偽伝・剣脚商売

赤魂緋鯉

偽伝・剣脚商売

 美脚の場と名高い『脚長町』の外縁に存在する、吹けば飛ぶような名も無き町。

 ここは彼の地から流れ着いた、夢に破れ、脚に纏(まと)う繊維が破れた者共が、またあの町に戻るためにと日夜剣技を磨いていた。

 しかしあるとき、黒い全身タイツ軍団・『デスパレーズ』を従えた剣脚が現れ、町の剣脚共をスナック感覚で狩り始めたのだった。

 

 そんな160デニールの如き暗雲に包まれた薄暮の町に、なにやら珍妙な二人組が現れた。

「聞いた話と、なにやら様子が違いますわね」

 一人は、黒いレースの日傘を持った、おっとりふわふわ黒ゴスロリ娘。

 腕にはレースの長手袋、頭には豪奢なヘッドドレス、そして脚にはガーターベルトで吊ったタイツ、髪型は黒のゆるふわツインテールと、その姿は、戦場にはおよそ似つかわしくない清楚さを持つ。

 その名を『白夜藍蘭びゃくやあいらん』という!

「それ2ヶ月も前……」

「あら? そうだったかしら」

「そう……」

 もう一人は、リボンの赤い黒セーラー服に超ミニスカート、茶色くてゴツいローブーツという、いかにも何者かの趣味が丸出しの娘。

 シュシュと呼ばれる髪留めで、その長い黒髪を後ろで一つに縛っている。その脚には当然のごとくストッキングを纏い、デニールは膝と太股が程よく透ける80であった。

 名を『黒夢御脚くろゆめみあし』という!

 常ににこやかな白夜藍蘭に対して、黒夢御脚はどこまでもクールな表情を崩さない。

「それにしても、寂しい町ですわね」

「寂しい……」

 通りには全く住人の姿も美脚の者の姿もない。イタズラするには気合いの足りない風が、人気のしない夕暮れそこを吹き抜けた。

 そんな道を、男に引けをとらない背丈の黒夢御脚が、華奢で小さな白夜藍蘭の後ろを歩いているので、否が応でもよく目立つ。

「ヒャッハー! 獲物だぁー!」

「イーッ! ヒヒヒィ!」

「おいそこの! 通行量よこしな!」

 案の定、それを見つけた美脚の軍団(デスパレーズ)が、誘蛾灯に集まる蛾のごとく群がってきた。

 奇声を上げて無駄にうごめくその様は、蛾というか例のアイツ(Gのつく彼)のようである! 

「あらあら。熱烈な歓迎ですわね」

 その様を見てそう言い、愉快そうにしている白夜藍蘭を、

「……」

 黒夢御脚はやけに熱を帯びた目で見つめていた。

 なお、三番目に喋った美脚の軍団の一人は、二人の眼中には全くない。

「おい! 無視してんじゃないよ!」

 それに腹を立てた、三番目の全身タイツが白夜藍蘭に詰め寄ろうとすると、

「藍蘭に触れるな……」

 黒夢御脚が、ゆらり、とその前に立ちふさがり、その場で思い切り脚を振り上げた。

「なんだい? やる――」

「『帝王脚弾(ていおうきやくだん)』……」

 『K.O.』! 

 すると一瞬遅れて、彼女の前方に火山噴火の様な爆風が吹き荒れ、ピンポン球のごとく件の全身タイツは吹っ飛んでいった。

 黒夢御脚は先ほどとは打って変わって、ピンヒールの様に鋭い目線をその他大勢に突き刺す。

 滑らかに脚を下ろした黒夢御脚の前に、もうもうと土煙が立ち上る。

「な……っ!?」

 あれでも隊長格だったタイツが瞬殺され、その他多数に動揺が広がった。

「でも全員で掛か――」

 『K.O.』!

「ええい――」

 『K.O.』!『K.O.』!

「ひい! 許してください! なん――」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 黒夢御脚はその場で脚を振り上げ続け、あっという間に連中を壊滅させた。

「おっ、覚えてろおおおお!」

「次はただじゃおかねえぞ!」

 『K.O.』!

