第13話 彼女と秘密の契約(その5)(改)

「ん……」


 如月さんが短い声をもらし、もぞもぞとこちらに寝返りをうった。

 そして、うっすらと目を開ける。


「よかった。気がついたんだね」


 俺はすかさず声をかける。

 すると如月さんは眠気眼で、


「きょ、恭介君?」


 如月さんは数秒ぼんやりし、それから意識がはっきりしてきたのかあたりをきょろきょろと見渡し始める。

 視線が手のほうへ向かい、俺と手を握っていることに気がづくと、はっと驚いた顔をし、ふとんを顔まで引き揚げた。

 顔を赤くし如月さんは、


「手……」


 そう言われて、俺はすかさず如月さんの手を離した。


「ごめん。勝手に手を握っちゃって、如月さんが苦しそうだったから……俺が病気の時に母親にしてもらってうれしかったことをしようとおもって……今の俺にはこれくらいしかできないから」


「そ、そっか。それで手を握ってたんだ……」


 如月さんの顔がさらに赤くなり、心配した俺は、


「顔赤くなってるけど、大丈夫?」


「そこにはふれないでっ。恥ずかしくなっちゃっただけだもん。あと嬉しかった……」


 てっきり、具合が悪くなったかと思ったが、問題ないようでよかった。

 俺は話題を変えて、


「うなされていたけど、怖い夢でも見たの? 」


「夢の中ですごく苦しくて、悲しくて、ずっと泣いてた。だけど恭介君がでてきて、私の手をぎゅっと握ってくれたの……まさか本当に手を握ってくれているとは思わなかった」


 恥ずかしいのか、布団に潜り込む如月さん。

 彼女は続けて、


「頭もぽんぽんってしてもらったよ」


 夢の中の俺、何やってるんだよ。


「すごく安心できたんだよ。えへへ。ありがとう。やっぱり恭介君は私の王子様だね」


「夢の中の俺は大活躍だったらしいけど、恥ずかしいからそれ以上言うのはやめてくれ」


「えーいいじゃん。本当に嬉かったんだから、もうっ、恭介君そこは共感してくれないと……」


 如月さんは布団の中からごにょごにょ言っていて、表情こそみえなかったが、不服そうである。

 けれど口調は明るく、怒ってはいないようだ。

 それにしても、布団に包まっている如月さんとっても可愛い、穴蔵に入っている小動物のようである。

 それから如月さんは布団から顔を出し、


「で、ここは? あと、どうして?」


 ここがどこで、なんでここに寝ているのかってことだよね。

 相変わらず如月さんは言葉足らずである。

 俺は如月さんにこれまでの経緯を説明した。


「そ、そうなんだ。いろいろと迷惑かけちゃったみたいでごめんね」


「そんなことはないよ」


 俺は首を横にふる。

 続けて、


「ちなみに、ここには俺と如月さんしかいないから安心してね」


「二人っきり!? やっぱり恭介君エっ」


 と如月さんが言いかけたところ、俺は遮る。


「そんなこと断じてございません。こんな状況でエッチなこと考えるほど人間やめてないから。それに今はそんなことしてる場合じゃないしね」


 俺は如月さんに危害を加える輩はここにいないからねっていう意味で言ったんだけど。

 自分で言っといてなんだが、わかりづらかったかもな。

 よく考えると保健室で男と二人っきりのシチュエーションで安心しろと言われても無理か。


「ごめんね。変な空気になっちゃったね」


「じゃあ、頭ぽんぽんしてくれたら、許してあげるね」


 なに!?

 このタイミングで頭ぽんぽんっ?

