第2話-06 後始末人の矜持
出会い頭に片付けたふたりの亡骸を踏みつけながら、
「オメーらなー……2秒でふたりやられといて、よくそういうこと言えるよなー」
「なんだとぉー!? 俺たちをなめるなよっ!」
「あーもーめんどくせ。いいからちゃっちゃと来いや」
小悪魔の笑みだ。
「メロメロにしてやるよ」
挑発を浴びて――
先頭の男が斬り掛かる。
瞬間、
目視すらできない太刀筋は、男の腕を肩口から切り落とし、流れるように次の男へ。まだろくに剣を構えてもいないそいつの胸を、手応えさえなく切り払う一瞬の閃光。
血を吹き出して倒れるふたり。返り血浴びて
慌てて残りの男たちが殺到する。だが細い路地のこと、同時に斬りかかれるのはふたりのみ。片方の刃を跳躍して交わし、もうひとりが繰り出した突きに、
白目を剥いてのけぞる敵の喉に食いついたまま、赤い犬は宙返りしてその向こうへ――
またも変身。
人間に戻った赤毛の女は、噛みしめていた口を離して死したる頬に口づけひとつ。その勢いを殺さぬままに、手にした刃で竜巻の如く薙ぎ払う。
腹、股、背。三者三様に切り裂かれ、悲鳴を挙げて倒れ込む。
「6人」
つまらなそうに
「なんだ、もう半分終わったのかよ」
と、次の犠牲者たるべき先頭の男が、震えた声を挙げた。
「なっ……なんだこいつ!? 化け物だ!」
むかっ。
「ああん!? 誰が化け物だ! めっちゃかわいいだろーが!」
「そこですか!?」
有無を言わさず
「ほら。どーよ。かわいーだろ」
「は……はひっ! ちょーかわいーですっ!」
「分かりゃいーんだよ」
言いながらアゴをぶん殴ると男は気絶した。
そこでふと気づいて、
「あ、やべ。カジュ!」
*
「ほいきた。」
水晶玉経由で戦場を見ていたカジュは、片手を宙に走らせた。5本の指がそれぞれ全く異なる不規則な軌道を踊り狂い、しかし正確に光の幾何学模様を空中に描き出す。
「《石の壁》。」
ずどん!
派手な音がして、裏路地から大通りへ出る道に、巨大な壁が出現した。素材は石、厚みは両手を広げたほど、高さは二階建ての建物ほどもある。
要するに、敵が
「ほい、しゅーりょー。あー、いい仕事した。」
ギャーとかワーとか、哀れを誘う悲鳴を聞き流しながら、カジュは、ふわ、と欠伸した。
*
一体もう何度目か。
ヴィッシュが突きを繰り出すと、ゾンブルの体勢が僅かに崩れる。あからさまな隙。そこを狙って穂先で払う。だが当然それはゾンブルの罠で、鮮やかな返し技が蛇のごとく速く迫ってくる。
だがその為の槍だ。ヴィッシュは返し技を槍の柄で受け流し、軽く後ろに跳躍して、踏み込みすぎた間合いを離す。距離を取って戦える槍だからこそ、敵の返し技に対応する時間もある。得物が剣であったなら、とっくにヴィッシュの首は胴と離れていただろう。
しかし楽な戦いという訳ではない。俗に、槍と剣では槍が3倍有利という。にも関わらず、ヴィッシュはろくにまばたきする暇もない。
脂汗が額から流れ、鼻筋を伝って滴り落ちる。
「無駄なことを。護りを固めたところで、死を先延ばしにするだけだ」
ゾンブルが野獣の顔で言う。確かに奴の言う通り。これでは時間稼ぎにしかなるまい。それすら一体いつまでもつか……
改めてゾンブルは恐るべき達人だ。命を懸けた戦いの中でさえ、汗ひとつかかず、涼しい顔をしている。それは自分の剣技、あるいは戦術に対する自信の為せるわざか。なら――
――冷や汗をかかせてやるぜ。
ヴィッシュは大きく胸に息を吸い込み――
吐く!
吐息と共に繰り出した渾身の突き。ゾンブルは曲刀でこれを受け流し、間合いを詰めようと踏み込んでくる。そうはさせない。槍を翻し、鉄で補強された柄を敵の頭に叩きつける。軽く身を捻ってこれをかわすと、またもやゾンブルに生まれる隙。誘っているのか。それとも。
いずれにせよ、攻めるしかない!
