第15話 雪の晴れ間
菊が春日山に来てから、雪は日に日に積もり始め、あっと言う間に身の
並べた灰色の
「こんなに天気がいい日なんてそうそう無いから、私、決めたわ。」
菊は
「今日はこの辺を
「何言っているんですか、こんなに雪が積もっているのに。」
菊が予期したとおり、揚羽は
「この
あの者、というのは、名を
上杉嫌いの揚羽だけれど、猿若のことだけは、よく働く、と
「私は雪の中、山歩きなんて
「いいわ。そなたには頼まない。」
「姫君、又、お一人で行かれるおつもりですか?それは成りませぬ。」
「ええ、だから、供はその方に頼もうと思う。行っておくれかえ?」
いきなり話が自分の方に振られたので、使いに来た景勝の
彼が
「姫君、さようなこと、お
「いいじゃない。私たち、ここに来てから全然外に出てないから、この辺りのこと、何も知らないんだもの。揚羽と出かけたって、迷子が二人でるだけよ。このお城に詳しい人に案内してもらわなければ。」
「あの、私は喜んでお供をさせていただきます。」
菊と揚羽がぽんぽんとやりあうのに
「
それから
本丸の辺りに生えている赤松にも雪が積もって、一面、白い花を咲かせている。
「甲斐でも平地はこんなに雪は積もらないから驚いたわ。珍しく思えるのは今のうちだけかもしれないけれどねえ。」
『かんじき』を
菊の生まれた
この春日山でも平時は山の
「こんな雪の中、悪かったわね。」
「いいえ、これでも今年は雪が少ない方です。」
「ここで暮らすのは大変なことね。歩くのひとつとっても。」
ほんとに息が切れる。
「確かに雪は様々な害をもたらします。生活はもちろん、戦においても。雪が降っている間は兵が出せませんし、他国に行っている間に降れば退路を断たれてしまいます。でも雪は又、同時に恵みをもたらします。雪が無ければ、春から夏の農作業に使う水が得られませんから。」
「ふうん、くわしいのね。」
「私の父は、殿の故郷・坂戸城で
武士といっても色々な階層がある。ごく一部の層を除き、
薪炭奉行は身分の低い侍だ。お城勤めだけでは到底食べてはいけまい。侍とは名ばかり、実質は百姓だったろう。
ようやく頂上にたどりついた菊は、辺りを見回して歓声をあげた。
眼下には
頂上には、近くの
菊は
近習が雪の中に
「濡れちゃうわ、そちらに掛けて。いいじゃない、私、殿じゃないから、そんなにかしこまらなくても。」
それでも近習は離れて座って、しゃちほこばっている。
菊は、揚羽に用意させた包みを取り出して、彼に差し出した。
「こういう所で頂くと、
近習が押し頂いて中を開けると、焼け
「あ、見たことない?これはね、
皮を
近習はおそるおそる口にした。思わず声が出た。
「甘い。」
菊は嬉しそうに笑った。
「さっき、
菊は
「ところであなた、詩が上手ね。」
そう、彼女が彼を目に止めたのは詩がきっかけだったのだ。
この近習、名を
先だっての正月の
冬風吹きつくして又春を迎う
春色悠悠
池上糸を垂れ新柳緑に
檻前気を飛ばして早梅香し
冬の風が吹き尽くして、又春を迎える
春の日は悠々と 日の光の
池のほとりには柳が枝を垂れて緑に
軒先には早梅が
宴が終わって部屋に戻ると、侍女たちが何だか騒がしいので、どうしたの、と揚羽に尋ねると、彼のことが話題になっているのだ、と答える。
「ああ、若いのになかなか
「何言ってるんですか。
揚羽が呆れて言ったものだ。
「いい男だったからに決まっているじゃないですか。」
確かに、言われてみれば、背が高く、雪国育ちらしい白くて
だが菊は、先日の宴で、金糸で縫い取りした
「父上も詩がお好きで、一時は政務を放り出して熱中していらしたの。あなたの詩は新鮮で絵心がある。先代のお屋形さまもお上手だったそうだけれど、そのお
「いいえ。」
兼続は、何故かちょっと言葉に詰まった。
「紅姫さまのお
意外な名前が出た。
菊は驚いたが、これは本題に入るきっかけだと思った。
「今日あなたに来てもらったのは他でもない、その紅のことよ。あの人は一体、何者なの?」
兼続は又、黙ってしまった。
「そうよね、あなたに聞くのは
菊は空を見た。
いいな、自分の翼で好きな所へどこまでも飛んで行けて。
久しぶりに太陽の下に出たせいかもしれない。この男を責めても仕方ないと思いながら、止まらなくなってしまった。
「だって、誰も教えてくれないんだもの。私がよそ者だから、以前敵だった国から来たから。」
兼続が顔をあげた。
「あの方は……
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