 すっごい恥ずかしいんだけど……

 俺が躊躇ちゅうちょしていると、


「もーはやくして」


「うーむ」


「はやくっ」


「夢の中の俺がしたんじゃなかったっけ?」


「今もやってほしーの、はやくっ」


 彼女に急かされ、


「こうかな?」


 俺は如月さんの銀髪に片手をぽんとおき、ゆっくりなでる。


「…………………ぅ……………」


 如月さんの顔がかぁーと赤くなる。

 その表情を見ていると、こっちまで顔が赤くなってしまった。


「如月さんがお願いしといて、そんなに恥ずかしがらないでよ……」


「……だって」


 俺はその後も無言で撫で続ける。

 如月さんはなされるがまま、体をかちこちに固くしている。


「…………ぁ………ぅ……………」


 白い肌をほてらせ、息が荒くなっている。

 如月さんの顔をみると、瞳を潤ませて、非常にエロい表情をしていた。

 俺の体も熱くなってくる。

 撫でているだけなのだか、なんかすごいエッチなことをしているような気分だ。

 いかん、駄目だ。そろそろ止めないと、どうにかなりそうだ。


 その時、


「ドンドンドン」


 保健室のドアを叩く音が聞こえて、俺は撫でるのを止め、如月さんから離れる。

 俺と如月さんはドアのほうへ目を向ける。

 しかし、誰かが入ってくる気配はなかった。

 俺は外に誰かがいるのではとおもい、


「ちょっと廊下を見てくるね」


 そう言って、俺は廊下に出て、確認するが誰もいなかった。

 保健室に戻ると如月さんが、


「誰かいた?」


 俺は首を横にふり、


「誰もいなかったよ。一体だれがドアを叩いたんだろうね」


 誰かはわからんが、助かった。

 あのままでは理性がふっとびそうだったから。

 俺は気を取り直し、なでなでの感想を聞いてみることに。


「感想って、はずかしいから聞かないで、あと、き、恭介君。やりすぎ。私はぽんぽんしてって言っただけ。なでなでとは言ってないっ」


「ごめん、勢いあまってなでなでしちゃったよ」


「もうー」


 恥ずかしいのを紛らわすかのように如月さんはそっぽを向いた。

 如月さんを見ると倒れた時と比べると格段に顔色が良くなってきている。

 俺はほっと胸をなでおろし、


「よかった……如月さん、だいぶ顔色良くなってきたね」


「そ、そう? たしかに、だいぶ落ち着いてきたかも」


「そっか、よかった。倒れた時はすっごく顔色悪かったから。どこか具合悪いの?」


 そう言うと如月さんは黙り込んでしまう。

 俺、何か悪いことでも聞いちゃったかな。

 さきほどまでの如月さんと表情が一変する。

 しばしの沈黙の後、如月さんは、


「恭介君は優しいから、なんでも受け止めてくれるけど、伝えたいことがあるの……」


 その後に続く言葉が言いずらいのか、中々発することができない如月さん。

 俺は急かさず、ドキドキしながら彼女を待った。


「恭介君……今日はいっぱい、いっぱい……ごめんね。私のせいで恭介君にいやな思いをさせちゃって」


「それはいいんだって。さっき約束したろ」


 しかし如月さんは拒絶するように首を横に振って、


「やっぱり私が悪いの……」


 ――ふいに、うっすらと瞳に滴が浮かぶ。


「私が恭介君に会いたいって思わなければ、私が恭介君と思い出をつくりたいって思わなければ、私がいなければ、こんなことにはならなかったの。全部私のわがままのせいなのっ」


 自分自身を否定するように、如月さんは唇を震わせた。

 瞳に溜まる滴が頬を伝い、彼女の白い肌に悲痛なきらめきを残していく。


 俺はしばし沈黙する。

 彼女がここまで思い詰めているとは思ってもいなかったからだ。

 そう、今回の出来事に関して如月さんは全く悪くないと俺は思っている。

 彼女は俺にすごく気を遣ってくれるから、俺に嫌な思い(俺は嫌とは思っていないが)をさせてしまったことを悔いているのだろうか。しかし、それだけではない気がした。彼女の秘密と関係があるのだろうか。

 如月さんは涙を拭い、表情を崩しながら下手糞な微笑を浮かべて、


「恭介君にはいっぱい、いっぱい助けてもらったし、優しい言葉をかけてもらったよ。私はこうやって恭介君に会えて、話せて、優しくしてもらって……最後にいっぱいはしゃげて、本当にこの学校に来てよかったと思ってるよ」


 如月さんは一呼吸おき、


「ありがとう。だから、さようなら。私は明日から学校にいかない。だから恭介君は、これで今までどおりの学校生活が送れるよね?」


 返答を待つ如月さんは怖がっているように見えた。

 そんな彼女に俺は、中指をあてて、パンっとはねらせる。


「———!?」


 如月さんはおでこを抑えて、何してんだよこいつ的な顔で俺を見る。


「悪い子にお仕置きしただけだよ」


「なっ、わ、私のどこが悪いの?」


「そうやって他人のことばっかり気にして、自分を犠牲にするところだよ。俺はそんなことされても全然うれしくないよ。俺は如月さんと学園生活を一緒に送って思い出をつくりたい。授業のことでもいいし、文化祭、委員会、恋愛のことでもいい。楽しいことばかりじゃないかもしれないけど、一緒に時間を過ごして思い出をつくりたい。だから学校にいかないなんて言うなよ」


 如月さんは喉をひきつらせるような呻き声を漏らす。

 それから彼女は、俺に表情を見せられないまま、


「恭介君はずるいよ。そうやって自分ばっかりかっこつけて……私も恭介君と思い出つくりたい」


「うん」


「だけど、私、恭介君にまた迷惑かけちゃうかもしれないよ?」


 如月さんは顔をあげ言った。

 頬を赤く染まり、瞳は潤んでいる。


「いいじゃん。迷惑かければ、完璧な人間なんていないんだから。俺だって如月さんに迷惑かけることあるかもしれないし、というか絶対ある」


 笑いかけ、俺は如月さんの銀髪にポンと手をおき、優しく撫でる。

 すると如月さんは顔を赤らめた。


「今日2回目のなでなでだね」


「うん。恥ずかしくない?」


「今は大丈夫だよ」


 なんかこうやって如月さんと話すのが、初めてではないような気がした。

 それを裏付けるかのように、如月さんが


「こうやって、恭介君に元気づけてもらうの久しぶりだね」


 やっぱり初めてじゃないんだな。

 脳裏に浮かんだあの光景に登場した男の子は俺のことだったのか?

 そうであれば、これまでの如月さんに対して、あまり緊張せず話せていたこと、また守りたいと行動させる衝動に合点がいく。

 俺はきっと如月さんと仲の良い友達(たぶん)だったのだろう。

 しかし、この息苦しさ 、もどかしさ、ドキドキ感は一体なんだろうか。


「如月さん」


「恭介君どうしたの?」


 俺は脳裏に浮かんだあの光景の言葉を口にした。


「大丈夫。俺が詩愛のこと守ってやるから。安心しろ」


「……うん」


 如月さんの瞳の端からふいに涙がこぼれ出し、ぼろぼろと流れる。

 それは止むことを知らない雨のように流れ続けた。


 彼女は今まで我慢していた感情をはきだすかのように、布団に顔を押し付けて泣き続ける。


 俺はそんな彼女を静かに見守り、いつまでも優しく撫で続けた。

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