いったん腰溜めで引いた槍の刃先を、ゾンブルの首筋目がけて突き出す。瞬間、奴の姿が掻き消えたかに見え、次にはあらぬ方向から曲刀の閃きが迫った。これまでにないパターン。慌ててヴィッシュは身を屈め、横薙ぎの一撃を辛くも避けきると、そのままゾンブルにタックルを喰らわせた。
魔族は転がり、しかし機敏に体勢を立て直し、ふたりは飽くほど繰り返した対峙へと戻る。
――これも駄目。
折れそうになる心を必死で支え、ヴィッシュは荒い息を整えていた。
耐えろ。耐えろ。光明はその先にしかない。
そんな彼の心を知ってか知らずか、ねっとりとした低い声がヴィッシュを襲う。
「無駄なことはもうよすがいい。お前が何をしたところで世界は変わらん」
「世界だと?」
「私はこの世界を変えようというのだ。
なるほど、勇者ソールは魔王を倒し、世界を変えたやもしれぬ。だがお前はどうだ? 所詮は生活に汲々とする労働者。どぶさらいのような甲斐無き仕事。仮に私を食い止めたところで、動き始めた流れは決して止まらぬ。
よすがいい。無駄なことに命を賭すのは、愚か者のすることだ」
ヴィッシュはじっと、敵の言葉に耳を傾けていた。ゾンブルの肩の向こうに、じっと戦況を見守るガーラン爺の姿が見えた。その顔が青い。身体の具合が悪そうだ。いつ倒れてもおかしくない。もうあまり、時間は残されていないのかもしれない。だが――
胸の奥から笑いが込み上げてきて、ヴィッシュは溜まらずに声を挙げて笑った。
「何がおかしい」
「……いや。ありがとうよ、おかげさんで雲が晴れたぜ」
晴れ晴れとした気分だ。ずっと闇の中にいた心が、よりにもよって敵の言葉をきっかけにして、こんなにもすっきりと晴れ渡るなんて。
ヴィッシュの額に浮かんでいた汗は、いつの間にか引いていた。
「確かに俺は勇者じゃねえ。後始末人なんざ、何人でも代わりのいる仕事さ。お前を斬ることだって、できる奴はごまんといるだろう。
だがね……俺はこう思う」
再び。
「お前をここでぶった斬る。するとお前を斬ったのは俺だ。
他の誰もお前を斬らなかった。
――だが、俺は斬ったんだ」
槍の穂先が光を浴びる。
「面白い。しかし」
ゾンブルが柄を握り直した。
「それは斬ってから言うんだな」
静寂――
音が消えていく。
吐息。
鼓動。
敵と、
己。
空気すら凍り付き――
奔る!
肉薄まで一瞬。刃交錯して二瞬。白銀、閃き、弧と直線がもつれ合い、咬み合いながら天へと昇る。振り下ろす槍。受け流す剣。渾身の突き。生じた隙に、突いては何も変わらない。ならばヴィッシュは腹を狙って蹴りつける。
と。
ゾンブルは身を捻り、ヴィッシュの蹴りを巧みに避けた……
――避けた!!
*
「つまりな」
と
「奴が見せる隙は罠なんだ。わざと隙を見せて返し技で仕留める。そこに特化した剣術なんだな。だから、下手に隙を突いちゃまずい――」
とん、と槍の入った革袋で地面の石畳を叩く。
「と、思わせるのが奴の狙いだったんだ」
「……はあ? どゆこと?」
「考えてもみろ。実戦の中でできる隙って、何パターンくらいある?」
「えーと? 1、2……いっぱい」
「だよな。状況次第で無限の形がある隙、全部に返し技を用意するなんて不可能だ。
俺の予想が正しければ、返し技に繋がる隙――つまり、“罠”はせいぜい4種類。他のパターンは、本当に体勢を崩してできた、いわば本物の隙だ」
これは一度戦った経験を、何度も何度も反芻して気づいた結論だ。以前に戦ったとき、かなりの回数打ち合ったはずなのだが、返し技の構成は3つほどしか確認できなかったのである。同じ太刀筋を複数回繰り返してくることもあった。
とすると、意外にバリエーションは少ないのではないか、と読める。
「最初に華麗に返し技を決められると、どうしても『隙=罠』って印象が焼き付いちまう。すると、罠のない本物の隙にすら攻めにくくなる。そうして手が縮んだところを討ち取る戦術……理詰めだな」
「なんかむつかしいな……じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
ヴィッシュは微笑んで、槍を抱き寄せた。
「タネが割れりゃあ、やりようはあるんだ。
――まぁ見てな」
*
そのゾンブルが、今、初めて隙を突く攻撃を避けた。
ヴィッシュが得物に槍を選び、ひたすら敵の隙を突き続けたのは、これが狙いだったのだ。敵が張った罠と、本物の隙。それを見分けるには、幾度となく攻撃を仕掛けてパターンを読むところから始めるしかない。間合いを取って攻められる槍が相手を観察するには最も適任。
罠なら返し技が来る。本物の隙なら――
ゾンブルといえど、避けざるを得ない。
――これで……
一旦距離を開け、敵に体勢を直させる。さっきと同じ対峙。同じ間合い。同じ呼吸で肉薄し、同じように刃を繰り出す。白銀、閃き、弧と直線。振り下ろす槍。受け流す剣。渾身の突き。
同じ状況を寸分違わず再現すれば、寸分違わずそこに生まれる本物の隙。
――いける!
瞬間、ヴィッシュは槍を投げつけた。
思わぬ攻めにゾンブルの隙が拡大される。恐れるな。踏み込め。自分を信じろ! 返し技が来れば命がない間合いまで踏み込んで、ようやくヴィッシュの覚悟が決まる。腰に差しておいたいつもの愛剣。すれ違いざま、ゾンブルの脇腹を狙い、抜き打ちの――
一閃!
世界が止まる。
鮮血が吹き出し、そして再び世界が動く。
驚きと歓喜――それらがないまぜになった表情を顔に貼り付けたまま、ゾンブルは糸の切れた人形のように倒れ伏した。
立ち上がったヴィッシュは大きく息を吸い込んで、胸一杯の不安と緊張を、安堵の溜息に変えて吐き出した。
「……あんた大した腕前だったよ。生きた心地がしなかったぜ」
事切れたゾンブルを見下ろしながら、ヴィッシュは懐から細葉巻を取り出した。これが吸えるのも生きていればこそ。向こうで大暴れしてる
どっかへ消えていたはずのパレードの喧噪が、再び聞こえ始めた。せっかくの祭りだ。まだ日も高い。
そんなことを考えていると、背後で小さな音がした。
カラカラに乾いた枯れ木が、力尽きて倒れるような。
見れば、ガーラン爺が、建物の壁に寄りかかるようにして倒れていたのだった。
(つづく)
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