第11話 彼女と秘密の契約(その3)(改)

 それから時間は過ぎ、4時限目の体育の授業が終わった。

 嫌いな授業が終わり、ふぅーと一息つく。

 なぜ体育が嫌いなのかというと、ひきこもりで体を動かすのが嫌いということもあるのだが……

 それよりも校舎と体育館が離れていることにある。

 どれくらい離れているのかというと、俺の足基準となってしまうが歩いて5分くらいかかる。

 だから必然的に貴重な休憩時間が5分少なくなるのだ。

 付け加えて言わせてもらうと、この5分間のロスによって昼休みから販売開始する売店の売れ筋(やきそばパン、カツサンドとか)が完売し、買えなかったことが多々ある。

 ほんと4時限目の体育は体育好き以外の生徒にとっては、死活問題である。

 俺もシステム開発に協力するから是非とも、パンの予約システムを設けて欲しい。


 そうこう考えているうちに更衣室前に着いたのだが、男子更衣室と打って変わって女子更衣室は、しんとしていた。

 女子は先に教室へ戻ったようである。

 俺は男子更衣室に入りさくっと着替えを終え、スマホを見ると……


『ミスターXさんから未読メッセージ20通』と書いてあった。

 売店に早く行かないと、パンが完売してしまうのだが……

 しかしミスターXからこんなに大量のメッセージなんて受けたことがないから、パンを諦めメッセージを確認することにした。

 早速、先頭から確認していく。

 一つめのメッセージは、


『学内SNSの掲示板にアクセスして、ランキング一位の記事を見てくれ!』


 と書かれていた。

 画面をスクロールし、その他のメッセージも順番に確認していく。

 どれもこれも学内SNSの掲示板を早く読むよう促す内容だった。

 ちなみに学内SNSというのはface〇ookのようなサイトで生徒が部活や委員会、学業のことが発信でき、生徒、先生、保護者が閲覧することができるサイトである。もちろん”いいね”などのアクションもできる。

 掲示板というのは学内SNSの機能の一つで、1つの話題(キーワード)に対して自由に掲示板が作成でき、生徒同士で意見交換することができる。

 掲示板は、文化祭や体育際などの行事で使われることが多い。

 ちなみに俺は今までに一度もこの掲示板に興 味をもったことがないし、もちろん書き込みをしたこともない。


 俺はスマホをタップし、学内SNSの掲示板にアクセスした。

 ページが表示され、本日のランキングベスト3が目に入る。


 ・ 1位 如月詩愛の秘密について

 ・ 2位 如月詩愛まじ天使

 ・ 3位 如月詩愛について情報提供よろ


 如月さん尽くしである。

 さすが如月さんだ、みんなに注目されている。

 しかし1位の記事タイトルを見て、俺はフリーズした。


「え? 如月詩愛の秘密……」、と思わず声に出してしまった。

 俺はゴクリと唾をのみ込む。

 なんだよ、この掲示板のタイトルは……

 これは俺が知りたくて、守らないといけない秘密なのか。

 もし、そうであれば掲示板に載っている時点で、大多数の生徒に知られていることになる。

 俺は恐る恐る”如月詩愛の秘密について”のテキストリンクを押した。


「………………………………」


 記事内容を見て、俺は言葉を失った。

 想定外の内容がそこにあったからだ。

 書き込みの一部を抜粋すると、


『如月詩愛は清純で、一見おとなしそうに見えるが、男をたぶからす最低の女です』


『私の彼氏も今日の朝呼び出されて誘惑されました』


『彼氏持ちに手を出すなんて、ほんとっ、さいてーな女だな』


『可愛いからって調子にのってるよな』


 他の書き込みも確認したのだが、ほとんどが如月さんを否定する内容だった。

 2つ目の書き込みって、今朝方如月さんに告白していた加藤のことじゃないか?

