第8話 彼女と幼馴染の家(その2)(改)

 重い……なんて重いんだ……

 画面をタッチするだけなのに。


 いつもなら難なく押せるはずのスマホの画面なのに……その理由はなんとなくわかっている。

 メッセージの送信者が俺を現在進行形で脅迫しているミスターXの確立が極めて高いためだ。

 仕事関係以外で俺とメッセージをしているのは凛さん、ミスターX、ねねの3人。

 凛さんは今、俺の目の前にいるし、ねねは今日知り合ったばかりだから。メッセージを送ってこないだろう。

 そのため、消去法からいって、送信者はミスターXしかいないのだ。

 しかし、しかしだ。

 無視するわけにはいかない。

 大事な要件定義書が人質にとられているのだから。

 俺は勇気を振り絞り、恐る恐るメッセージを確認してみると、


『おにーさん。今日はありがとうございました。またパソコンのこと教えてくださいね。おにーさんがいるときにパソコン教室行くのでよろしくお願いします』


 へ? 思いもよらず送信者にあっけにとられる俺。

 まさか、ねねからメッセージが来るとは……ねねというのは、パソコン教室で知り合った女の子――如月さんや凛さんと違い元気印という言葉がものすごく似合う。

 なんか見た目と違って、礼儀正しくて真面目なやつだな。

 いかん、いかん騙されるな俺。

 ハニートラップかもしれんしな。

 俺はねねに「お疲れ様。パソコン頑張ろうな。俺の出勤予定はまた連絡する」と返すと、すぐ返信がきた。

 返信早いなーと、メッセージを確認すると、


「……………………」


 今後はミスターXからだった。

 俺の緊張感が一気に高まる。

 絶対にねねだと思って、安心していたのに。

 絶妙な送信タイミングに、ねね=ミスターXと勘違いしてしまう程だ。


『如月詩愛とはあの後どうなった?』


 そういえば、教室から抜け出した後のことをミスターXに言ってなかったな。

 いきさつを伝え、そして俺達の窮地を救った非常ベルと教室のドアのことをミスターXに聞いた。


『教室のドアを閉めたのは、私だが非常ベルを鳴らしたのは私ではない』


 じゃあ、一体誰が非常ベルを鳴らしたのだろうか……


『教室のドアを閉めてくれたのは、あんただったんだな。助かったよ』


 あのとき教室にいたのは生徒だけだ。

 ミスターXの正体が生徒という可能性が極めて高くなった。

 しかし、教室にいた生徒達の顔を全員確認したわけではないので、特定するには情報が少なすぎる。


『まずは登校初日を無事終えることができたな。約束どおり君の要件定義書の安全は保障しよう』


 続けてミスターX、


『ところで可愛ねねはどうだったかな?』


 ん、なんでミスターXがねねのことを知っているんだ?


