第21話 彼女とお風呂(その1)(改)

 薄闇が迫る夕暮れ時――俺は凛さんの家に向かっていた。


 はぁーと俺は大きくため息をつく。

 今日は本屋に専門書を買いに行っただけなのに、俺はなぜこんなに疲れているのだろうか。

 ぶるぶるっとスマホが着信し、画面を見るとねねからのメッセージだった。


『今日はすごく楽しかったですね。また遊びに来てくださいね! 待ってまーす☆』


 そう、こいつが俺を疲弊させた元凶の”可愛ねね”だ。

 あの後、乱銅さんはねねに弄ばれその場にいるのが耐えられなくなったのか、配達の途中ということを理由にその場を退散。

 取り残された俺はねねと部屋へ戻り、乱銅寿司を頂いた。

 寿司を食べ終えた後、当初予定していたパソコンのセットアップをしている最中にねねと色々あって、その話はまた今度するするが、大変だったとだけ言っておこう。


 ねねの事とは別にもやもやしていることがあった。

 それは、凛さんとのこと。

 凛さんは、俺の隣に住んでいる幼馴染でお姉さんのような存在。

 実は凛さんに”勉強と仕事で恋愛する暇なんてない”と宣言した直後、数日も立たないうちに彼女をつくってしまった。

 彼女をつくったのには理由があるにしろ、俺のことをすごい支えてくれた人を裏切ったような感じになってしまったことが至極気がかりで。

 だけど凛さんにどうやって話したらいいかわからなくて、1週間経ってしまった。

 日が経つにつれて誘いづらくなり、中々きっかけをつれくれずにいたところ、昨日凛さんから”久しぶりにご飯を一緒に食べない”とお誘いのメッセージがあった。


 *************************************


 あれこれ考えている内に凛さんの家に到着した。

 さっそくインターホンを押そうとするのだが、中々押せない。

 うぅ……気まずい、気まずすぎる。

 だけど、凛さんにせっかく誘ってもらったんだ!

 俺は深呼吸し、インターホンを思い切って押す。

 すると凛さんが「恭ちゃん、いらっしゃーい」と応対してくれる。


「よかったいつもの凛さんだ」


 それから少し経って、玄関の扉が開き、凛さんが出てきたのだが……


「へ? 凛さん……」


 凛さんを見て、しばし言葉を失う俺。

 だって凛さんの雰囲気ががらりと変わっていたからだ。

 こ、これはショートボブというやつだろうか。

 前髪は揃えられ、後ろ髪は短めに切り揃えられている。

 凛さんの整った顔に非常にマッチしていてとても可愛い。

 俺の反応を見て、凛さんは顔を赤くし、


「恭ちゃん、どうしたの? なんで黙ってるの? 変かな?」


 凛さんは顔を俯かせ、恥じらうように言った。

 あれ……凛さんってこんなに可愛かったっけ。

 俺は凛さんに、


「そ、そんな。全然変じゃないよ。急に髪型変えたからびっくりしたよ」


「それで他に言うことないの?」


 他に?

