第56話 三味線
その日、菊は帰りが少し遅くなった。
先にやすんでいてくれるようにと言いおいて出てきたのもかかわらず、揚羽が起きて夜なべをしながら彼女の帰りを待っていてくれた。
取り分けておいてくれた
菊に仕えることを生涯の仕事としてきた忠実な召使。
さっぱりした気性で、
(こんな苦労をしなくても、もっと楽に暮らす道もあったのに)
教会からの帰り道、菊は四条大宮で人目を引く一行に出会った。
いかにも金持ちそうな商人に
それは、あの春日だった。
春日は美しかった。
流れ落ちる滝に
たぶん、あれは
三味線は当時、明から渡ってきたばかりの最新流行の楽器だった。あれ一台買うお金で、都の真ん中に
(春日なんかより揚羽はずっと美しかった。
すっかりやつれて、ほつれ毛がかかっている揚羽の額に深い
「ごめんね、揚羽。苦労かけるわね。」
「何を今更」
揚羽は
「無駄口を叩いていないで、粥が冷めます。」
菊は尚も言いつのった。
「あたしが武田に戻るなんて言わなければ、きっと今頃……。」
揚羽は
「きっと今頃、達丸さまもお松さまもお命は無かったでしょうよ。姫さま、過去のことを振り返っても
「揚羽……。」
菊が涙ぐむのを見て、揚羽も
「さ、早く召し上がってくださいまし。ちっとも片付かないじゃないですか。」
十一月半ば、秀吉は織田信雄、続いて徳川家康と
秀吉の天下は定まった。後はまつろわぬ地方の小豪族たちを成敗する番だった。
年が明けた天正十三年の二月、ローマで
この頃には菊もそれなりに聖画らしきものを描けるようになっていた。
同時にスペイン語、ポルトガル語、イタリア語を
ジョヴァンニは、彼の一番弟子の成長を喜んだ。
彼女はいつも彼の
七月、秀吉が関白となり、
北国から京への道が開けたことによって、菊は、いつかは現れるであろうと心の隅で覚悟していた使者を迎えた。
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