第4話 彼女と公園(改)

「ここまで来れば大丈夫かな?」


 ぜぇ、ぜぇ、と肩を上下させながら言う俺。


「うん」


 如月さんも息を切らしている。

 久しぶりに走ったせいか、足がガクガクブルブルである。

 これ以上走れる気がしないというか、もう走れない。

 これは明日絶対筋肉痛だな。

 と、手に柔らかい感触を感じる。

 こ、これは如月さんの手じゃないか!?

 あの状況から脱出する為に、無意識に如月さんの手を握ってしまったようだ……

 完全に放すタイミングを逃してしまい、ちょっと気まずい。

 と考えていた矢先如月さんが、


「手……」


 うつむき恥ずかしそうに言う。

 俺は「ご、ごめん」と言って如月さんの手を放した。

 こんな美少女と手をつなぐ機会なんてめったにない。

 だから、もう少し握っていたかった気持ちもあるが、こんなところ学校の男子たちに見られたら、嫉妬の嵐をくらうんじゃないかと急に青ざめてくる。


「どこか……座る?」


 如月さんが心配そうに俺を見つめ言った。 

 俺としたことが、如月さんに気を遣わせてしまった。ここまで全力疾走してきて俺がここまで疲れているのだから、如月さんが疲れていないわけがない。

 しかし、平日昼時の公園は結構賑わっていて、カップルやら、サラリーマンやら、主婦やらで混んでいる。

 俺と如月さんは公園を歩き、ベンチを探していたところ、空いているところを見つけた。

 ベンチを見ると座るスペースが狭く、あきらかに二人用だ。

 二人で座ったら密着状態となる。

 これが噂のカップル専用というやつか?

 そう考えると、抵抗感があるし、他の生徒達が見ているかもしれないというリスクもある。

 変な噂をされたら如月さんも困るだろうしな……

 だから俺は如月さんに一人でベンチに座ってもらうことにした。

 如月さんはベンチに座ると何やらそわそわしている。


「…………」


 じーっと俺のことを見つめる如月さん。


「…………………… 」


 さらに目を細め俺のことを見る。

 なんで、あんた座らないのよって感じ。

 如月さんのことは知ったばかりだが、このアイコンタクトは俺にもわかる。

 目が非常に恐いもん。

 如月さんは「はぁー」とため息をつき、手でベンチをぽんぽん叩く。

 ん? 何の合図?


「…………こ……こ……」


 如月さんが何やらボソボソ呟いているのだが、よく聞こえない。


 なんて言っているんだ?

 耳を研ぎ澄まし聞く俺。


「……こ……こ……」


「こけこっこ?」


 俺がそう言うと、如月さんはムッとし、


「ここに座って!」


 と言った。

 俺は思わず「はい」と言って、如月さんの隣に座る。

 ”こけこっこ”と言ったのはふざけすぎたけど、本当に聞こえなかったんだもん。

 しかし俺なんかが如月さんの隣に座っていいのだろか、下手したらカップルと間違えらてしまう。

 まぁ、しかし俺も疲れているし、ここは座らせてもらおう。


 ベンチに腰掛けると、彼女との距離がぐっと近くなる。

 心地よい風が吹き、彼女から甘い香りがしてきた。

 その香りにくらっとくるが、必死にこらえる。

 美女は良い香りがするという都市伝説は本当だったんだな。


 日差しが気持ち良い。

 こうやって日中の公園で”ひなたぼっこ”するのはいつぶりだろうか(正確には疲れて休んでいるだけだが……)。

 いつも家にひきこもりプログラム開発をしていたから。

 まぁ今もデートしているわけではなく、成り行きでこの状況となっているのだが。

 如月さんを横目でちらっと見る。

 やっぱり可愛い……可愛すぎる……本当に同じ人間なのだろうか……

 それにしても可愛い子の顔ってずっと見ていられるものだな……


「じろじろ見ないで……」


 彼女は恥ずかしそう言って、顔を赤くしうつむく。


「み、みてないよ」


「嘘、絶対見てたもん。恭介君……顔赤くなってるし。も、もしかして私でエッチなこと考えてた?」


 突然何を言い出すんだよ! 如月さん。確かに見ていたけれどもエッチなことなんて考えてなかったよ。

 如月さんは立ち上がり、俺の前にたつ。


「さっきだって……こうやって……私のこと見てたもん」


 なるほど、さっき怒っていたのは俺が如月さんのことをエッチな目で見ていたと思っていたからか。

 エロいって考えている如月さんのほうがエロいんじゃ?


 瞬間、強風が吹き、な、なんと如月さんのスカートがめくれてしまった。


 如月さんは顔をかぁーっと赤くする。


「……うぅ……うぅ……」


 如月さんはしばし懊悩し、


「……見た?」


「何を?」


「……………………」


 さらに数秒沈黙し、


「……わ、私のパンツ」


 俺は顔を赤くし、首を振った。

 仮にだよ? 仮に見たとしても、この状況で肯定できるわけないじゃないか!


