第10話 大砲
「火事だ、火事だあ!」
厩から次々と飛び出してくる馬は一群となって門へと押し寄せる。先頭は既に扉の前に
誰かが扉を開けると、
慶次郎は、足軽の一人があせって突き出した槍を簡単に奪い取ると、立ちふさがる兵たちを引っ掛け突き刺しはねのけて、がむしゃらに進んでいく。
彼の背中にしがみついた菊は、慶次郎が笑っていることに気がついて、ぞっとした。
まるで悪魔に追い立てられているように早い早い、行く手を邪魔する者を情け
だが、
兵たちが
慶次郎は目の前に突き出された槍の
あわやという瞬間、
いつの間に現れたのか、
その中から一騎飛び出して、倒れている菊の元へ駆けつけてきた。武者は菊に手を差し伸べて叫んだ。
「さ、早く!」
菊が手を伸ばすと、
「ついて来い!」
菊がしがみつくと、武者は馬に
片側は海、もう一方は切り立った崖になっている細い一本道だ。岩場で足元も
もう追いつかれるかと振り返った菊の目に、岩の陰から現れた巨大な船の姿が飛び込んできた。
その側面に備えつけられた二門の大砲の砲口は、追っ手に狙いを定めて一斉に火を噴いた。一発は
追っ手を恐怖に
乱れに乱れてほうほうの
一行は少し歩を
「兵が足りなくて」
菊を乗せた武者が謝る。
「大変お待たせ致しました。」
赤い
「越後に
慶次郎が言う。
「仏狼機って何?」
菊が尋ねると武者は、
「南蛮人が石造りの建物を攻撃する時に使用する大砲です。日本の城の造りは、南蛮のものとは違います。今、御覧いただいておわかりになったと思いますが、陸の戦闘ではちょいと驚かせてやるくらいのことしか出来ません。日本ではもっぱら海戦に使用します。船ならば一つ二つ穴を開ければ沈みますからね。今回は主が出陣していて、留守居の人数が少なかったので使ったのです。ただ、あれは仏狼機ではございません。デミ・カルヴァリン砲と申します。南蛮人が使っている物を、
仏狼機では
「デミ・カルヴァリン砲、か。後でよく見せてもらってよいか。」
「どうぞ、ご自由に。」
「それにしても、大砲が二門。
武者は、南蛮風の天使の翼が
「もう名乗りをあげて弓矢で
こともなげに言う。
「鉄砲なんて普通、足軽に持たせるものだろう?それを武士が持つのか。」
「近づいて撃てば、弓矢より効果がございます。
さらりと言った。
「ねえ、あの船、私にも今度見せてくれる?」
黙って話を聞いていた菊が突然口を
「ええ、さすがは武田の姫君、御興味おありですか?」
「ううん、武田は関係無いの。絵を描きたいだけ。」
菊と武者のやりとりを、慶次郎はおもしろそうに聞いていた。
一行が、
大手門を入ると、あかあかとかがり火のたかれた広場には大勢の人が集まっていた。
その中から一人の女が
「ひ、姫君、よく御無事で……。」
菊も馬から下りるのももどかしく、尋ねた。
「揚羽、大丈夫?皆はどう?」
「あの後、上杉勢が駆けつけて、助けてくださったのです、あの方が。」
と、揚羽が指差したのはあの武者だった。
武者は馬から下りると、
艶やかな黒髪が肩にぱらり、と広がった。おりしも暗い空からは粉雪が後から後から舞い降りてきて、武者の、
顔を上げた武者を見て、揚羽がはっと息を呑むのがわかった。
透き通るように白い卵型の顔、形良い眉、細く高く通った
(これが例の若者だ、四郎兄さまを
一目でわかった。
「
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