第10話 彼女と秘密の契約(その2)(改)

 俺は如月さんの後を追って、高校へ向かう。

 しかし学校の門、校舎、下駄箱へと歩いていくのだが如月さんが一向に見つからなかった。

 おかしいな、このペースで歩いていけば、追いつけるはずなのだが……しかし、せっかく二人きりのチャンスだったのに、不意にしてしまった。

 彼女に強引にキスを迫る形となってしまったので、最悪今後彼女に拒絶されてしまうかもしれない。そんなことになったらキスどころではない。

 いや、後ろ向きに考えても仕方がない。

 俺は教室へ向かうことにした。


 早朝のせいか校内の空気がひんやりとしている。

 人が少ないせいか静寂し、俺の歩く音が廊下に響く。

 ふと廊下の窓から外を眺めると、


「あれっ?」


 如月さんを発見した。

 しかし男子生徒のおまけ付きで、男子生徒に連れられ校舎裏へと消えていく。

 昨日の男子生徒の横暴のこともあったので、男子生徒が如月さんに強引なことをしないか心配(俺もキスをしようとしたから人の事を言えないのだが……)で、俺は校舎裏へ急いで走った。


 校舎裏に着くと二人が向かい合い、話をしているのが見えた。

 俺は見つからないように壁際から様子を窺う。

 立ち位置を説明すると、俺の手前に男子生徒が背中を向けて立っていて、奥に如月さんがいる構図である。

 男子生徒の顔はわからんが、如月さんの表情はばっちり確認できる。

 何を話しているか聞こえないが、男子生徒が一方的に話をしているように見える。

 気になるのは、如月さんが真剣な眼差しで男子生徒を見つめていることだ。

 この状況から推測すると、男子生徒が如月さんに告白しているのではないだろうか。

 一応、男子生徒がおかなしな真似をしたらすぐに突入できる準備はしておこう。

 それから時間は過ぎ、如月さんが大きく頭を下げ何かを言ったことを皮切りに、男子生徒の様子がおかしくなる。

 身ぶり手振りと声が大きくなり、その声はっきりと俺のところまで聞こえるほどだ。

 大分興奮しているようで、如月さんもまた困惑している。

 昨日のようなことにならなければよいのだが……

 しかし俺の心配は現実のものとなってしまう。


 次の瞬間――


「可愛いからって調子にのりやがって。このクソあまがっ」


 と男子生徒はそう言って、如月さんに詰め寄り肩をつかむ。

 俺はその光景を見て、すぐに如月さんの元へ走った。

 如月さんは激しく抵抗し、男子生徒から離れようとするのだが、そんな彼女を男子生徒は手を振り上げ殴ろうとする。

 俺は間一髪間に合い、如月さんから男子生徒を突き放した。


「何やってるんだよ。女の子に手をあげるなんて最低な奴だな」


 俺はそう言って、男子生徒を睨みつけた。

 男子生徒もまた、俺の事を睨みつける。

 なんかこいつ見たことあるぞ……たしかこの学校でイケメンで有名な加藤じゃないか?

 こいつは真面目で勉強ができて先生や女子生徒からの評判がよいのだが、裏ではこんなことをする奴だったんだな。


「なんだ、てめー。突然出てきて、邪魔してんじゃねぇぞ」


 俺が乱入してきて、逆上したのか加藤が俺に殴りかかってくる。

 俺は奇跡的にパンチをかわすことに成功し、グッと拳に力を込めた。

 平和主義者の俺だか、加藤の行為は絶対許せない。


 反撃する寸前――


「恭介君……手をだしちゃだめ……」


「へ?」


 如月さんの小さく弱々しい声が聞こえてきて、俺を踏みとどませる。

 その一瞬の隙をつかれ、加藤が繰り出した第二撃が見事に俺の顔にヒットした。


 視界が歪み、俺はその場に倒れ込んだ。


 どれくらいの時が経っただろうか。

 俺が目を覚ますと、目の先に如月さんの顔があった。

 え? これってどういう状況?


 最初の印象、それは頭の後ろに広がるとっても柔らかい感触であった。

 とてもなつかしいこの感じは……

 まさか、まさか、これは伝説の……?

