Act.008
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嫌いになれたのなら、どれだけ楽だろうか。
と、その先の苦労など考えずに、その場を凌ぎたがる。
*****
『鬱陶しい』
『いきなり何だよ』
返信を打ちながら、しかし、勿論心当たりはあった。ありありありありだと言っても良い。
『結局ね』
『あんたが変わらないとあんたから見える世界は何も変わらない』
『周りがいくらどうこう言おうと、周りがどれだけ気にかけようと』
『結局あんた次第』
ポンポンポンと連続で送られて来るメッセージ。その一つ一つが心に響く。やめてくれ、夜は特に堪えるんだ。
『分かってるよ』
『そう?』
『てっきり、落ち込んでるかと』
『落ちてるかと』
『そう思ってたし』
『どうせ私からの連絡待ってたでしょ』
的確に、的を射ていく。どうしてこんなにも分かってしまうのだろうか。目の前にいるわけでもないのに、表情も見えないのに心の奥底を覗かれているような、そんな不快感。
『ちゃんとお礼言った?』
返信を考えている間に先手を打たれた。
『おう』
『本当に?』
『...もう一度送ります』
『何時だと思ってんの』
『私の
理不尽だ。
『分かるけど、一応聞いていい?』
『
『私から聞き出したの』
『珍しく渋るから何かと思えば』
『私の悠姫をよくも...』
『すみません』
怨念でも添付されてきそうだったので即座に謝る。
『謝る相手が違うでしょ』
『いや......』
『ごめんなさい、より、ありがとう』
『もう一度、ちゃんとお礼を言って』
お陰で、コイツの言葉は余りにも染みる。
自身の不甲斐なさや未熟さが露呈して尚、こうして向き合ってくれる掛け替えのない存在。不快感、嫌悪感を抱くことがあっても、それでも信頼に足る数少ない人物。
それが
『おう』
『...なんか、すまん』
『ありがとう』
『きもっ』
やっぱり理不尽だ。
『で、何時まで起きとくつもりなの?』
『寝る努力すれば?』
今日はいつにも増して辛辣である。
言い訳ばかりで、実際に俺が何もしていないことを分かっているのだ。弱ってる時に優しく甘えさせてくれるのではなく、落ちている時こそ現実を突きつける。それが彼女なりのやり方なのだと信じたい。
それが分かるから、そうさせてしまっている自分を情けなく思う。こうして付き添ってくれる人がいるというのに、ああして励ましてくれる人がいるのに、俺はその場で足踏みばかり。疲れれば、足が痛くなれば、その場でしゃがみ込んでは周りに頼る。
まるで、子供じゃないか。
『ヒーリングのCDを買って』
『飾ってる、部屋に』
『バカなの?』
『ホットミルクを作って』
『そのまま鍋に放置』
『ちなみに、二時間前の話』
『牛乳に謝れ』
『膝枕』
『の、妄想をして早一時間』
『…。ちなみに相手は?』
『
『可哀想に…』
まさか相手まで聞かれるとは思っていなかったので咄嗟に答えたものの、結果は言うまでもなく失敗だった。
繰り返すが、俺に男色の趣味はない。妄想の中でなら歌南や芳村でも良かったのかもしれないが、それも気恥ずかしくて言い出すことはできなかった。勿論、罵倒される結果は見え見えな訳なのだけれど。
『ねえ』
『うん?』
『あんたさ、どうせ暇でしょ?』
『寝るのに必死』
『はいはい』
『で、別にこの土日も暇なんでしょ?』
『そうね、珍しいことに』
『いつものくせに』
やめてくれ、傷を抉らないで。
それにしても、歌南は一体何を言いたいのだろうか? 話の内容がガラッと変わったせいで、若干ついていけないでいた。
『ウチ来ない?』
「…は?」
返信よりも前に、声が出た。
『はい?』
『だから、ウチに来なさいよ』
『いつ?』
『今から』
「はぁ?」
また、声が先に出た。余りにも突拍子すぎる。
『何時だと思ってんの』
『起きてるんだからいいじゃない』
