第53話 地獄のケータリング2

 想定外の配達人の登場に汗がどばっと噴き出してくる。

 そこにいたのは筋肉マッチョ先輩こと、乱銅さんがいたからだ。

 乱銅さんは俺を見るやいなやドスの効いた声で、


「ここはお前の家か?」


「違います」


 とっさにでた言葉がこれ、俺の脳が命を守るために反射的に発した言葉だった。


「では、なぜお前がここにいる?」


 至極当然の如く乱銅さんが続けて質問してくる。

 俺は苦し紛れに、


「えっ、えっとー、あ、そうそう。俺も配達でここにきたんですよ」


 無理だと思いつつもそう返すしかなかった。

 俺の回答を聞い乱銅さんは表情を緩め、


「配達とは奇遇だな。わはははは」


「そうですね。あははははは」


 おっ、予想外な反応に驚いたが、わかってくれたらしい。

 よしっ、あとはこの場を逃れられればわんちゃん助かるかも。

 気が少し緩んだ瞬間、乱銅さんは右足でどんっと地響きを鳴らし、


「そんなわけあるかっ。表札に斎藤と書かれているぞ」


 乱銅さんはプロ芸人さながらつっこんでくる。

 ダウン〇ウンの浜ちゃんのように頭を叩かれていたら、頭がもげているところだ。

 その後、ほれほれと指を表札の方を指し示す乱銅さん。

 その方向に目をやると、当たり前だが斎藤と書かれていた。


「ジ、エンドだな」


「そうですね。煮るなり焼くなり好きにしてください」


 セーフハウスこと自宅の住所もばれたし、俺にもう生きる術はない。

 明日からは乱銅さんの刺客たちに命を狙われる日々となるだろう。

 俺は死を観念し全てを乱銅さんに委ねることにした。


「斎藤よ」


「はいっ、できるだけ楽にお願いします」


 とうとう、鉄槌が下る時が来たのか。

 思えば、短い人生だった。

 嘘とはいえ、あんなに可愛い彼女もできたが、しかし彼女の秘密を守りきることもできなかったし、あの子との約束も……

 俺は目をつむり、最後の瞬間を待っていたのだが、


「何目をつむっている。気持ち悪い奴だな」


「へ? 俺を殺めないのですか?」


「そうだな。本来であればお前を粉みじんにしたいところだが……」


 なぜか乱銅さんは俺を殺める気はないらしい。

 よかった。命を取り留めることができた。

 しかし乱銅さんどうしたんだろう?


「お前に依頼したいことがあるのだ」


 思いつめた顔で乱銅さんが呟く。

 一体俺に何をお願いしたいのだろうか。

 俺は乱銅さんの言葉を待つ。


「それはだな、ねねちゃんに」


 乱銅さんがそう言った直後、言葉を遮るように、


「つよぽーん。こんにちわー」


 元気な声が家の中から飛んでくる。


「おにーさん遅いとおもったら何してるんですかー。待ちくたびれましたよ」


 元気印ことねねが、頭に疑問符を浮かべ問いかけてきた。

 乱銅さんを見るとねねから一歩後ずさりをしている。

 これは先ほどのお願いと関係あるのだろうか……ねねの登場により乱銅さんのお願いを聞き損ねたが、『ねね』というキーワードがあったし本人もいるから今は一旦置いておこう。


 それよりも……

 それよりもだ。

 こいつに聞かないといけないことがある。

 俺は乱銅さんにことわりを入れた上でねねを玄関の裏へ連れていき、ぼそぼそっとねねに耳打ちする。


「ねねに聞きたいことがある。ちなみにエッチな話じゃないからなっ」


 ねねもこしょこしょ声で「あはは、おにーさん何言ってるんですか。それで、なんですか?」と返してきた。


「注文したお寿司者さんだが前に頼んだお店じゃないって言ってたじゃないか」


「あーそのことですか」


「そうだよ。俺には死活問題だったんだぞ」


「そうですか。おにーさんが言っていることはよくわかりませんが、前回のお店と違いますよ。今回お願いしたのは乱銅ケータリング寿司ですから」


「乱銅ケータリング寿司?」


「つよぽんのおにーさんが始めた新しいお店です。家でお寿司を握ってくれるので、握りたてを食べることができるんですよ。まさかつよぽんが来てくれるとは思っていませんでしたが」


「たしかに前回頼んだお店ではないな。まさか乱銅寿司が店舗拡大していたとは迂闊だった」


 と、しぶしぶ納得した直後、重要なキーワードを俺は見過ごしていた。

 俺の納得した表情をみて、ねねは玄関へ出て、


「それじゃあ、つよぽん中にはいってくださいー」


 そう言うと、乱銅さんは地響きを上げながら、玄関に侵入してくる。

 俺はその光景をみて、思わず「えっ、どういうこと?」と声を荒げてしまった。

 こんな猛獣を家に入れることなんて想定していない。

 凜さんと誉ちゃんだって、近いうちに帰ってくるんだよ?

 ねねはぱぁっと満面も笑顔を浮かべて、


「だってーケータリングって言ったじゃないですかぁ」


 ん? んんんんんんんんんんんんん?

 記憶を少したどると、確かにねねは『乱銅ケータリング寿司』と言っていたし、『家でお寿司を握ってくれる』とも言っていた。

 俺の様子をみてねねは続けて、


「おにーさんお金なら大丈夫ですよん。今日はあたしがごちそうしますので」


 そう言って、ねねはグッドポーズをしてくる。

 俺が心配してるのはそこじゃない。


 命だ。


 い・の・ち。


 これはもう最悪俺がお寿司のネタになるかもしれない。

 しかし、ここまできてキャンセルする選択肢はない。

 いろいろなフラグが立ちすぎて、もうどうとでもなれと心底思うのだった。

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