第20話 夫婦
翌朝起きて鏡を見ると、目の
いつもより濃い目の化粧をし、
彼は、
「なんか、つまんない女になっちまったな。」
と、にべもない。
「んまあ、失礼ね。」
「厚化粧はあの
「……あんまり。」
「何だ、もう
言い返せない自分が悔しかった。
そうだ、最近の私って、何なんだろう?
ただ他人の目を気にして、他人のなすがままだった。
これじゃあ、誰が生きているのか、わからないじゃない?
菊は立ち上がった。
「おい、どこへ行くんだ?」
「殿の所。」
振り向かずに応えた。
景勝は
菊は
「殿、私の仕事は終わりました。甲斐にお帰しくださいませ。」
景勝は黙って菊を眺めている。
重ねて言った。
「この同盟の意味は、兄が東上野と
何だったんだろう、私は。
今までここでやってきたことは、何の意味も無かった。
越後と甲斐のため役に立つなんて、かっこいいことを兼続に言ってみたけれど、
(馬鹿みたい)
がくり、と身体が傾いて、彼女は地面に手をついた。
景勝は菊の前にかがみこむと、肩を抱いて立ち上がらせた。
「帰らせるわけにはいかぬ。」
優しい声だった。
「そなたはもう上杉の一員だ。ここがそなたの家ではないか。」
彼は彼女の手を取った。
「かつての敵国に嫁いできて、周りの目を気にしながら、それでも素直に明るく
大剛と称された猛将が、私を懸命に慰めようとしてくれている。
嫁いで以来、戦につぐ戦で、景勝はめったに城に居なかった。寝所でさえ
「いえ、私は素直ではありませんでした。もっと遠慮することなく、殿に近づいていけばよかったのです。」
武田だ、上杉だと
景勝は低い声で語り始めた。
「俺は幼い頃父を亡くし、一人、この城にやって来た。お屋形さまは上杉の家中の者にとって神仏と同じ、いや、それ以上に崇め奉られているお方だった。」
その人の養子として、その一番側に仕える。
それは独りぼっちの少年にとって誇りであったが、反面、重圧でもあった。周囲の大人たちは少年が後継者としてふさわしいかどうか見極めようとしていたからだ。
「俺はいつも観察され、試されていた。
ああ、苦しんでいたのは兄上だけではなかった。ここにも又、先代の名声の陰で苦しんでいる人が居たのだった。
無表情の仮面の下に、こんな
「私がつらかったのは本当です。」
菊は正直に言った。
「でも、私が甲斐に帰りたいのはそれだけが理由ではありません。」
兄上とこの人の違いがたった一つだけある。
「殿には、紅や直江殿のように誠意をもって仕えてくれる人たちがいます。でも兄には、兄の為に真心をもって仕えてくれる人が乏しいのです。私には紅や直江殿のような知恵や力はありません。でも私は、私だけは、困っている武田の人たちを見捨てることは出来ません。一族の者でさえ
菊の直感はある意味正しい。
父信玄の死後、勝頼は、混乱無く相続したせいで、
この時代、それは家を維持していくうえで、致命的な弱点だった。
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