第7話 彼女と幼馴染の家(その1)(改)

 その日の夕方――

 俺は凛さんの家の玄関の前にいた。

 凛さんというのは俺より1歳年上の幼馴染だ。

 俺はわけあって一人暮らしをしているんだけど、家が隣同しということもあって、昔から家族ぐるみで仲良くさせてもらっている。


 ピンポーン。


 インターホンを鳴らす。

 俺が凛さんの愛犬メビウスと戯れていると、ガチャっとドアが開く。


「メビウスと遊んでくれてたんだね。ありがとう」


 そう言ってドアから藍色の綺麗な髪の毛が魅力的な、端正な顔立の女の子がでてきた。この女の子が橘凛である。


「恭ちゃん」


「何?」


「みてみてー、エプロン新調したんだけど、どうかな?」


 凛さんは頭の上に手をのせ、どうだと言わんばかりに胸を張っている。

 

 そのエプロンはフリルが大きくて、まるでメイド服のようだった。SOS団の朝比奈 み〇るさんを彷彿させるかのようだ。


「うん、すごく似合ってるとおもうよ。けど、どうして?」


「うふふ。ありがとう♡ どうしてかって、なんでだろうね♡」


 なんかわからんが良いことでもあったのかな。


「どうぞー、中に入って」


 俺はリビングに通され、ソファに腰をおろす。

 リビングは茶と黒を基調とした家財道具で揃えられていて、とてもくつろげる空間となっている。


「恭ちゃん、お茶でよかったよね?」


 そう言いながら、さっとお茶を差し出してくれる凛さん。

 俺はお茶を啜り、今日のことを振りかえった。


 今思うと、今日は本当に、本当に、ほんとーに、長い一日だった。

 結局如月さんの秘密は分からず終まいで、俺が如月さんと面識があったかもしれないという謎が増えてしまった。

 だが、しかし悪いことばかりではない、如月さんと接点を持つことができたし、距離も少し縮まった気がする。

 もっと如月さんと仲良くなって秘密を探らなければ……


「恭ちゃん! なんか顔がすっごい疲れてるよ! 大丈夫?」


 俺の顔を覗き込むように見る凛さん。

 やっぱり凛さんにはわかっちゃうよね。

 そう、今日はいろいろあって、大変だったんだよ。


「ちょっと、恭ちゃんいい?」


 そう言うと、凛さんは俺に顔を近づけて、


「な、なにを?」


「いいから、はやく、目をつぶって」


 俺は凛さんの言わるがまま目を瞑る。

 一体、何をする気だ? ま、まさかキスなんてことはないよな?

