Act.007

 *****




 美味しくない、訳がない。


 それが例え、ありふれたファストフードの料理であったとしても。




 *****


「ふふふ、私ねここのドリアが好きなんだ〜。さあ、どうしてやろうか半熟卵くん」


 ふへへと芳村よしむらは普段と違った笑い方をする。


 熱々のドリアを前にニヤつく女子高生の図というものは初体験だったが、美女は何をしても絵になるのだからズルい。素直な感想だった。


「食べないの? 冷えちゃうよ?」


「いや、サラダは冷えんでしょう…」


「おっと、これは一本取られたね。流石西条くん」


 あははと芳村が笑う。先程の廊下同様、そこには一切の同情など感じられない。しかし、だからこそ、分からない。


「う、うん…?」


 ペースが崩される。


 超自分速マイペースな芳村に振り回されていた。どうして、俺は金曜日の放課後に学級副委員長と夕飯を…。


「遅いね、西条さいじょうくんのパスタ」


「ああいや、待ってくれなくていいから。それこそ芳村のが冷えちゃうし」


「そう? じゃあ、ここは遠慮なく、いっただきまぁーす!」


 ドリアの上に乗った半熟卵を何度か突き、トロッと流れ出した黄身が広がった所で芳村は美味しそうに咀嚼し始めた。ただ、ドリアを食べる女子高生の図。なのに、芳村がやるだけで本当に絵になる。気取っている訳でもない。自然体でこれなのだから、世界はあまりにも不条理だ。


「ん〜、美味しい!」


「そっか」


「うん、少し食べる?」


「無理です、勘弁してください」


「い、いきなりどうしたの⁈」


 テーブルに頭を擦り付けながら謝る俺に芳村の声色が変わった。


 どうしたも、こうしたもない。おかしい。おかしいだろ。何がどうなって、こうなる?


 これじゃあ、まるでカップルのようだ。


 だが、芳村に真意を問いただすことが出来ない。少なからず、この場を楽しんでいる自分がいるから。誰かと食事をすることに飢えていた自分に気付かされたから。俺の一言で、この場が終わるのは耐え難い。


「お待たせしました」


 俺が顔を上げるタイミングでも見計らったかのように店員がボロネーゼを持ってきた。ちなみに、ペペロンチーノが好きだ。でも、この状況で食べれる筈もない。


「どうも…」


「ごゆっっっっっくりどぉぞ〜↑↑」


「「………」」


 店員の含みある掛け声に思わず沈黙する芳村と俺。何事かと店員の表情を伺えば、大学生くらいだろうか、明らかに同性として敵意ある視線が俺に向けられていた。


 おい待て、勘違いも甚だしい。


 だが………


 言葉に出さず、こちらも含みのある営業笑顔スマイルを返すことにした。


「…ねえ、西条くん。どうしたのかな、さっきの店員さん」


 変な声だったね、と店員背中を目で追いながらヒソヒソ話す芳村。


「勘違いだよ」


「勘違い?」


「そ、邪推」


「ふーん?」


「じゃ、いただきます」


 これ以上説明してやる義理もない。取り敢えず、俺も芳村に倣って咀嚼を始めた。




*****




「ふぅ〜、満足満足」


 結局。結局、だ。


 何も分からないまま会計まで終え、芳村と俺は店を後にした。


『あっりがとぅ、ごっざしたぁ〜↑↑』


 と、再び含みのある声が背中を押してきたが、もう芳村も気にしていないようだった。


 哀れ、名も知らない男性店員。そういう接客方法なのだと受け入れられたらしいぞ。


「ありがとね、西条くん」


 二人の歩は自然とモール奥の駅改札へと向かい、その道中で芳村がポツリと呟いた。


「いや、こちらこそ…」


 会計は折半。この前のお礼だと会計を済ませようとした俺を制して、芳村は進んで半額を出してくれた。その表情は柔和なくせに、お金は受け取らないよと強い意志が見て取れたので素直に従ったのだが。


「今日ね、お母さんもお父さんも家にいないんだぁ」


「……はい⁉︎」


「だから、晩御飯どうしようかなぁ。一人は嫌だなって思ってて」


 ああ、そういうことか。てっきり、誘惑されているのかと思った自分死にたい。頬が熱い。バカだ。


歌南かなちゃんは金曜日忙しいし、他にご飯に誘える人もいないし」


 冗談だ、そう俺は思った。人脈がある、人気がある。それが芳村 悠姫ゆうきのイメージ。


「だからね、西条くんがスマホを忘れてたのを見た瞬間に思っちゃったんだよね。神はいたって!」


「そんな大袈裟な…」


 そう、つまり都合の良っただけなのだ。卑屈になっている訳ではない。芳村と俺はそもそも釣り合わない。偶然がなければ、この状況も成り立たない。それが現実。たまたまご両親が不在で、親友かなも捕まらなくて、スマホを忘れたバカがいた。それだけ。


 偶然もここまで重なれば、俺も思うかもしれない。確かに、神はいた。しかし、俺は神が嫌いだ。


 もし、本当に神がいたのなら、どうして…。


「…。もったいないよ、くん」


「え…?」


 久しぶりに聞いた。芳村の口から、俺の下の名前が出てくるのを。思わず立ち尽くす。意味もなく呼び方を変える筈もない。


「ゴメンね。恭佑くんのこと何も知らない。辛さも分からない。だけど、もったいないよ」


「何が…」


「無理になんて言わない。私の言葉なんて届かないかもしれない」


 でもね、と芳村は続ける。強い意志の宿る瞳から、思わず逃げ出したくなる。


「辛いなら、吐き出して。いつでも聞くから」


「………」


「…。じゃあね、西くん。おやすみ」


「おや、すみ…」


 改札の奥へと消える芳村の背中を見送って尚、俺はその場から動けずにいた。




 *****

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