第25話 決別
(とうとう城が奪われてしまった)
(ああ、城が、城が)
ざわざわと闇に
白い眼に宿る金の光。
(誰にも渡さない)
(この城は私のもの)
何かが燃えている臭い。
馬のひづめの音。
(鬼子じゃ、鬼子のせいじゃ!)
叫び声が聞こえた。
自分の悲鳴だと気がついたのは、
誰かが腕にすがって彼の名を呼んでいる。
「慶次郎……又、夢を見たのね。毎晩うなされているじゃない。」
菊だった。
いつの間に起きてきたのか、汗をぐっしょりかいて冷たくなった彼の背を手でさすりながら、目にいっぱい涙を
あの仏たちのせいで又、あの夢を見てしまったんだと思った。
(しまった、姫の身を守るため、隣の部屋で寝るなんて言わなきゃよかった)
彼は唇をかんだ。
春日山城を出てからというもの、二人の間は、必要以上に接近し過ぎている。
彼の目を
「慶次郎……怖いの?」
信じられなかった。
彼は強かった。
いつも笑っていた。
周りをからかって余裕たっぷりだった。
その彼が……怖がっている?
「ほっといてくれ!」
今まで聞いたこともないほど暗く恐ろしい声で言うと、乱暴に彼女の手を振り払って部屋を出て行った。
後を追おうとして、駆け戻る彼にぶつかりそうになった。
危うく身をひねって
本堂の裏の山の斜面で、火の手が上がっているのが見える。
そこへ揚羽が走ってきた。
「姫さま、小山田の老母が
慶次郎は、人質を逃がそうとする小山田の兵と戦っていた。
起きて槍を振るっている間は負けたことが無かった。
ひとたび眠りに落ちると無力な子供に戻った。
でも久しくあの夢を見なかったのに。
(
最初は
今では、
夢の中の敵がどうしても倒せない以上、現実の敵を倒す時だけしか生きている実感が味わえなかった。
(俺は強い)
敵を倒すことはすなわち自分の強さの
菊には信じられなかった。
この
小山田の老母は家人がひっさらっていってしまい、後に残されたのは昨夜の
(兄上は本当に小山田を信じているのだろうか。いや、もう信じているのではない、すがっているのだ。それしか頼るものが無いから。自分の目をふさぎ、心をごまかして)
私はこういう事を前に経験したことがある。
自分の心の奥から声がしたような気がした。
いや、自分ではない、誰かがこういう状況に
その時、私は何て言ったっけ?
(他者に頼って
ふいに記憶がよみがえった。
そうだ、三郎景虎だ。
今の兄上は、あの時の彼にそっくりだ。
そして彼は死んでしまった。
私は彼の頼みをきいてやることができなかった。
(そなたも証人ではないか。私の立場はおわかりであろう?)
確かに、わかっていた。
でも私は、彼の子を助けてやることができなかった。子供に罪は無いのに。
あの時の無力感を、上杉での三年間、ずっと引きずっていた。
(私が自分の考えを持っていなかったからだ。ただ、他人のなすがままになっていたからだ)
もう後悔はしたくない、二度と。
菊は兄の元へ行った。
「兄上、小山田に頼るのはやめましょう。ここから脇道を通って
しかし勝頼は、菊がどんなに説得しても、首を縦に振らなかった。
菊が疲れ果てて黙ると、ようやく口を開いた。
「菊、そなたは俺が思ったとおりの
この時ようやく菊は、兄が死に場所を求めていたことに気が付いて
誰よりも強く、むこうみずだと言われるほど怖いもの知らずだった兄、その兄の
「嫌です、兄上も御一緒にいらして下さい。」
涙が出てきた。
勝頼は菊の肩に手を置いた。
「俺は織田軍をひきつけるために、郡内を通って東に進む。泣くな、縁があったら又会おう。」
二人とも、この約束がけっして守られることがないであろうと知っていた。
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