第75話 騎士
近頃、菊が連れてくるようになった男のことを、気にすまいとしてもつい、気になってしまうジョヴァンニだ。
「私は別に、連れてきたいって思ってるわけじゃありません。」
菊が、やっきになって言い訳するのも気にくわない。
「勝手に付いてきちゃうんです。」
彼の馬が現れると、弥助は、それまでしていた仕事を放り出して迎える。
元々は菊サマ、菊サマ、と姫を慕っていたのに、どういうわけなんだか、最近はすっかりこの男に
男が、
「俺の従者なんぞになったって、
と言っているのに、
「構イマセン、
と馬の
男は信者でもないのに教会に
今日も、ジョヴァンニが時計を修理している手元を興味深そうに
「
「私たちの故郷はあまりにも遠く、ここには何も無い。一から全てを作っていくほかありません。」
時計だけでなく、楽器もジョヴァンニがこの地で製作したものだ。オルガンなどはここ日本ならではの材料である竹で作った。
「ローマへ送られた使節団が戻ってくるときに色々な物を持って帰ると約束しました。そうすればもっと物が増えるでしょうが。それまではここにある物でやっていくしかない。」
後二・三年すれば、使節団は戻ってくる。でも、それまでにやっておかねばならないことがある。今日菊を呼んだのも、そのことのためだった。
先ほど、オルガンティーノやジョアンも居る前で、ジョヴァンニに告げられた菊は不安を
「
法王庁、即ちローマ教皇の下、全世界のカトリック教会を
「我々の居るここ日本は、ローマからあまりにも遠い。」
オルガンティーノは言った。
「そのため黙っていると、存在を忘れられてしまうのです。」
一番困るのは送金が途絶えることだった。
本当は、法王庁や後援者のスペイン国王から送られる金で、教会の経費を全て
「あなたしかいません。」
ジョヴァンニは
「私なんかで本当によろしいのでしょうか。」
菊も最初は渋っていたが、とうとう
「ふうん、姫君、俺が居ない間に随分苦労したんだな。俺は何の力にもなってやれなかった。」
「あなた、菊の何なんですか?」
ジョヴァンニは、たまりかねて尋ねた。
慶次郎はジョヴァンニの顔をしげしげ眺め、ニヤッとした。
「あきらめな、
「わっ、私は神に仕える身です、何をそんな……。」
「かといって
「しっ、失礼な……。」
思わず言ってしまった。
「私が、この私が女などに惑わされるわけがない、女に惑って、ろくな結果になるわけがない!」
閉ざされて、決して開かれることのない窓、黒いベールに
自らの思いに
だが慶次郎は
「上杉は、実家を失って
「あなたこそ何なんです?」
むっとして尋ねるジョヴァンニに、
「俺か?俺は、ただの彼女の
「じゃあ、あなたは」
ジョヴァンニは興味を持った。
「Cavaliereのつもりですか?」
「カバ?カバって……何だ?」
「カヴァリエーレは
「ふうん。」
慶次郎は考え込んだ。
血を浴びて
彼女はいつも忙しかった。店を
彼はただ、それを眺めているだけだった。それだけで心が安らぐのは何故だろう。
「いいことを教えてくれた。よし、決めた。俺はその、カバって奴になる。」
ジョヴァンニは驚いた。
「だって、もうとっくの昔に滅びた人たちですよ?」
「そりゃあいい。」
慶次郎は白い歯を見せた。
「俺は時代遅れの男なんだ。」
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