 嘘をあたかも事実のように書いている。

 俺はその場にいたから知っているが、如月さんは決して誘惑なんかしていない。

 一方的な情報発信これがインターネットの怖いところだが、これをみた生徒は信じてしまうだろう。

 俺は如月さんと昨日からずっと一緒にいたから、朝の出来事含めて、批判されるような行動をとっていないことを知っている。

 こんな嘘をでっちあげたのは一体誰なんだ。

 この掲示板の削除依頼は後でだすとして、今は如月さんが心配だ。

 俺は急いで教室へ走った。

 如月さんに何も起こっていなければよいのだが……

 急げば2分半くらいでつけるはずだ。


「はぁ、はぁ……」


 なんとか教室にたどり着いた。俺は息を整えつつ、教室のドアを開ける。

 教室を見渡すと、如月さんが自席の前に立ち、うつむいているのが見えた。

 如月さんの様子がおかしい。

 また教室が不穏な空気で満ちている。

 俺は如月さんの傍へ駆け寄り、声をかけたのだが、


「……………………」


 如月さんの反応がない。


 如月さんの視線の先に目を向けると、机に何か書かれているようだ。

 机に書かれている内容を見ようと、顔を近づけると、


「恭介君、駄目……みないで……」


 如月さんが阻む。

 しかし、机の上に書かれていた内容は既に俺の脳裏に刻まれていた。

 なんだよ……これ……

 如月さんへの誹謗中傷の言葉が机に書きなぐってあったからだ。

 どれも耐え難い内容のものばかりである。

 内容からいって、掲示板で如月さんを批判していた奴が書いたものだろう。

 俺が驚愕している姿をみて如月さんは、


「絶対……みちゃ……駄目……って……言ったのに……」


 声はとても小さく、今にも消え入りそうだった。

 俺はなんて声をかけていいかわからず、立ち尽くしていると、クラスメイトからの視線を感じた。

 それは冷たく突き刺さるような感覚だった。


 このクラスの誰もが、掲示板をみて如月さんのことを最低の女だと思っているからだろうか。

 如月さんの顔を見ると、涙を流すのをぐっと堪えている感じで、見ているのがとてもつらい。

 なんで、何も悪くない如月さんがこんな目に合わなくちゃいけないんだよ。

 すると如月さんが、


「私は平気だよ。それに恭介君には関係ないし、だから私にはもう関わらないで……ね」


 如月さんは悲しみを纏った笑顔で言った。

 こんな状況でも、俺のことを考えてくれているのかよ。

 俺が如月さんの立場だったら、同じ言葉をかけられただろうか。

 彼女は俺よりもずっと華奢で繊細な女の子なのに、俺よりずっと強い……

 だけど、今学内のほとんどの生徒が如月さんの敵になっているといって過言ではない。

 俺が離れたら如月さんは独りぼっちになってしまう。

 そんなこと絶対できない。

 俺は如月さんの傍にいて、味方であり続けたい。

 今すぐにでも、如月さんを抱きしめてあげたい衝動に駆られるが、この状況でそんなことをしたら、また”男をたぶらかせている”と逆効果となってしまうかもしれない。


 だから、俺にできること——俺はすぐに職員室へ走りあるものを取りに行く。

 彼女の負った傷はすぐに癒えることはないのかもしれないが、目の前にある彼女を苦しめる元凶を取り除くことはできる。

 しかし、この時とった行動を俺は一生後悔することになる。


 あるものそれは”落書き消し”である。

 これがあれば、如月さんの机に書かれた落書きを消すことができる。

 教室へ戻り如月さんに、


「お待たせ、これで落書きを……」


 と言いかけて、俺は手に持っていた落書き消しを床に落とした。


「……如月さん」


「…………………………」


 如月さんは黙ったまま、うつむき、ポロポロ涙を流しながら、ハンカチで落書きを落とそうとしていた。


「如月さん、俺が落書き消すから……」


「…………………………」


 如月さんの返事はなかった。

 俺は判断を間違えてしまった……

 如月さんはありもしない嘘により、皆から冷たい目で見られ、嫌がらせをされた。

 転入して間もないから守ってくれる友達もいないし、逃げる場所もない。

 俺はあのとき、如月さんのためと言い訳をして、彼女に何もしなかったし、あの空気に耐えられなくてその場を離れたのだ。

 きっとあのとき彼女を一人にしないで、傍にいてあげられたら、彼女の苦しみを少しは和らげられたかもしれない。

 自分自身が許せなかった。

 俺は……俺は……彼女に何を……

 その時、俺の脳裏にある光景が浮かんだ――



 真っ白い部屋に一人の少女がベットに寝ている。

 ベットの前には同じ歳くらいの少年が立っていた。

 少年は少女の手を握って、


「詩愛、元気になったらまた一緒に学校に行こうな」


「私、ずっと学校にいってないから、怖いんだ……」


「大丈夫。俺が詩愛のこと守ってやるから。安心しろ」


「うん」



 これは一体何……少女は如月さんのことだろうが、少年は一体……

 俺の中である気持ちが芽生え、そして強く俺を突き動かす。

 俺は如月さんを後ろから、ぎゅっと抱きしめた。


「……きょ……うす……けくん?」


「ごめん、ごめんね。独りぼっちにして、如月さんがつらい時にずっと傍にいてあげられなくて……大丈夫だよ、君は一人じゃない。俺がずっとそばにいるから」


「……だめ。恭介君まで悪者にされちゃうから。そんなの絶対嫌だから。だから私のことはほっといてよ」


 如月さんは俺を突き放す。

 しかし、俺は如月さんの腕をつかみ、


「如月さんがそんな悲しい顔をしているのに、ほっとけるわけがないじゃないか。俺が如月さんのことを守るから、だから……、だから」


 嘘偽りない、自分の気持ちを伝えた。

 如月さんは俺の手をぎゅっと握り、


「もうっ、知らないんだから、恭介君のばがっ」


「だろ。俺は最上級のばかだぜっ」


 俺はにっと笑い、彼女に言った。


「恭介君、ありがとう」


 如月さん涙ながらに言った。

 その直後、


「うっ……」


 如月さんは胸を抑え、


「どうしたの如月さん?」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 如月さんは呼吸が乱れ、とても苦しそうにしている。


「如月さん? どうしたんだよ? 如月さん……!」


 如月さんはその場に崩れ落ちた。

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