 敗者の常套句を口にしつつ、残った数人は無駄に洗練されたストライドで逃げていく。

「うふふ。おととい来やがれ、ですわ」

 いかにも楽しげな白夜藍蘭は、それらの背中に向かってどこまでも優雅に手を振った。

「……藍蘭、誰かいる」

 そんな白夜藍蘭の隣に戻ってきた黒夢御脚が、何者かの気配を感じて周囲を見回す。

「あらあら、皆様。ごきげんよう」

 だが家の中から姿を見せたその主達は、この町に住まう剣脚共だった。

「……あなた方は、一体?」

 そのうちの一人が、恐る恐るといった感じで二人にそう訊ねる

「そうねぇ。なぜかよく『ブラック・ジャスティス』、と呼ばれていますわね」

 その名前を聞いた途端、剣脚共がにわかに色めき立ち始めた。

 説明しよう! 『ブラック・ジャスティス』とは、悪の剣脚を狩る賞金稼ぎである、白夜藍蘭と黒夢御脚コンビの通り名である! しかし、白夜藍蘭ははっきり言って気に入っていない!

「やはりそうでしたか……!」

「私逹を助けてください!」

「どうかお願いします!」

 その剣脚が土下座してそう訴えると、他の剣脚共もドヤドヤと出てきてそれに倣った。


 近くの酒場に招待された白夜藍蘭と黒夢御脚は、そこで住人達から詳しい話を聞くことになった。

 その中央にある円形のテーブルに、白夜藍蘭は人々と向かい合う形でついた。黒夢御脚は彼女の後ろに立って、住人の方を眺めていた。

 剣脚ら曰く、例のタイツ軍団が現れてからというもの、いつ襲われるか分からないため、自分たちは下手に出歩くことすら出来ず、その上、町の治安も大分悪化したのだという。

 白夜藍蘭は、それは災難でしたわねえ、と、同情するように深々と頷いた。

「それで、金額はおいくらほど頂けますの?」

「あっ、はい」

 先ほど話しかけてきた剣脚が、皆から募ったなけなしの金を白夜藍蘭の前に置いた。

「んー、もう少し頂きたいですわね」

 天使の様な微笑みを見せ、白夜藍蘭はさらに報酬の上積みを要めた。 

「ええっ!?」

 背後に出来た剣脚共の人混みが、まさかの値上げ要求に驚きの声を上げる。

「出せないのですね」

 なら、他を当たってくださいな、と鉄壁の笑み崩すことなく言い、白夜藍蘭は席を立った。

「そこをなんとか……!」

 と剣脚共は、再び地べたに跪いて必死に懇願する。

「お断りいたしますわ。私達の『商売』は、慈善活動ではありませんもの」

 だが、白夜藍蘭は聖女ばりの笑顔でけんもほろろに断り、

「誠意は……、金額……」

 群衆にそう言い放った黒夢御脚から黒い日傘を受け取り、黒いレースのスカートを翻して出入り口に向かった。

「お嬢さん、ちょっと待ってくれないか」

 だが、白夜藍蘭が酒場から出て行く直前で、それまで沈黙を貫いていたマスターがカウンターの向こうから引き留めてきた。剣脚共の群れは左右に割れて、全員が彼の方に視線を向けた。

「なんのご用でして? おじさま」

 そこで立ち止まった白夜藍蘭は、くるり、と優雅に振り返る。

「僕の方からも頼むよ。連中が来てから商売あがったりでね」

 そう言ったマスターは、これぐらい出せば足りるかな? と、どこからか分厚い札束を取り出し、カウンターの上にポンと置いた。

 それを黒夢御脚が受け取って、白夜藍蘭に手渡した。

「ええ。足りるどころか、少し多いぐらいですわ」

 一枚一枚をチェックした白夜藍蘭は、非常にすがすがしい表情でそう言った。

「商売人たるもの、やっぱり誠意は金額で示さなきゃね」

「全くですわね」

 にこやかにマスターと白夜藍蘭が握手したところで、

「……」

 黒夢御脚がカウンターの下に潜り、隠されていたカメラを引きずり出した。

「なるほど、多い分は"追加料金"ですのね」

「ご名答」

 爽やかな笑顔をを見せるマスターであったが、酒場に集っている剣脚共は全員どん引きしていた。

「では行きますわよ、御脚さん」

「行く……」

 白夜藍蘭が、それではごきげんよう、と言うと同時に、黒夢御脚はカメラを床にたたき付けた。

 マスターの声にならない悲鳴を背に、彼女らは夜の帳が迫る町へと繰り出していった。

 