「嘘だもん、絶対見たもん」


 如月さんは涙目になって、俺に訴えかける。

 この状況で俺はなんと答えれば正解なんだ……


 ここで問題です。

 スカートが風でめくれて、パンツが丸見えでした。

 さぁこの時、今日出会ったばかりの女の子に何と答えますか。


 1.パンツ丸見えだったよ。すっごく可愛いパンツはいてるね。と正直に答える。

 2.パンツ見えなかったよ。と徹底的に言い逃れる。


 うーむ。思いっきり、パンツめくれてたからな……2は却下かな。

 1も、なんかデリカシーに欠けている気がする。

 ということで、1と2の間をとってみよう。


「見てないよ……ちょっとしか」


 如月さんは目を見開き、顔がさらに赤くなる。


「やっぱり……」


「大丈夫だって」


 自分で言っておいて、何が大丈夫なんだと疑問に感じながらも、


「可愛いしまし……」


 如月さんは「言っちゃだめーーーーーー」と俺の言葉をさえぎり、右頬をおもいっきりビンタ!


 強烈な一撃だった。


 俺は赤く手形がついた右頬を抑えながら、「ご、ごめん」と言った。

 まさか如月さんからビンタをくらうなんてな。

 おとなしそうな性格だとおもってたから、油断したよ。

 しかし、あれが女の子のスカートをめくりあげるという”伝説の神風”というやつか。

 痛い思いをしたが、良い経験になったな。

 しかし如月さんはなんて可愛いパンツをはいているんだろう。

 如月さんには悪いがしっかりと目に焼き付けさせてもらった。


「ばかっ、エッチ、変態……」


 なんてタイミングがいいんだ。

 心の中を読まれているのか……


「でも、ごめんね……いたかったよね?」


「ううん。大丈夫! 平気、平気」


 右頬、今もひりひりするけど、仕方ない。

 痛みよりも、嬉しさのほうが優っているよ。

 如月さんの言う通り俺は変態なのか?


 それから話題は変わり、


「今日はいろいろ大変だったね。あと、ここまで走らせちゃってごめんね」


「う、ううん、助けてくれてありがとう」


 朝のこともあるし、怒られるんじゃないかと思っていたのだが、 まさか感謝されるとは。


「でも、なんで?」


 如月さんは頬を赤らめ、俺のことを見つめる。

 なんで助けてくれたのかかってことだよね。


「そんなの決まっているさ。困っている人がいたら助ける。それが俺の家の家訓だから」


 照れ隠しに冗談ぽく答える。

 如月さんはふふっと笑い、そのあと真剣な口調で、


「もうしないでって……約束したのに、恭介君が……私のために嫌なおもいするの……絶対だめなんだから」


「如月さん……」


 ホームルームの時、言いかけたのは、この事だったのか。

 俺が如月さんを助けることで、クラス内で俺の立場が悪くなることを気にかけてくれていたんだな。

 なんか、ちょっとじーんときちゃったよ。

 ん? でもなんで俺の名前知ってるの?


「如月さん、ありがとう。でも大丈夫、俺はもとからクラスにとけこんでないしね。空気みたいな存在だから。これ以上立場が悪化することはないよ」


 むーっと、ほほを膨らませる如月さん。


「ばか……」


 俺なんか悪いこと言ったか?

 なんか、如月さんにきつい事をたくさん言われている気がするが、嫌われているのか?


 話題は教室から脱出した時のことに、


「あっでも、男子達追ってこなかったよね」


「誰かがドア、閉めてくれた……」


「どんな人だったか覚えてる?」


 ぶんぶん頭をふる如月さん。

 そうだよね。逃げるのに必死だったもんね。

 防犯ベルは一体誰が鳴らしたのか。

 それにこの逃亡が成功したのも教室のドアを誰かが閉めてくれたことが大きい。一体誰が助けてくれたのだろうか……謎は深まるばかりである。

 まさかミスターX? そんなわけないか。


「あの……、恭介君、聞いてもいい?」


 如月さんが問う。


「俺に答えるられることなら、なんでも聞いてくれ!」


「君は斎藤恭介君だよね?」


「そうだけど、そういえば何で俺の名前を知っているの?」


 ずっと疑問に思っていたことを如月さんにぶつける。

 如月さんは目を見開き俺を見て、


「本当にわからないの?」


 やはり面識があるのか? でも思い出せない。

 俺が何も言わなかったので、如月さんはもう一度聞いてくる。


「恭介君聞いてるの?」


「ごめん……」


「………………………………………… 」


 数秒の沈黙、そして


「如月さん、俺、実は……」


「うん」


 如月さんは真剣なまなざしで俺のことを見つめる。


「小学5年生の時に事故に合って、記憶が欠落しているところがあるんだよ。もしかしたら如月さんのことも……」


 この話はあまりしたくなかったのだが、もしかしたら欠落した記憶の中に彼女がいたのかもしれない。

 そうであれば正直に話したほうがいいと思った。


「そうだったんだね……つらいこと思い出させちゃったね。ごめんね……」


 如月さんはそう言うと、自分を言い聞かせるかのように頷く。

 俺にはわからないが、何かを悟ったような感じだった。

 俺と彼女は過去どんな関係だったのか……


 聞きたい……知りたい……


 だが、この状況でなんて聞けばいいのか、今の俺にはわからなかった。

 如月さんを見ると、至極悲しそうな表情でうつむいていた。

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