『なんで、あんたが知っているんだよ。 まさか可愛ねねもグルなのか?』


『一つ言っておくが、彼女は何もしらないし、問い詰めても無駄だ』


 ”可愛ねね”自身がミスターXということもありえるので、あまり信用できない。

 のだが、さきほど確認したように教室のドアを閉めてくれたのがミスターXだとすれば、ミスターXは学内の生徒ということになる。

 ねねは中学3年生だから、あの場にいたら目立つし、そもそもいるはずがない。

 続けて、ミスターXは、


『君が女の子慣れしていないから、次のミッションのために、可愛さんを利用させてもらった』


『多少は女の子の免疫はついたとおもうが、それよりもすごくエロかったぞ。あんたの指示だったのか?」


『なっ、おまえたちはパソコン教室で一体何をしていたんだっ! 大問題だ。詳しく聞かせろ』


 何取り乱しているんだよ。

 エロ話になった途端、過剰に反応しやがって。

 まぁ、たしかに女の子慣れしていないけどさ、俺にとっては刺激が強すぎるくらいだ。

 それに、ねねはお前が俺にさしむけた刺客だろうが。

 俺はミスターXに、


『それは秘密です』


 ミスターXの殺し文句を言ってやった。

 続けて、


『あんたの正体を教えてくれれば、何があったのか教えてやってもいいぜ」


 この後、中々ミスターXから返信が来なかった。

 まさか、悩んでいるというのか。

 ミスターXは男だろうから、別にねねと俺がエッチなことになっても関係ないだろう。

 はっと俺は重要なことに気付いた。

 メッセージのやりとりに夢中になっていて、凛さんのことをほったらかしにしていた。

 今日はあんなにごちそうしてもらったのに、放置プレイはまずい。


「凛さん?」


 彼女をみると、テレビを見ながら難しい顔をしている。


「どうかした? すっごい顔してるよ」


「えっ、変な顔してた。なんでもないのよ」


 なんかわからんがすごい動揺している


「えっ、でも普段そんな顔しないじゃん。なんかあった?」


「ほんと何でもないから、私のことは気にしないでいいから、恭ちゃんゆっくりしてね」


 俺は「わかった」と凛さんへ返す。

 何考えてるのかな、気になる。

 まぁ、困ったことがあれば、いつも話してくれるから、今は気にしないでおこう。

 と、ミスターXから返信がきて


『可愛さんのことはもういい。ただし、如月詩愛以外の女の子といちゃいちゃすることを禁ずる』


 如月さんはいいのかよっ。

 って、いちゃいちゃしてないし、する相手もいない。


『本題に戻すが、恭介君に第一のミッションを言い渡す』


 つ、ついにきたか。

 俺はゴクリと唾を飲み込む。

 一体何をやらされるんだ……


『如月詩愛と……』


 もったいぶらず、ひと思いに言ってくれ。


『キスをすること』


 え? 頭の中が真っ白になる。

 思考が再開するのに数秒の時間がかかった。

 何言ってるんだよミスターXさんよ。

 キスって好きな人同士がするあの行為だよな。

 如月さんとは今日知り合ったばかりだぜ?

 段取りってものがあるだろうが……まずはお友達になるとかお友達になるとかお友達になるとか。

 このミッション、俺にとってははだかでエベレストを登るくらい難易度が高い。


『聞いているのか?』


『なっ、おれが如月さんとキス!? 言っておくけど、絶対無理だから』


『何をはじめから、諦めているんだ。やってみなければわからないだろう』


『やらなくてもわかることはある、相手はあの如月さんだぜ』


『壁ドンして、さくっとキスしてしまえばいいだろう』


「無理無理無理」


 思わず声に出してしまった。

 それに気づいた凛さんが、俺のことを見る。


「恭ちゃん無理ってなにが?」


 まずい。

 ごまかさないと。


「あっ、つ、次の仕事のクライアントが無理難題を言ってきたから、お、思わず声をだしちゃったよ」


「そうなんだ。大変だね。無理しないでね」


 凛さんは納得してくれたようで、テレビのほうへ顔をむける。

 よかった。

 なんとかごまかせたみたいだ。

 凛さん嘘ついてごめんね。

 でもある意味無理難題を言われているのは本当のことだよ。

 俺はミスターXに、


『俺には壁ドンなんてできないし、仮にやったとしても絶対失敗して、如月さんに嫌われるのが落ちだ』


 せっかく席が隣同士になって、少しだが話せるようになったのに、こんな無謀なことをして嫌われたくない。


『君に拒否権はないから、やるしかないんだよ。期限は明日なので、頑張ってくれ』


 ミッションというか、命令なんだよな。

 悔しいが俺はこいつに逆らうことはできない。


 ドラマとかでよくある、ヒロインを助ける勢いで、キスをしちゃうラッキーハプニングのような奇跡が起こらないと絶対無理だ。


『一秒たりとも遅れは許されない。失敗したらわかっているな』


『わ、わかったよ。やるけどさ。一つ質問させてくれ、キスに何の意味があるんだ?』


『それは秘密です』


 むぅー。

 やはり教えてくれないか。

 ミスターXが言うのだから、何か意図があってのことだとおもうが、全くわからん。

 なんか明日は嫌な予感しかしないのだが……

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