第26話 落人
達丸をどうする、と叱られて、小夜姫は泣く泣く、菊たちと共に
東を目指す一隊も、南を目指す一隊も、
その時、女たちの中から一人の女が走り出て、東へ向かう一隊のうちの一人の腕を
隊列は一瞬止まったが、又黙々と進み始めた。川の流れのように進む兵士たちを邪魔する
女は松、男は土屋惣蔵だった。
惣蔵は妻子を妻の実家に逃がし、一人、この行軍に参加している。小夜姫が気を遣って、城を出てからというもの、松の護衛につけていた。ここ二、三日は
蒼白な顔の松は、周りの目ももう構ってはいなかった。
「私たちと一緒に来て。私たちの護衛をしてちょうだい!」
二人はじっと見つめあっている。
先に目をそらしたのは惣蔵のほうだった。彼は女の手を優しく
「姫君、私は殿に従います。それが私の使命なのです。どうか、お元気で。」
三年間、伊那と甲斐に別れていた二人だったが、武田が滅亡するか
だから小夜姫がどんどん遅れだしたのに気づいたのは、達丸をおぶった猿若以外、居なかった。
猿若と目が合った小夜姫は、軽く
菊は紙にさっと目を通すと、松に渡して、
「出発するわよ。」
ぶっきらぼうに言った。
松は紙に目を落とした。
「ごめんなさい。達丸をよろしくお願いします。」
とだけ書かれてあった。
石尊山の
この時代、その
護衛の侍たちは勇敢に立ち向かったが、
その時、
「こっち、こっちだよ、早く、早く来て!」
見ると、十歳くらいの
「ついて来て!」
少年は菊の袖を捕らえたまま走り出した。一行も少年の後について走っていく。少年は道なき道を、
追っ手は、
何処をどう通ったのか、笹に隠された
菊の思いを見破ったように少年が言った。
「おいら、後で探してきてやるよ。どっかに隠れている奴もいると思うよ。」
「あ、有難う。おかげで助かったわ。」
菊があえぎながら礼を言うと、少年は鼻をうごめかした。
「いいってことよ。恩返しさ。」
菊がきょとんとしていると、少年はじれったそうに言った。
「ほら、三年前、
「ああ、
思い出した。
あの時、助けた少年だ。
大きくなっているから、とっさにわからなかった。
少年は、
お屋形さま一行が落ちてくると知って、ずっと
「そういえば、おじいさんは?」
「死んだ。」
「そう……。」
少年は、菊の顔を
「独りぼっちなんだ。なあ、おいらも連れてっておくれよ。役に立つぜ。」
「私たちと来ても、あんまりいいこと無いと思うんだけど……。」
菊はためらった。
「ここに居た方がいいんじゃない?」
「いいことっていうのはさ、良い人たちと暮らしていくことなんだ。」
少年は大人びたことを言う。
「おいら、色々苦労してきたから、わかるんだ。情けある人っていうのは、そうそう
「お前さん、名は?」
菊が黙ってしまったので、代わりに猿若が尋ねた。
「
三九郎が戻って数名を探し出し、連れてきてくれた。護衛の者が数名死に、荷物が奪われ、何人かの女たちが連れ去られてしまった。
でもどうすることもできなかった。
(すまない)
菊は心の中で頭を下げると、残った者たちを取りまとめて、三九郎を道案内に、御坂峠に向かって
落ち武者狩りにぶつかる心配は少なくなったが、木の根が
頭上は
どれくらい歩いただろう。
陽が山の
「あそこだ。あの峠を越えれば
と指を差した。
黒々と山の
「あれは小山田の軍勢だわ。」
「もう一隊いる。誰?」
軍旗がはためいているが、
「あれは総白に総赤の
皆にはよく見えないのに、彼にははっきりと見えるのだろうか。
寺を出て以来、一言も口を利かなかった慶次郎が、はじめて口を開いた。
「織田の
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