノバはそう言って笑うと、ゲンノウが消えた空をしばらく見上げていた。
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