第74話 新しい生活
前田の家を身ひとつ、いや、奪った名馬と共に飛び出した慶次郎だったが、さりとて店に
何処か適当な住まいは無いか探していると、話を聞きつけた信虎がやってきて、どうじゃ、わしの屋敷に住まぬか、と言う。
困ったときはお互い様じゃ。
もちろん、この
信虎の屋敷は、屋敷というのも恥ずかしいような大きいだけのボロボロの住まいで、月夜には化け物が出てきそうな有様だったが、主人のほうが大物の化け物なので、うっかり現れて何か用事を言いつけられたら大変とばかり、小物の化け物どもは闇の中に大人しく控えているようだった。
ちょっとした雑用どころではなく、信虎はこのボロ屋敷の大規模な
菊も慶次郎に頼み事をした。
それは達丸の教育だった。彼の優れた武術を教えてもらいたいと思ったのだ。
慶次郎の気ままな性格にはいささかどころではない不安が残るものの、武具の扱い方、戦場での
ずっと悩まされていた
「小さいときにお寺に通わせて、
とうとう
「武将にこれ以上の学問は要らないはず。それに何で畑仕事なの?」
「まあそう
慶次郎は
「なかなか
「ねえ、
「姫君。」
慶次郎は手を止めて、首に掛けた
「あの子はひ弱くなんかない。しっかりしてるぞ。自分が興味あることをすればいいんだ。」
「だってあの子は武田の跡継ぎよ。
「家だの何だのに
「それは……。」
菊は口ごもった。
「あたしは、自分自身は、世の決まり事から距離を置いて生きていきたいと思っている。でもつらいもの、
人々は、生きている間、伝統に従って生活すれば、最低限の生活の保障は得られた。地震や日照りなどの天災、敵の侵略などの人災の
(でも今のあたしは、曲がりなりにも武田の当主だ)
そんな立場の彼女がただ、庶民と同じように盲目的に伝統に従っているだけですむのだろうか、自分の頭で考えることも無しに?
それにもう、いくら現世で努力しても、自分が本当に来世で報われるかどうか、そもそも来世があるのかどうかさえ、わからなくなってしまっていた。
菊が黙ったのを見て、慶次郎は言った。
「なあ、姫君。昔の俺だったら、一も二も無く、男は力だ、武将になるのが正しい道だって言うだろう。でも、姫君はそういう道は捨てたんじゃないのか?自分は何ものにも囚われたくないと言っておいて、
「じゃあ、自分はどうなのよ。」
やりこめられて菊は段々、腹が立ってきた。
「色々、
彼がどうしているかは家に居ても、
やれ先週は一人で十数人の乱暴者たちを
「俺は
慶次郎はすまして言った。
「これは俺の生き方だ、今更、変えようとは思わない。でも、武将になるのが全てだとも思わない。あの子には、あの子の生き方があっていいはずだ。」
慶次郎は相変わらず、達丸に、畑仕事や家の修理の手伝いをさせた。
達丸は、松が
愛らしい顔をして、上等ではないものの、こざっぱりした衣装を身に着け、何ともいえない
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