 髪を切った女の人になんて言えばいいんだ……

 これまでの数少ない経験を活かして、ベストな回答をしなくては。

 と、考えたのだが、気の利いた言葉は思い浮かばず、率直な意見を言うことにした。


「長髪の時は綺麗だなって思ってたけど、今の凛さんはショートカットがすっごく似合ってるし、とっても可愛いなって思うよ」


 本当のことを言っているのだが、女の子に可愛いっていうのは抵抗があるな。


「ほんと? 恭ちゃんに可愛いって言ってもらえて嬉しいな♪」


 凛さんは顔一面に満悦らしい笑みを浮かべ、恥ずかしそうに髪をいじっている。


 そんな凛さんを見て、俺はほっと胸をなでおろす。

 それにしても凛さんなぜ髪を切ったのかな。

 ずっと長髪だったのに、女の人が髪をバッサリ切るのって、失恋した時や気分を変えたい時とネットで見たことがあるけど……


 リビングに入ると、テーブルには二つの大皿が置いてあり、それぞれの皿にサラダ、オムライス、エビフライがおしゃれに盛り付けられていた。

 いつも思うけど凛さんって女子力高いよな。まるでカフェに来ているようだ(行ったことはないのだが)。


「凛さん、もう夕飯の用意済んでるんだね」


「うん、恭ちゃんが来る少し前に出来たところだよ。冷めないうちに食べよ」


 俺はこくんと頷く。

 よかった。凛さん髪を切ったこと以外、いつもと変わらない。

 はは、変に意識をしていたのは俺だけだったってことかな。

 凛さんは長い付き合いもあってか、如月さんやねねと違った安心感がある。

 会わなかった時も、夕ご飯の差し入れを毎日してくれたしな。本当に俺の事を支えてくれている。

 血はつながっていないけど、本当頼りになるお姉さんだ。


「恭ちゃん、早く席に座って!」


 早く? なんだか様子がおかしいな……

 俺は凛さんに言われるがまま、いつもの席に腰を下ろす。

 そして席について食事をし始めたのも、つかの間。


「それでさ、恭ちゃんはもう、あの子の手料理食べたの?」


 凛さんは至極フラットな口調で言った。


「えっ、あの子って?」


 な、なんか急に重苦しい雰囲気が漂ってきたのだが……

 俺は恐る恐る凛さんに、


「え、えっと……もしかして、如月さんのこと?」


「他にいないよね。いるの?」


「いや、いないけど」


「それで食べたの? 食べてないの?」


「食べてないよ」


 食べてないと答えてから、俺は頭の中でここ一週間の出来事を振り返る。

 ん? ねねの家で何かを食べたような気がするのだが……

 俺を見て凛さんは、


「恭ちゃんどうかした? すごい汗だけど」


「なんでもないよ、最近運動(おもに逃亡だが)してるからご飯食べると汗がでてくるんだよね。代謝がよくなったのかな」


「ふーん」


 よく考えるとねねの家で食べたのは寿司じゃないか。

 凛さんが言っているのは、きっと女の子がつくった手料理のことだから問題ないよな。


「そういえば恭ちゃん今日来るの遅かったね。今日は特に用事はなくて本を買いに行くっていってたよね?」


「ああ、そのことだけど……」


「何かあったの?」


 凛さんにそう聞かれて返答に困る俺。

 女の子が一人だけしかいない家にあがりこんで、パソコンのセッティングをしていたなんていえないしな。

 しかし嘘をつくと見抜かれそうし……


「本屋で友達にばったりあって、パソコンのセッティングを手伝うことになったんだよ」


「そうなんだ。恭ちゃん優しい。でも友達なんて珍しいね。同級生?」


「いや、年下だけど」


「年下の友達いたっけ?」


「え、えっと、それは……」


 まずいねねの事は絶対言えない。


「まさか可愛ねねさんじゃないよね?」


「えっ? なんで知ってるの? ってしまった」


「しまったってなに! まさかやましいことでもあるんじゃないの?」


 図星すぎて思わず変な声が出てしまったが、どこまで知っているんだ凛さん……

 凛さんをみると「むぅー」と俺の事を睨んでいる。


「怪しいんですけど……」


「……………………」


 すごく重苦しくて、逃げ出したい……

 そんな重圧に耐えられず俺は思わず、余計な事を口走ってしまう。


「い、いやパ、パンツなんて見てないから。あっ違うんだよ」


 俺がそう言った瞬間、凛さんの持っていた箸がバキっと折れた。

 まずい口がすべってしまった。なんか自らどつぼにはまっている感じだ。

 し、しかし凛さんすごい握力だな。

 いつのまにそんな握力を身につけたんだ!?。


 俺はその後、凛さんに乱銅さんに説明した時と同じように苦しまぎれの言い訳をする。

 凛さんは渋々聞きいれてくれたが、ねねに会ったら直接聞いてみると言った。

 ねねに合わせるわけにはいかない。

 何を言い出すかわからないから。


 俺は替えの箸をとり、凛さんに手渡す。

 凛さんの反応はなく、黙々と食を進めている。

 なんか以前にも似たようなことがあったような気がする。

 普段はすごく優しいのだが、女の子が絡むとなぜか性格ががらっと変わるんだよな。

 ここは一旦、話題を変えよう。


「凛さん、今日の料理もおいしいね。特にエビフライはからっと上がってるし」


「ありがとう」


「髪型すごくいいねっ」


「……………………」


 会話が続かない。

 なんなんだ、なんなんだこの沈黙は。

 しかし、如月さんのことをこれ以上話すの怖いけど、いずれ話さないといけない。

 一体どうすればいいんだよ。

 と、へたれな俺は結局何も如月さんのことは何も言えず夕ご飯の時間が終わってしまった。


 夕ご飯が食べ終わり、いつものように食器を洗っていると、

 凛さんが話しかけてきて、


「恭ちゃん、最近忙しいの?」


「うん、プログラミングコンテンストの課題提出も近いしね」


「……………………」


 それから少し経って、


「忙しいのってプログラミングコンテストのことだけかな?」


「え?」


「恭ちゃん、隠している事あるよね。なんで私に話してくれないの?」


「……………………」


 もしかして如月さんのことを言ってるのかな?

 それともミスターXに脅迫されていること?

 いや後者は絶対ないな。


「えっとね。もしかして如月さんと付き合ったこと?」


「そ、それもあるけど……」


 凛さんは俺に詰め寄ってきて、


「恭ちゃんが如月さんのことでいっぱい大変な思いをしたでしょ?」


「いや、それは……」


 凛さんは胸の前で手をぎゅっと握り、


「加藤君の騒ぎで恭ちゃんが関わってたことを知って、私すごく悲しくなった」


「どうして?」


「だって恭ちゃんが苦しい時に私は何もできなかったから、こんなに近くにいるはずなのに、遠いって感じた。力になれなくてごめんね」


「凛さんが悪いわけじゃないんだから謝らないでよ。って凛さん?」


 凛さんは目に涙を浮かべて、俺を見つめている。


「凛さんどうしちゃったの? なんで泣いてるの? 俺何か悪いこと言った?」


 突然の出来事にあたふたする俺。

 凛さんは首をぶんぶん振り、


「恭ちゃんは悪くないの。恭ちゃんが大変な思いをしているときに、何もできなかった自分が許せない……これじゃあ、わたし……わたし」


 続けて、凛さんは、


「すっごく心配したんだから。本当は恭ちゃんと話したかった。だけど、如月さんと恭ちゃんが付き合ったって聞いて、中々話しかけられなかった」


「どうして恭ちゃんは如月さんと付き合おうと思ったの?」


「そ、それは……」


「話せないの?」


「そんなことないけど」


「じゃあ、話してよ」


「うん……」


 俺は凛さんの家にくるまでに、いろいろと考えていたのに、凛さんを目の前にしたら頭が真っ白になってしまった。

 凛さんに返す言葉が中々見つからず沈黙していると、


「恭ちゃん何も話してくれないのね。ねねさんのことも怪しいし、もう、いいっ。バカっ、嘘つき、鈍感男!!!」


 そう言うと、凛さんはリンビングを出て行った。

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