第16話 彼女と秘密の契約(その8)(改)

「……恭介くん?」


 俺は初めてのキスの余韻に浸ることなく、如月さんへかける言葉を探していた。だって如月さんは先ほどまでのエロい雰囲気は一切なく、極端に言うと乱暴されたかのように涙ぐみ俺の事を見つめているからである。


 一体何が起こっているのかわからず、俺の頭の中は大混乱。

 俺がわたわたしていると、如月さんが震える声で、


「恭介君、ごめんね……」


 如月さんが突然謝ってくるものだから、俺はさらに同様してしまう。


「ど、どうしたんだよ。急に謝ったりして、如月さん何も悪いとこしてないよ」


「だって……私……恭介君に……しちゃったから……」


 声が小さくて重要な部分が聞こえなかったので。

 俺は如月さんに、


「何をしたって?」


「うぅ……なんでそんな恥ずかしいこともう一回言わせるの? もうっ、恭介君の意地悪、変態、無神経っ」


 えっと、何が意地悪なんだ?

 俺は聞こえなかったから、もう一度言ってもらおうと思っただけなのだが。

 あとどさくさに紛れてディスられてるよね。

 如月さんは恥ずかしさをまぎらわすかのように立て続けに質問をしてくる。


「もうっ、それでどこまでいったの?」


「へっ? どこまでって?」


「だから……」


 如月さんはモジモジと下を向き、照れながら言った。

 まずい如月さんと話が噛み合わず、なんて答えたらいいのか、全くわからない。


「恥ずかしいから、はやく言って」


 また如月さんの早く言って攻撃が始まった。

 俺が返答に困っているとワイヤレスイヤホンから、


『恭介わからねぇのかよ。詩愛が聞きたいのはエロい行為をどこまでしたかってことを聞きたいんだよ』


 なるほど、そういうことか。

 とミスターXに気づかされ、俺もかなり恥ずかしくなってきた。

 続けてミスターXは、


『あとな、さっきは、取り乱してすまなかったな。だって、俺が戻ってきたらお前と詩愛がエッチなことをしてるもんだから……』


 気になる点が多すぎてどこから突っ込んでいいのやら……

 こいつまじでどこに行ってたんだ?

 それに監視されていることもすっかり忘れていた。

 もしエッチが未遂で終わらなかったら、あんなことやこんなことをしている姿をミスターXに見られていたのか……


「ねぇ、恭介君。答えて」


『はやく答えてやれっ』


 如月さんとミスターXがシンクロしているかのように同時に急かしてくる。

 これほ一体これはなんの羞恥プレイなんだ?