 いや、そんな嬉しいイベントが発生するはずがない。


 俺が目覚めたことに気づいたのか如月さんは、


「恭介君? よかった。気が付いて」


 心配そうに俺を見つめる如月さん。


 心配そうな顔もなんて可愛いんだ。

 あー、如月さんがこんなに優しくしてくれるわけがない。

 これはきっと夢なのだ。

 それならば、如月さんの顔を思う存分楽しんでおくか。

 と、如月さんの顔を眺めていると


「そんな、じろじろみちゃ駄目。はずかしいから……」


 恥じらう如月さん。

 とっても可愛い。

 なんだが、とてもリアルティがある夢である。


 と、急に頬に痛みが走る。

 頬に手をあてると、しっかりと腫れていた。

 あーこれは夢ではなく、現実なんだ。

 ということは……なんかすごく恥ずかしくなってきたんだけど。


「ご、ごめんね。私のために、そ、その、痛い……よね?」


 心配そうに俺を見つめる如月さん。


「まぁ、ちょっと痛いけど大丈夫。殴られ慣れてるから、むしろ壁専門(オンラインゲームで)」


 彼女は理解できていないようで、首をかしげる。

 如月さんは俺のほっぺたに手をのせ、


「いたいのいたいの飛んでいけー」


 と言った。

 やばい超可愛い。

 最高に嬉しい展開だが、どうしたらいいかわからん。


「痛いの飛んでった?」


「うん」


 俺の理性と共にね。

 っと、忘れていたが加藤は……


「あの、如月さん、さっきの男子生徒はどうしたの?」


「恭介君が倒れた後に、先生が来てくれて、逃げて行ったよ」


 そうなんだ。

 よかった、如月さんが無事でよかった。

 先生がきてくれたんだね、グットタイミング! いやもうちょっと前に来てくれていたら殴られなくてすんだかもしれない。

 いや、しかし俺ってカッコ悪すぎるな。

 本来であれば、美少女のピンチに駆けつけた白馬の王子様的な存在だったはずなのに、逆に返り討ちに合ってしまうなんて……


「如月さんが無事でよかったよ。あまり力になれなくて、ごめん」


 如月さんは、首をぶんぶん振り、


「そんなことない。恭介君が来てくれて、私とっても安心したよ」


 ニコッと笑う如月さん。

 よかった。情けない男だと思われて嫌われてしまったのではと、心配していたから。

 そろそろ膝枕が恥ずかしくなって、耐えきれず、俺は起き上がる。


「もう平気なの?」


「うん。如月さんこそ、大丈夫なの?」


 こくんと頷くものの、如月さんは胸に手をあて、俯いてしまう。

 あんなことがあったのだから、平気なわけがない。

 俺は如月さんを安心させようとできるだけ優しく、


「大丈夫だよ。如月さん。あんなひどいことされて、気にするなっていっても無理かもしれないけど、俺は如月さんのそばにいて絶対守るから」


 さっきみたいに倒されちゃうかもしれないけど……


「うん……す、すっごく、すっごく怖かった……」


 如月さんは目を潤ませ、俺を見つめる。


「でも、恭介君が来てくれて、とっても安心したよ。ありがとう。昨日も今日も私のことを助けてくれて、やっぱり恭介君は私の王子様だね」


 如月さんはとろけるような笑顔で俺を見つめる。

 なぜ彼女は俺に対して、こんなに好感度が高いのだろうか……

 やはり過去と何か関係があるのかな。

 俺は過去、如月さんと友達だったのか、恋人(絶対ない)だったのか、ただの知り合いだったのかわからんが、今は純粋に彼女のことを守りたいと思う。


 見つあう俺と如月さん。

 なんかすごくいい雰囲気じゃないか俺たち。

 これってキスするタイミングでは?

 でも、女の子が弱ったところをつけいるような感じがして、フェアじゃない。

 俺はそっぽを向いて、照れ隠しするかのように


「大分落ち着いたようだね。よかった」


 彼女はにこっと笑って、


「恭介君のおかげだから」


 続けて如月さんは、


「でも、どうして」


 如月さんは首をかしげ俺をみる。

 あっ、なんで俺が助けたってことかな?

 そんなのもちろん決まっている。


「廊下から如月さんが男子と校舎裏に入っていくのが見えて、昨日のこともあったから、心配で……」


 如月さんは、俺の言葉を聞いて納得してくれたようだ。

 よしっ、ここは謝るチャンスと、


「あ、あとさ」


「何?」


「さっき、キスを迫っちゃってごめんね。それもあんな道端で」


 俺の言葉を聞いて、如月さんの顔が沸騰する。


「ふぇ、う、ううん。突然だったから。驚いただけ……もしかして、私のこと思い出してくれたのかなって、嬉しさもあったんだけど」


「ごめん。思い出してはいないんだ」


 俺の言葉を聞いて、如月さんはぷくっと頬を膨らませて、


「どういうこと? それじゃあ、何でキスしようとしたの?」


 うーん。

 ミスターXの命令だからとは、絶対に言えないし。

 なんて答えるのが正解なんだよ。


「早く答えて」


「き、如月さんってすごく可愛いくて俺のタイプだったから。我慢できなくなっちゃって」


 何が我慢できないんだよ。

 これじゃあただの欲求不満な奴じゃないか。

 如月さんは疑いのまなざしで、


「私のこと、タイプなんだ。ふ、ふーん。ほんとかなー?」


「ほ、ほんとだって」


 しどろもどろの俺。

 如月さんは俺の事を見て、くすっと笑う。


「さっき助けてくれたから、今回だけは許してあげるね。だけど他の女の子に同ことやったら許さないんだからね!」


 それってキスのことだよね? なんで如月さんが気にしているんだろう。

 まぁ、キスする相手もいないし約束しても問題ないだろう。


「わかったよ。約束する」


 俺はにっとはにかみ、如月さんにそう答えた。


 しかし、これはこれから起こる事件の序章に過ぎなかった。

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