第16話 逆賊
祖父の
後に
定行の
ふとしたきっかけで紅と知り合った景勝は、ちょうどその頃、城に奉公に上がった兼続を連れて
紅は元気な娘だった。かけっこ、木登り、
「昔は、今のようではありませんでした。もっと、こう、何かこの世の者ではないような……。すっかり変わっておしまいになりました。」
兼続は何か言いかけてやめたが、菊の耳には『
だが、
永禄七年の夏、大事件が起こった。
景勝の父・
この事件については、当時から様々な
だが、謙信はこれを
子の無い自分の養子として景勝を春日山に迎え、宇佐美家に対しては
「それから十余年の間、あの方の行方は
時を経て再び兼続の前に姿を現した彼女は、堺で
「公家の養女というのも、武将の娘というのも、国の御用商人というのも、全部本当のことです。私にも
ふと彼は遠い目をして、言葉を無くしたように見えた。
その時菊は、この若者は紅を愛しているのだ、と思った。
理由は無い。直感だった。
(意外)
景勝の
「
「
と考えて人々が居るのも不思議ではない。
その、かっこいいけど『可愛げの無い』若者が、あの妖しげな
あの女への
「ふうん。じゃ、殿はずっと紅のことがお好きだったんだ。二十四歳にもなるまで結婚しなかったのはそのせいね。」
「いいえ。殿は先代のお屋形さまのお側にいつも
(何言ってるの。義兄弟の三郎景虎は、とっくの昔に殿の姉上と結婚して、何人も子供がいるじゃないの)
と菊は思い、兼続は
(全部は話せない、とても)
と思うのだった。
だって、誰が言えよう?
夫の
子供の約束だと笑う人もいるだろう。
でも、十三歳にもなれば結婚するのが当たり前の時代、
(本当に忘れられなかったのだ。彼女以上に心を動かされる女なんて居なかったのだから)
そして、それがわかるのは、兼続自身もそうだったから。
戦国の厳しい世の中、つかの間の子供時代に、無心に遊んだ友を忘れることなんてできようか。ましてそれが、この世のものとも思えない程美しい少女だったら。
「言いにくいことを話させちゃったわね。でも聞かせてくれて有難う。お陰で色々な事がわかったわ。武田と上杉に過去様々な
そう言ってにっこりした菊の茶色いふわふわの巻き毛に日の光が当たって、まるで金の
人目を引く側室のお陰で、
「私の父上は、時々私に詩を詠んで下さったの。そなたも又、詩が出来たら見せてちょうだいね。」
菊はこの小さな出来事を通じて兼続に好意を持ったが、兼続の方でも彼女の飾り気の無い人柄に親近感を抱いたようだった。
数日して菊の元に一通の文が届いた。そこに書かれてあった詩に、菊は目を見張った。
菊は
菊は秋の日を浴び、露や香りが素晴らしい
白い花、紅い花が枝にいっぱいだ
かの美女西施のつけていた紅白粉を取ってきて
薄化粧、濃化粧して東の垣根に咲かせよう
「ほうら
仲間外れにされたことをまだ根に持っているらしい揚羽からは、ちくちくと嫌味を言われたものの、菊は、相変わらず隔たりが感じられる上杉の家中に一人、友人が出来たような気がして大層嬉しかった。
あの日二人が何を話したか、揚羽には言っていない。わけても、兼続が紅に想いを寄せているらしいということは言いたくなかった。
この時代の身分制度の厳しさは後世の人には思いも及ばない程であり、たとえ、一方的に想いを寄せているだけでも双方死罪に値するものだった。
紅が兼続のことをどう思っているかは知らない。ただ二人が、景勝にとって無くてはならぬ存在であることは確かだった。
政略結婚の妃としては、嫁ぎ先の弱点を探り、それを実家の為に役立てるのは当然の務めと言うべきだった。皆やっていることだ、それなのに。
菊は文を手に、ため息をついて空を見上げた。
今日もいい天気だ。山の上では
(あたしは甘い)
抜けるような青空の下、自分がやけにちっぽけに見えた。
(やっぱりあたしは小夜さまのような『姫君』には程遠いのだ)
だが、この秘めた恋を自分独りの胸の中に
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