第88話 千人斬り
松の様子がおかしいことを菊に告げたのは、揚羽だった。
去年、
その二条柳町に出かけて、
一座が客を失って
「そんなつまらないこと心配してないで、自分の頭のハエでも追ったら?」
などと、
そのうち、新作を舞台にかけると言い出した。
ついでに芝居小屋にも、大掛かりな改修を
「じゃあ、こんなの、どう?」
「ふーん。」
と言うだけだった。
「それより、舞台作るの、手伝ってくれない?」
猿若を貸してよ、あれは能の心得があるから、と今迄、店の下働きをしていたのを引き抜いて、いちいち相談しながら舞台づくりをし、演出の打ち合わせをする。
菊も頼まれて、舞台の背景に大きな松の絵を描いた。
右上から左下にかけて、
「下手くそ。何でこんなに傾いているの、この松。」
と斬って捨てた。
「それは……」
猿若に、右のほうに背景の中心を持ってきて欲しいのです、ちょうど主役の立ち位置と反対の辺りに、と頼まれたからだと菊が
「まっ、いいわ、姉上の腕前ならこんなもんでしょ。」
首を振って
松が店から借りたのは猿若ばかりではなかった。菊のばかりか揚羽や雇い人の着物、教会から預かっている祭具まで引っ
「何で男物の着物を……いくらあの娘が背が高いからって。」
「着物ばかりじゃない。
扇の絵付けに精を出す菊の
「それも
「まさか舞台の上で振り回すつもりじゃないでしょうね。」
菊は、教会の芝居で暴れ回っていたジャンヌを思い出して心配になった。
「面白そうだ、俺も見に行くとしよう。」
「
「彼女が
「あなたが踊りに興味があるとは知らなかったわ。」
菊が皮肉っぽく言うと、
「興味は無いさ。」
慶次郎がきっぱり言った。
「じゃ、何故?」
「
「ああ……でも、あれは大坂の町で、でしょ?こっちは関係ないわ。」
「それが都にも現れたんだ。でも大坂の町とは
わざと人が集まる場所で騒ぎを起こす。まるで関白の
「
菊がはっと顔を上げると、慶次郎はうなずいた。
「俺は、アイツと又、会えるのを楽しみにしている。」
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