第51話 腐肉の分け前
その頃、日本のキリスト教は布教開始
キリスト教がこれほど短期間で隆盛を極めたのには、わけがある。
当時、東洋の大国・
ようやく地球の裏側まで航海することが出来るようになったとはいえ、当時の航海技術では人の往来がやっとだったし、まだ産業革命も起こっていない当時の産業の状態では、西洋の文物を直接明と大量にやり取りするには至らなかった。
しかしここ東洋には、明との貿易を切望する国があった。
日本である。
日本の領主たち、特に九州の領主たちは、地理的に近いこともあって明の品、特にそこで生産される生糸に対して熱いまなざしを注いでいた。イエズス会の方も、キリスト教を日本に広めるために領主たちの好意を得るのは得策だと考えた。当時の社会では、領主がキリスト教に改宗すると家臣、更に領民までもが一斉に改宗するのが慣わしだったためである。
日本のキリスト教布教には最初から、政治と金が分かち難く結びついていたのだ。
イエズス会は自ら進んで権力者に近づいた。中でも故・織田信長の好意を得たのが何より効果的だった。信者は爆発的に増えた。
(だがその為に、教会の中には不適格者が混じるようになってしまった)
ジョアンは血の混じった
(シモンがいい例だ)
もの静かで従順で無表情なシモン。無一文の孤児で、教会に拾われ、神学院で育ち、入会して、修業に励んでいると思っていたのに。
(何でだ?何で不満があったら上長の前で率直に良心の
神学院に入っているのは上級の侍の子か、さもなくば教会しか頼るもののない孤児か。しかも日本の社会は、戦が続き非常に不安定で、昨日まで殿さま、上さまと敬われていた侍や貴族が、今日は城や館を追われて無一文になっていることも決して珍しいことではない。でも教会としては、昨日まで
(日本人たちは外国から来た珍しいものを大変喜ぶ。中国や朝鮮の人々とは大違いだ。昔から大陸の文化を取り入れて自国の文化を育んできた伝統がそうさせるのだろう。日本にキリスト教をもたらした初期のイエズス会の会員もいち早くそれに気づき、殿と呼ばれる領主たちに多大な贈り物をすることで、その好意を、関心を勝ち得てきたのだ。でもお互いそういう関係に慣れてしまった今、
ジョアンは、ちんまりと座っている老人を眺める。
一体幾つなんだろう?
領国は滅び、子も孫も死に絶えて、それでも旨そうな汁の吸えそうな場所を転々としながら生き続ける……
「なに、絵描きを探しとる?なら、いいのがおるぞ。わしに任せておけ。その代わり、礼といっては何じゃが……。」
そう言って老人が連れてきた女を見て、ジョアンは失望した。
これはあの、
確かに、以前は
(それも私たちが家を世話してやったからというもの)
でもオルガンティーノは断れまい。もともとイエズス会一の日本びいきで、彼の影響で
(イタリア人は皆、日本人に甘い)
イエズス会に入っているのはポルトガル人、スペイン人、イタリア人などだが、自分の国の意向に沿って行動するポルトガル人、スペイン人と違い、祖国をフランスやスペインに分割されているイタリア人は
今日のシモンのことだって、
「きっと、彼も色々悩んでいたのでしょう。そういう気持ちを
と言って、オルガンティーノは泣き出してしまったのだ。
ジョアンは呆れてしまった。
何を言うか。
本国では、こんなとんでもないことをした奴には即刻、宗教裁判所で厳しい裁きが下る。
(日本にも宗教裁判所を作ればいいんだ。そうだ、教会領になっている長崎に、裁判所を設けることを本国に進言してはどうだろう?)
素晴らしい考えだ、今度手紙を持って行ってくれる船が出るのはいつだろう?
ジョアンは自分の考えに夢中になっていたせいで、フランシスコ・カリオン司祭が自分の名を何度も呼んでいるのにも全く気がつかなかった。
「修道士、ロドリゴ修道士。はて、どうなさったか。話を聞いているのかね?」
「……は?」
「だから……ニッコロ修道士がまだ気絶したままなので、もう、話を進めてしまおうかと思っておるのだ。信者ではないと
「信者ではない。」
ジョアンは、司祭の言葉を意地悪く繰り返した。
「信者でない人に、教会で使用する聖母やキリストの絵を描かせるというのですか?お言葉ですが……。」
後から思えば、女に対しては
「確かに
ジョアンは自分をじっと見つめている女と目が合った。
「
ジョアンの言葉は尻すぼみに消えた。
「可哀相。」
女は
大粒の涙が
「私……私、可哀相、なんかじゃありません!」
女は叫ぶと部屋を飛び出していった。
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