 やばい、いろいろあって、頭の中がエロエロ状態だ。


「絶対、目をあけないでよ……恥ずかしいから」


 ドキドキして待っていると――


「……………………」


 あたたかい感触を覚える……オデコに。


「はーい。終わったよ。熱はないみたいだね」


 凛さんは頬を赤く染め言った。


「もう、何をするかとおもったよ。熱を測るなら体温計でよかったんじゃない?」


「私の家はいつもオデコなの!」


 あぁー。ほんとドキドキした。

 熱を測りたかったのね。凛さんはお姉さんのような存在なのだから、キスなんてあるはずがないか……

 しかし俺が風邪をひいたとき、おばさんはいつも体温計で測ってくれていた気がするのだが……

 俺はお茶を啜り、気をとりなおし、


「おじさん達って今日から旅行だっけ?」


「そうなの。だから、今日の夕ご飯は私一人でつくるね! 楽しみにしていてね」


 凛さんはグッと自信満々に右手でガッツポーズする。

 その手には包丁が握られていて、キラっと光る。


「凛さん」


「何? 恭ちゃん」


「ガッツボーズするときは包丁をはなそうね! 恐いから。凛さんがヤンデレモードになったのかとおもったよ」


「ごめん、ごめん」


 と言い、凛さんは右手をおろす。


「それで、ヤンデレモードって?」


「ううん。気にしないでくれ。なんでもない」


 ヤンデレモードというのは精神的に病んだ状態にありつつ、異様な愛情表現をする状態だなんて言えないのでごまかす。

 それはともかく、家におばさんがいないなんて、最近なかったからこのシチュエーションは新鮮である。

 俺が何をつくるのかと聞くと、凛さんは「えへへっ、秘密♡。出来てからのお楽しみだよ」と笑顔で答えた。

 まぁ凛さんは料理上手だから何をつくっても美味しいのだが、秘密って言われるとなんかドキドキするよね。

 おじさんとおばさんがいないせいか、静まり返るリビング。


「トントントントンっ」


 凛さんが料理をする音だけが室内に鳴り響く。

 おじさん、おばんさんがいないとこんなに静かなんだな。

 そういえば小学校の時、おばさんも働いていたから、俺と凛さんはいつも一緒だった。

 俺は凛さんから勉強を教わったり、遊んだりしておばさんの帰りを待っていたっけ。


 そもそも俺と凛さんがこうやって、一緒に過ごすようになったきっかけ――

 それは俺が小学5年生の時に両親を交通事故で失い、その後、立て続けに例の事件が起こったことにある。

 親戚と疎遠な俺は誰が面倒をみるのかと、ごたごた揉めて、丁度そのころ引っ越ししてきた凛さんのご両親が面倒を見てくれることになったのだ。

 俺がこうやってプログラマーとして仕事ができているのも、凛さんのおじさんにプログラム開発のノウハウを教えてもらったからだ。

 ちなみに在宅の仕事の紹介もおじさんがしてくれている。

 本当に感謝しきれない―― だから、俺は早く一人前になって、凛さん、おじさん、おばさんに恩返しがしたいのだ。


「あっ、遅くなったけど、昨日はお弁当おりがとう! すごくおいしかったよ」


 凛さんは顔を赤らめ、


「もうお礼ならメッセージくれたでしょ、だから十分だよ。ほんと律儀だよね。恭ちゃってば。そういうところ好きだけどね♡」


「いや、こういうことはちゃんと言わないとね。あとさー。いつもお世話になってばっかりだから、俺ができることがあったら何でもいってよ!」


「いいんだよ。気にしなくって。私が好きでやってることだから。でも、その言葉忘れないでよ!」


「なんか、そう言われちゃうと急にプレッシャーがかかる」


「まったく、恭ちゃんってば、うふふ」


 凛さんはエプロンをフリフリしながら嬉しそうに答えた。


 ぐつぐつと煮える音がする。

 キッチンのほうをみると大鍋に火がかかっていた。

 凛さんは料理がひと段落したのかダイニングテーブルにランチョンマットをひき、食器を並べ始める。

 そして、凛さんは話題を変えて、


「そういえば、恭ちゃんのクラスに転入生が入ったんだってね。如月さんだっけ? 私のクラスですごい話題になっていたわよ」


「そうなんだ。こういう情報ってすぐに広まるよね。学園のSNSも盛り上がってたよね。そのせいで俺のクラスは男子達で一杯になっちゃってね」


「転入生って珍しいもんね。それも女子だったら尚更だよね」


「てか、あいつらうざすぎ」


「まぁ、まぁそんなこと言わないで。そ・れ・でっ如月さんってどんな子なの? かわいい?」


「えっ!?」


 突然の質問に動揺する俺。

 凛さん、なんてこと聞いてくるんだよ。

 たしかに可愛いとおもったけど、なんて答えればいいんだ? こういう話題を凛さんと話すのはじめてだしな。

 女の子の前で、他の女の子のことを可愛いとか言っていいものなのか?

 まぁ本人もいないし、正直に答えることにするか。


「可愛かったよ、男子達が話題にするのも、まぁ、わからなくはない」


「もしかして如月さんの事好きになった?」


 俺はブンブン手をふり、否定する。


「そんなことないって、住む世界が違うって感じ」


「ふーん」


 凛さんは目を細めて俺を見つめる。

 何だよ、凛さん俺のことを疑っているのか?


