第11話 送り狼
手足を伸ばしてぐっすり眠って、翌朝は気分良く目覚めることができた。遅い朝食をとっていると使いが来た。
紅は髪を
対する慶次郎は
紅は菊に
「ただいま
ぽんぽんと手を叩くと、
「このたびは姫君を助けていただき、大変有難うございました。
頭を下げる紅を見ながら、慶次郎は手を伸ばして袋を
「たったこれだけか。」
「不足ですか。」
「足りないな。甲越同盟の
紅の眼が光った。
「よく御存知ですこと。黄金のことはごく一部の限られた者しか知らぬはず。どこでお耳に?」
慶次郎は、とぼけて言う。
「さあ、おおかた、風の便りだろうよ。こっちも
「わかりました。
と紅は口調を改めた。
「鮮やかな武者ぶり、ただのお方とは思えません。当方も
「それは有難いが、又の機会にしておこう。」
慶次郎はあっさり断った。
「旅から旅への気ままな暮らしが
「そうですか。ではお好きなように。でも、気が変わられたらいつでもいらして下さい。当家ではお待ち致しておりますので。」
「何て欲張りなんでしょう!」
後で揚羽がプンプンして菊に言った。
「武田の姫君をお助けするなんて、名誉なことです。かような
「ほんとにお金が無いのよ。」
菊が言った。
「貧乏で気の毒な身の上なのよ、きっと。」
「気の毒、ハッ!」
揚羽が鼻で笑った。
紅は誰も居なくなった書院に座って庭を
昨夜少し降った雪は今ではすっかり消えて、わずかに地面を濡らしている。
「
口を開いた。
「
庭に、ぼおっと人影が
「昨日はご苦労だった。姫が無事救い出されたのはそなたの働きのおかげだ。礼を言うぞ。」
「いえ、違います。」
影が苦笑した。
「あの姫君、勝手にどんどん抜け出して、あの男もそれに劣らず
紅は声をたてて笑った。
「違うわ。あたしを試しているのよ。あれはただの
表情を
「お元気だったか?」
「姫君をお助けしたのはあの方です。」
「ほんと?」
ぱっと明るい顔になった。
「そう。あの方さえ御無事なら。」
菊は大手門まで慶次郎を見送りに行った。
「あれは何とも、たいした女だぞ。」
慶次郎はかがみこんで、
「姫君も
立ち上がると、
残される身の心細さがつい、声になって出てしまった。
「行ってしまうの?」
「ん?
ちょっと眉をあげて、
「全然。」
むっとする菊に向かって陽気に手を振ると、
城を出ていくらも行かないうちに、慶次郎は一人でないことに気づいていた。
つけられている。
相手は一人。
(でも、ちっとも嬉しかねえや)
人里を離れ、
黒い影はするすると木を伝わって、
「上杉の手の者か、いや違う、あの紅とかいう女の配下だろう。」
「大事な姫を助けて、
「お前さまに危害を加えるつもりはない。」
頭上から声が降ってきた。老人のようだ。
「わかっているさ。
樹上の気配が消えた。
慶次郎は槍の穂を
越後に冬を呼ぶ風が、びょうびょうと吹いて、枯れ枝を叩いている。
一瞬、城の門前にたたずむ女の面影が脳裏に浮かんで、消えた。
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