第28話 記憶の回廊

 あれからどれくらいの時が経ったのだろうか。

 眼前は真っ暗な世界が広がり、静寂に包まれている。


『空手部部室にいたはずなのに、ここは一体!?』


 この真っ暗な世界から抜け出すために、体を動かそうとするが金縛りにあっているかのように、体の自由がきかない。


『こんなところで止まっている場合じゃないんだ 』


 焦燥感だけが募っていく。


「はやくホワイトハッカーを探さないといけないのに、やっぱりおれじゃ駄目だったのかな……」


 そう考えた矢先、頭の中をある光景がフラッシュバックする。それは昨日のミスターXとのやり取りだった。


「それじゃあ、開発メンバー集めの成果を聞かせてもらおうか」


「…………」


 約束の期限がきてミスターXから回答を迫られる。しかし俺は回答ができない。


「おい、どうしたんだ恭介君。早く答えたまえ」


 回答を迫られ、答えられずにいると。


「ここでゲームオーバーか。君はよくがんばったよ」


 おいおい、ここまできて勝手に終わらせるなよ。

 俺がどれだけここまでくるのに苦労したと思っているんだ。

 俺は慌ててミスターXに回答する。


「ちょっと待ってくれ」


 ある一つの役割が決まっていなかったけれど現在決まっている体制をミスターXに答える。


「凛さんにグラフィック、ねねにプログラムを手伝ってもらうことにした」


「それで君がプロジェクトを管理するんだね」


「うん」


「で?」


「で、とは?」


「データベースはどうするんだ!!!」


 痛いところをつっこまれて、おどおどする俺。


「それは……最悪俺がやるしかないか……」


「はぁー、恭介君。君はプログラマーとしては優秀だが、データベースの設計は一人前とは程遠い。そんなものをお客様に提供しようというのかね?」


「うぅ……」


 そこを突っ込まれると胸が痛い。

 データベースはいわばシステムにとっての核。

 だけどデータベースが得意な知り合いなんていない。だから俺は書籍やネットを使ってデータベースの勉強をして、なんとか代役がつとまらないかと必死にあがいてみたが、ミスターXの指摘どおり、所詮は付け焼き刃だ。

 ん?

 しかし、しかしだ。

 なんで俺がデータベースの知識が乏しいことをしってるんだ?


「前々から気になっていたんだけど、なんで俺のことをそんなに知ってるわけ?」


「それは秘密です! と言っているだろう」


「もうっあんたの決まり文句はもう飽きたんだよ。それになんとなく正体わかってきているけどね」


 ミスターXは俺のことを知りすぎている。

 威張って言える話ではないが俺は知り合いが少ない。だから必然的に俺に近しい人間になるということだが。


「そ、そうなのか……」


「ああ、近い将来絶対お前の正体を暴いてやるからな」


 と、それからミスターXからの応答が途絶えて。


「おい、ミスターX?」


「…………………」


「ばぁーか、ばぁーか。絶対お前なんかに正体が見破られるわけないじゃん」


 なんだ、なんだ。

 人が変わったみたいにミスターXの口調が変わった。

 こいつ多重人格者か?

 ミスターXは続けて、


「おまえに正体を暴かれる前に、絶対プロジェクトをつぶしてやるからな」


「おいっ! この開発はもともとお前が依頼してきたんじゃないか。つぶしてやるとか、理不尽大魔王すぎるよ」


「ばぁーか。知るかよそんなこと。俺はお前が大嫌いなんだよ。絶対つぶしてやるからな、じゃーな」


 というわけで、俺はミスターXに依頼されたプロジェクトを、ミスターXにつぶされるというよくわからない状態になっている。

 しかも大嫌い宣言のおまけ付きだ。

 だ、けれど俺は如月さんが楽しみにしているお祭りに、絶対一緒に行く、だから絶対このプロジェクトを成功させなければならない。


「きょ」


「恭介」


 ふいに聞こえるその声とともに、真っ暗な世界に光が差し。

 その声はだんだんと大きくなり、俺は目を覚ました。


「恭介君!!!」


「恭介君ってば!!! 目をあけて」


 この可憐で弱弱しく、俺を呼ぶその声の主は……


「ん? 如月さん?」


 目をあけると、視界近くに如月さんの顔があった。

 目を潤ませて、顔をくしゃくしゃにしている。


「よかった。気がついたんだね」


「如月さん、なんで泣いてるの?」


「だ、だって。恭介君が空手部にいるからって聞いて、来てみたら倒れてて、呼んでも目を覚まさないんだもん。死んじゃったのかもって、心配したんだから……」


「死ぬわけないじゃん、仮に死んでたら金田一〇やコ〇ン君が謎を解きにきちゃうよ」


「なにバカなことを言ってるの!!!」


「だよね」


 如月さんは頬を膨らませて、プンプン怒っている。

 しかし俺のために泣いてくれていただなんて、如月さんってなんていい子なんだ。

 それにしても後頭部に感じる温かくて柔らかい感触。

 これってやっぱりあれですよね?

