第4話 姉妹
「ねえところで、関に来たの、惣蔵ですって?」
松は目を光らせた。
(また。どうせ、そんなことだろうと思ってた)
菊はうんざりした。
妹が今まで、菊の
勝頼の
こういう時代のことだから、女に関して
その惣蔵も
(共通の趣味もあるしね)
菊から見れば性格の悪い妹だけど、たった一つ、
舞いである。
要領の悪い菊は何か習い事をしても、いっこう上達しなかった。ものになったと言えるのは、絵くらいだ。
だが松は何をやっても飲み込みが早く、ことにその舞いは、天に遊ぶようと絶賛された。
惣蔵も又、舞いの名手である。
まだ少女だった松と美少年の惣蔵の
「姉上が越後に行ってしまったら、私、仁科の兄上の元へ行こうと思っているの。新しく館を建てて下さるそうよ。」
松がふと思いついたように言う。
同じ母から生まれた兄の
あちらに行けば監督する人も居ないから、新しい着物を作ったり、好きな舞の
あーあ、もう、勝手にして。
(ほんっとに、気が合わない)
二人の母が亡くなる時、一番気にしていたのが、姉妹仲良くやっていけるかどうか、ということだった。
御心配いりませんとも、と菊は心の中でつぶやいた。
諏訪と越後、これだけ遠く離れてしまえば、もうケンカすることもありません、一生。
(何なのよ、いったい)
ぷんぷんしながら廊下を曲がって消えていく姉の背中を見ながら、松は負けず劣らず腹を立てている。
(あの人ってどうしてああなの、大体、あの髪からしてそう)
姉は、四方八方に
(かもじを付ければ済む話なのに)
当時の女たちの
彼女たち程の身分ならば、
でもいくら松が勧めても、姉は着けようとしないのだ。
「私が着けたら総かもじになってしまうでしょ、皆は付け毛で済むけど。」
「隠すとかえって恥ずかしいように思うの、それに何だか私自身を否定してしまうような気がして。」
松は、何さ、と思うのだ。
たかが、かもじではないか。それのどこに、自分らしいとか、自分らしくないとかいう理屈を付ける必要があるのだろう。
(だから姉さまは甘いって言うのよ)
一体この世の中のどこに、生まれたまんま、そのまんまの他人を差し出されて、喜ぶ人がいるだろうか。
(私は末っ子。しかも女。黙っていちゃ誰も見てくれないし、構ってももらえないことがわかってた、それこそ、生まれたときから)
小さい時から周囲に目を配り、いかにして世間の関心を引くか、喜んで引き立ててもらえるか、細心の注意を払って生きてきたのだ。
自分じゃどうすることもできないものは、もう一つある。
彼女は背が高かった、誰よりも。
(惣蔵が相手にしてくれないのも)
彼より背が高いからかなあ、と彼女は密かに悩んでいる。
誰より女らしく
(彼の前ではなるべく背を丸めていたんだけど)
駄目だった。
彼女だって悩みの種はある。でも、それを何とか
(そりゃ苦労するわよ、あなたじゃ、誰と結婚してもさ)
私は諏訪に行く。こんなやり取りも、もう最後よね。
松の関心はもう、目の前に広げられた
「さあて、どんな風に仕立てようかな。」
声に出して言ってみた。
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