 そもそもなんだが、どちらかというと如月さんのほうから攻めてきたよね。

 ま、まさか覚えていないのか? まさかな……


「あのね、変な事聞くけど」


「なに?」


「如月さんが俺にしたこと……その……ブラウスがはだけていることとか、覚えてないの?」


 如月さんは顔を赤くし、そっぽを向いて。


「だから、聞いてるの」


 やっぱり覚えてないんだ……

 しかし自分がとった行動を覚えていないって、謎が深まるばかりなのだが。

 と考えている矢先ミスターXが。


『それ以上詩愛を辱めたら殺すからね』


 わかってるよ。

 俺だって如月さんを辱めたいわけじゃない。ちょっと今の状況に戸惑っているだけだから。

 本当にひきこもりの俺には荷が重すぎる。

 だが、回答しない選択肢は俺にないのだろうから。


 俺は状況を整理する。

 如月さんはブラウスのボタンを自ら外し、

 すごいエロい表情で四つん這いで俺に迫まり、

 おっぱいをもませ、キスをしてきたんだよな。


 これを直球で伝えていいものか……俺は慎重に考え、丁寧に返答の言葉を選んだ。


「え、えっとね。キスだけしかしてないよ」


 他は断じて如月さんに言えん。

 俺の心の中にそっとしまっておこう。


「キ、キス」


 そう言うと、如月さんは右手の中指で唇に触れ。


「キスしたんだ……恭介君と……」


 如月さんは顔を沸騰させ、恥ずかしがっている。

 そんな恥ずかしがられると、こっちまで照れてくる。

 でも、こんな可愛い子と俺はキスをした(された)んだよな。

 ドキドキと緊張であまり覚えていないのだが、一つだけ言えることは。

 如月さんの唇がふわふわしていてマシュマロのように柔らかかった。

 っとキスのことを思い出していると如月さんがじーっと俺を見つめ、


「それから、どうしたのっ」


 どうしたのって、何を期待してるんだよ。

 これ以上追いつめられると俺はオーバーヒートしてしまう。


「えっと、キスだけ、それだけだから」


「もうっ、フォーストキスは女の子にとって大事なことなのっ。それだけって言わないで」


 むぅっとして如月さんは言った。

 俺はすぐに弁解すべく如月さんに、


「ごめん。キスを軽視したんじゃなくて、キスよりもっとエロいことはしてないよってことが言いたかったんだよ」


「そ、そっか。キスはわかった。わかりたくないけど……でも、キスしかしてないのになんで私のブラウスのボタン全部外れてるの?」


 如月さんは納得できないのか首を傾げている。

 嫌なことをつっこまれ、めっちゃ汗が出てきた。

 これまでの如月さんの言動から、エッチに対して過剰に反応することがわかった。だから自ら脱いだんだよって言ったら懊悩しそうだ。

 それにこれ以上如月さんを辱めたら、ミスターXに殺されそうだしな。

 ここは嘘になってしまうが、仕方がない。

 ミスターXには後で本当のことを言おう。


「それはね。すごくエッチな雰囲気になった時に、俺我慢できなくなっちゃって……」


「我慢できなくなったんだ。どうして?」


 もう自分は恥ずかしがるくせに、人には言わせたがるのな。

 しょうがないと俺は、


「だって如月さんみたいに可愛い子にじゃなくて、如月さんに迫られ、じゃなくてちょっとドキドキするような雰囲気になったら俺だって我慢できなくなっちゃうよ」


 なんかしどろもどろになってしまい、如月さんがどう反応してくるのか心配だったのだが……


「すこし気になるところあったけど。私でドキドキしてくれるのは嬉しい」


 よかった。

 なんとか山は乗り越えたようだ。


「うん。だ、だけどね、如月さんの様子がいつもと明らかにおかしかったから、キス以上のことは止めたんだよね。だってブラジャーのホックだって外れてないでしょ?」


 と、ブラジャーのほうに俺が視線を向けると、

 如月さんは俺の視線から逃れるように自らの体を隠す。


「わ、わかった。わかったからそんなに見つめないで。恭介君のエッチっ」


 如月さんは渋々だが納得してくれたようだ。

 しかし、納得できない人がお一人いるようで、先ほどから俺の耳に『殺す殺す殺す殺す……』と念仏を唱えているのだが、聞かなかったことにしよう。


「ねぇ、恭介君」


「どうしたの如月さん?」


「え、えっとね、私のことエッ……エッチな子だっとおもった?」


「エ、エッチって」


 急にエッチな子なんて聞いてくるもんだから、俺はむせてしまう。


「正直、エロいなって思ったけど……」


「私のこと嫌いになった?」


 俺の事を上目遣いで心配そうに見つめる如月さん。


「嫌いになったりなんかしないよ」


 むしろ、大歓迎だよってことはもちろん言えず。


「よかった」


 と安堵する如月さん。

 俺は疑問に抱いていることを聞くことにした。


「あのさ記憶がないってどういうことなのかな? もし話せればで構わないんだけど」


「……………………」


 如月さんは俯き黙り込んでしまう。


「言いたくなかったら言わなくても大丈夫だよ。そのことで如月さんのこと嫌いになったりしないし」


 すると如月さんはぶんぶんと首を横に振り、


「恭介君には話なきゃって思ってたから、聞いて欲しいの。実は、私ある病気があるらしくて……」


 如月さんは少し間をおき、


「今日みたいにすごく緊張して、気持ちが高ぶった時に近くの人を誘惑しちゃうらしいの……。昔一度だけ起こったことがあって、後から知らされて死ぬほど恥ずかしいおもいをしたことがある」


 なるほど、そんな病気があるんだな。

 如月さんのような超美少女がエロい表情で誘惑してきたら世の男性で落ちない人はいないだろう。

 先ほどの光景を思い出すとしっくりくる――いつもの如月さんは超可愛いのだが如月さんが豹変した時、表情、仕草ともにエロくなり、場の空気をピンク色に変えた。

 例えるならファンタジーのサキュバスだ。

 俺は如月さんがサキュバス化することをトランスと呼ぶことにした。

 しかし、しかしだ。

 厄介なのはトランスしている間の記憶がないというだ。

 俺がいない時にトランスして、なんてことは想像もしたくないし、それは絶対させない。

 きっとミスターXが言っていた秘密というのはトランスのことだろう。

 こんなことが学校に広まったら、男子は大喜びだろうが、如月さんは恥ずかしくて、きっと学校に来られなくなってしまうだろう。


 如月さんは俺を見つめ、


「だからさっきの私は本当の私じゃないから、忘れて欲しい……」


「うん。忘れるよ」


 トランス状態の如月さんとのことは刺激が強すぎて忘れることはできないだろう。

 墓場まで持っていこう。


「約束だよ」


 そう言うと、如月さんは俺に顔を近づけ、


「えっ」


「私の知らない間は嫌なんだから、これが本当の私のファーストキスだよ」


 如月さんは俺のほっぺにキスをした。

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