 とても極上で気持ちがよくていつまでもこのままでいたいけれど、ここは空手部の部室だ。

 俺はがっと無理やり上半身を起き上がらせる。


「恭介君、いきなり起き上がってどうしたの? もうちょっと休んでなきゃだめだよ」


「いや、もう十二分に休めたし癒されたよ。それにこれ以上この状態を続けるとある意味やばくなりそうだ」


「ある意味?」


「いいの、いいの。如月さんは気にしなくて」


「そっか。それならいいんだけど」


 如月さんは顔を赤らめ、ふふっと俺に微笑みかけつつも、心配そうな顔で、


「それで一体何があったの?」


「乱銅さんと話をしていただけだよ」


「本当?」


 俺の返答を信じていない様子の如月さん。

 こんなボロボロの姿をみて、話をしていたっていうのには無理があったかな。

 本当のことを言うと、命がけの腕相撲をしていたんだけどね。

 そんなこと如月さんに絶対に言えないが。

 と当事者の俺とは別に乱銅さんはどこにいったんだ?

 俺がキョロキョロしていると如月さんは頭に疑問符を浮かべ、


「乱銅さんのこと探してるの? 病院に運ばれたそうだよ」


「へ?」


 乱銅さん……どうして病院に……そういえば意識がなくなる寸前に銀髪の女の子を見たが、まさか……あの銀髪の女の子がやったのか?


「それで恭介君、これ何?」


 今朝、下駄箱に入っていた手紙を如月さんは俺に差し出してくる。


「えっとこれは一体どこで?」


「恭介君が倒れていたところのすぐそばに落ちてたよ」


 あれ? ポケットにしまっていたはずなのだが……いつのまに落ちたんだ。


「恭介君、これ何?」


 中身を見ていないが99.9%の確率で不幸の手紙のはず……しかし万が一、あるはずないがラブレターだったらどうしよう……

 ここはなんとか胡麻化さないと。


「これはね。特定の相手に文章を書いて情報を伝達するものだよ」


「どうしてそんな説明するの? 私はどんな手紙か聞いているだけなのに」


 誤魔化そうとしたのが裏目に出てしまった。

 俺は慌てて如月さんに返答する。


「え、えっと、多分不幸の手紙だと思うよ」


「えっとって、読んでないのに不幸の手紙って決めつけてるの?」


「うん」


「恭介君、最低」


 如月さんは目を細めて俺を見つめる。


「そんなに怒らないでよ」


「だって不幸の手紙じゃなかったらどうするの? 手紙書いてくれた人が可哀そうだよ」


 たしかに不幸の手紙じゃなかったらね。


「恭介君、どうして読んでないのに不幸の手紙ってわかるの?」


 首をかしげ俺を見つめる如月さん。

 俺は如月さんに言いたい。

 俺が女子からラブレーターなんてもらえるわけがないということを。

 そして、君が俺の彼女になった時から俺は男子生徒達の目の敵になったということを。


「恭介君?」


「あっ、ごめん。ちょっと考え事してた。まぁ、そうだけど」


「そこまで言うなら私が代わりに見てあげるよ」


 何を言い出すのかと思ったら、ここでお披露目って……

 なんかまずい展開になってきた。

 不幸の手紙じゃなくて、ラブレターだったらどうしよう。ものすごく気まずくないか?

 俺は如月さんから手紙を受け取り、


「やっぱり見るんだよね?」


「そうだよ、はやくっ」


「わ、わかったよ」


 俺は渋々承諾し、手紙に手をかける。

 この状況をつくりだしているだけでも、不幸な手紙として十分な効力を発している。

 俺は恐る恐る封に手をかけ、開ける。

 そして手紙を取り出した。


『斎藤恭介さん。突然のお手紙ごめんなさい。私はあなたのことをずっと遠くから見ていました』


「やっぱり不幸の手紙だったか……」


「どこが!?」


 間髪入れずツッコム如月さん。


「遠くから見ていましたって、ライフルとかで俺の命を狙ってたってことでしょ」


「まさか本気で言ってるわけないよね?」


「はい。続きを読みます」


 俺はこうして続きを彼女の前で読むことになったのだが、この状況殺人的な意味で辛すぎる。

 この手紙の差出人さんは俺に一体何をしようとしているんだ?

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