『夜道、怖い』
『大丈夫よ、そんな物好きいないいない』
『いやでもさ』
『真面目に今から?』
ということは、勿論時間帯的に歌南の家に泊まることになる。幼馴染という関係上、確かに何度も歌南の家にお世話になったことはあるのだが…。
『わたしこれでもオトコ』
『私はオンナ』
『いや、ツッコミで返してくれよ…』
『あんたの思い通りなんて癪だから』
『左様で…』
更に言うのであれば、つい最近も実は歌南の家に泊めてもらったことがある。その時のことを思い出して、思わず頬が熱くなった。
『で、女の子にこれ以上言わせるつもり…?』
『しおらしい歌南だなんて、明日は槍でも降るに違いない』
『くたばれ』
そうそう、これでこそ歌南だ。
『自転車で来れば十分もかからないでしょ』
『そうね』
『夜道が怖いなら近くまで迎えにいってあげるし』
『随分前のボケを今更拾わないで』
『あ、アイス食べたいかなぁ〜』
つまり、コンビニに寄ってから来いと。
『…本気?』
『うん、ハーゲン』
『そこじゃねぇよ』
『暇なんでしょ?』
『うん』
『じゃあ、いいじゃない』
『いやでも…』
『あー、もう!』
『グダグダグダグダ煩い!』
『いいから、来なさい』
『以上!』
「嘘だろ…」
こうして、金曜の夜はまだ終わりを告げてはくれないようだった。
*****
なんて、誤解が入り込む余地もない関係性。
*****
「で、何味?」
「ストロベリーと抹茶」
「………」
社会のクズでも眺める様な冷たい視線に晒される。
「嘘だって、バニラと期間限定の白桃」
「なら良し、危うく朝刊の一面を飾るとこだった」
アイスの味の好みを間違えただけで、俺は一体どんな仕打ちをされてしまうというのだろうか。考えるだけで恐ろしい。
ちなみに、歌南は苺と抹茶が嫌いなわけではない。苺は苺味の何かよりも本物が好きで、抹茶は飲むに限る派なのだそうだ本人曰く。
「じゃ、上がれば?」
「うっす、お邪魔します。ご両親は?」
「明日も早いから先に寝てる」
騒がないでよねと釘を刺されるものの、その予定は毛頭もない。が、気になることはある。口振りからして、もしかして歌南は俺の事を両親にも伝えてないのでは…?
「もしかして、俺無断侵入?」
「警察呼べば前科がつくわね、おめでとう」
「言いながらスマホを出さないで、洒落にならん…」
「冗談よ、恭佑なら問題ないって話。大切な朝番要員なんだから」
「はい?」
「だから、恭佑なら別に遊びに来ようが泊まろうが問題ないって言ってるの」
「いや、違う。それは確かに嬉しいけど…」
もっと別の、後半の方を聞き返したのだ。
「朝番要員?」
「そ。励めよ、若人」
「いやいやいや」
確かに、担任はそんなことも言っていた。が、今は全く関係ない。
「え? 俺って明日朝から働くの?」
「好きでしょ、カフェ」
利用する方が、ね。
「バイト代は?」
「今夜泊まるんだから、チャラ」
「嘘だろ…」
「大丈夫、私も朝から出るつもりだから。私とあんたでホール担当」
「一応確認なんだけど、何時開店だっけ?」
「八時、良心的でしょ。七時半からお店に出てくれればそれでいいから」
「そんな…」
「ってことで、よろしく。ほら、アイス溶けちゃうから早くして」
「………」
強制労働を告げたところで歌南は満足したと言わんばかりにリビングへと進む。突っ立ている訳にもいかないので歌南の背中を追って廊下を進むが、意識は既に明日の戦場のことで埋め尽くされていた。
歌南の実家はこの周辺でも屈指の人気を誇る
「考えてる暇がない時間も、たまにはいいでしょ」
そんな俺の表情を読み取ってか、歌南が少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべてそう言い放つのだった。
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