「だって、私も見たけど、女の私から見ても、かなりレベル高い子だったわよ」


 続いて、


「もしかして、如月さんのほうからアプローチされてないわよね?」


 ん? なんて疑いを! 俺って容姿も運動神経も成績も普通だよ。

 そんな俺に好意をもってくれるわけないじゃん。


「如月さんにとっては俺なんて戦闘力1のカスみたいなもんだって! 如月さんは先頭力でいうと56万か。地球人とフ○ーザくらい差がある気がする」


「その例えはよくわからないけど、恭ちゃんのルックスはそんなに悪くないわよ! だけど恭ちゃんって超がつくほどの鈍感男で、ラブコメ主人公のようだから。異性からアプローチされてもきづかなそうだよね」


 にやりと笑った凛さんに、俺は苦笑いで返事をする。


「まぁ、如月さんが俺のことを好きになることなんて、絶対ないから」


「そうかな~。恋愛って顔だけじゃないしな~。って恭ちゃんの顔が悪いって言ってるわけじゃないから! 恭ちゃんだって彼女欲しいでしょ?」


「れ、恋愛なんて興味ねーし」


「……………………」


 しばしの沈黙があり、


「……恭ちゃんには夢があるしね。恋愛してる暇なんかないわよね」


 そう言うと凛さんは少しさびしそうな表情をした。


「ぴぴぴっ」とキッチンタイマーが鳴る。


 凛さんは、ぱんっと手を合わせ表情を明るくし、


「はいっ。この話はお・し・ま・いっ、そろそろ料理が出来るからダイニングにきて」


 俺は「うん」と返答し、ダイニングへ移動し椅子に腰を下ろす。

 ダイニングテーブルには向かい合わせに2枚のランチョマットがひかれ、真ん中にパンがはいったバスケット、ランチョマットの上には大皿、スプーンが置かれている。

 キッチンからとてもよい香りが漂ってくる。

 これは凛さんの得意料理の一つで、俺が大好きなあの料理だ。

 凛さんは鍋をダイニングに置き、鍋蓋をとって、


「じゃじゃーん。今日のメインディッシュはビーフシチューだよ。たんと召し上がれ」


 そういって、俺の大皿にビーフシチューを入れてくれた。

 凛さんのビーフシチューは大きめにカットされたじゃがいも、ニンジン、牛肉と煮込まれ、コクと旨味が濃縮された極上の一品。

 スプーンでビーフシチューをのせ、ぱくっと口の中に入れる。

 じゃがいも、ニンジンはほくほくしていて、牛肉は口の中でとろける。


「ど、どうかな?」


 心配そうに俺のことを見つめる凛さん。

 そんなまずいなんて、滅相もない。

 仮にまずくても、そんな顔で見つめられたら、まずいなんて言えないよ。


「いや、すごくおいしいよ。さすが凛さん」


 まんざらじゃない様子の凛さん。


「凛さんは家事も料理もすごい上手いし、きっと素敵なお嫁さんになれるね」


 凛さんはかぁっと赤くなる。


「もう、恭ちゃんってば」


「凛さん、顔真っ赤だけど?」


「恭ちゃんのせいでしょ。私がお嫁さんになれなかったら、ちゃんと責任とってもらうだから」


 と、笑って言う。

 凛さんは学内で人気があって、聞いた噂だと結構告白されているそうだが、断っているらしい。

 まぁ、学校の男子達は俺を含めて、カスばかりだからつり合いがとれる人がいないのだろう。

 夕ご飯を食べ終り、俺はシンクに食べ終わったお皿を運び、凛さんが洗う。

 いつもの光景だ。

 ひと段落つき、リビングに座り、テレビを見る俺と凛さん。

 俺は如月さんのことで、一つひっかかっている点があって、凛さんに聞く。


「凛さん覚えていたら教えて欲しいだけど、如月さんって、5年前、俺が小学校5年生の時までこの辺りに住んでいたそうなんだよね。俺、全く覚えてないんだけど。凛さん何かしってる?」


「うーん……、そうね。如月さんかぁ。どうだったかしら。覚えてないわね」


「そっかー、ありがとう」


 凛さんも覚えていないか。

 如月さんが言っていたことは嘘ではないと思うが、彼女との繋がりを証明するものが欲しい。

 そうすれば、彼女の秘密を解き明かすきかっけになるかもしれない。


 その後、俺と凛さんはリビングでくつろいでいたのだが、

 スマホにある人物からのメッセージが届いた。

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