                    *


 酒場を後にして町を行く白夜藍蘭と黒夢御脚の前に、

「見つけたぞ! あいつらだ!」

 例の全身タイツ軍団が、これまたわんさかと出現した。その数は先ほどの倍ほどにふくれあがっていた。

「あらあら、探す手間が省けましたわね」

「飛んで火に入る云々……」

 それを見た白夜藍蘭は口角をさらに上げ、黒夢御脚は好戦的な剣脚の表情になった。

「舐めやがって……!」

「さっきと同じ様に行くと思うんじゃないよ!」

「やっちまえ!」

 口々になにやら言うタイツ軍団は、幹部の中でも最弱な黄色いタイツの、プランA! というかけ声と共に、逆V字の陣形となってドタドタと突撃してくる。

「せい……っ」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 連中の無駄な努力を前に、黒夢御脚は別段何の反応も示さず、脚を振り上げて文字通り一蹴した。

「うおおおお!」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 吹っ飛ばされる度にタイツ軍団は次から次へと湧いて出て、同じように突撃を繰り返す。

「いくら強かろうと!」

『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

「体力を消耗させれば!」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

「勝てらぁっ!」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 しかし、タイツ軍団の思惑通りには行かず、黒夢御脚はいつまたってもバテる気配がない。

「勝てねぇー!!」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 軍団が半滅したところで最弱幹部が、プランB! と叫ぶと、全身タイツを二重に着た重装タイツ部隊が現れた。

 それらは四角形にみっちりと隊列を並んで、一糸乱れぬ動きで突撃を開始した。

「無意味……!」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 最初と全く同じように脚を高々と振り上げ、その半分を一気に吹き飛ばす。

「掛かったなぁ!」

 だがそれを待っていた最弱幹部は、ほくそ笑みつつ高らかに叫んだ。

「YO!SAY! YO!SAY! YO!SAY!」

 それと同時に、テープを身体に巻き付けただけの様に見える、珍妙な全身タイツを着た軽装部隊が重装部隊の左右を駆け抜け、

「あーれぇー」

「YO!SAY! YO!SAY! YO!SAY!」

 黒夢御脚の後ろにいた白夜藍蘭を担いで、すさまじい速度で走り去って行った。

 説明しよう! 黒夢御脚の剣技は大振りなため、どうしてもインターバルが大きくなってしまうのである! 

 そこで最弱幹部はその隙に白夜藍蘭をかっ攫い、彼女を人質にしてしまおうと考えたのである!

「藍蘭……っ」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 迫り来る重装部隊を蹴ってなぎ倒しつつ、主人を追いかけようとする黒夢御脚。

「ちょっとまって!」

「なんでこいつ!」

「脚で斬ってな――」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 だが、普通の全身タイツの群れに、彼女はわずかばかり足止めを食わされてしまった。

「聞いてないよぉー!」

 『K.O.』!

 15分でモブをたたきのめした後、最弱幹部からアジトを聞き出し、黒夢御脚は猛然と走りだした。


 町の中央付近にある倉庫に連れ込まれた白夜藍蘭は、椅子に縛り付けられて全身タイツ軍団に囲まれていた。

 天井の水銀灯がいくつか故障していて、室内はかなり薄暗くなっている。

「うふふ。これが悪の軍団のアジトというものですの」

 そんな状況においても白夜藍蘭は、いつも通りの笑顔を浮かべ実に楽しそうにしていた。

「あんた、どっかおかしいんじゃないの?」

 白夜藍蘭の前に立つ幹部その1・『唖季羅あきら』と幹部その2・『香瑠羅かるら』は、シリアスもどこ吹く風の彼女を呆れた様に見下ろす。

「ちったあ怖がったらどうだ」

 それを聞いた白夜藍蘭は、わざとらしく怖がって見せ、これでよろしくて? と訊ねて、幹部1と2の神経を逆撫でする。

「アタイらを馬鹿にしてんのか!」

 そこの辺に転がっていた一斗缶を斬って、幹部2は威嚇を繰り出した。

「あらごめんなさい。人質の作法は心得ておりませんもので」

 そう言った白夜藍蘭は、きゃーこわーい、たすけてぇー、と、棒読みで騒ぎ始めた。当然の様に、発言と表情が全くかみ合っていない。

「うるせえ黙れ! 死にてえのか!」

 崖下を覗く観光客のテンションにカチンときた幹部2は、脚を白夜藍蘭の首筋に突きつけた。

「あらあら。あんまり怒ると、寿命が縮まりますわよ」

「黙れって言ってるだろ!」

 怒りが頂点に達した幹部2が、白夜藍蘭に峰打ちを入れようとしたところで、

「おい。人質は丁寧に扱え」

 倉庫の二階のドアが開き、金髪の美女が幹部2を制止した、

 大胆に胸の谷間を強調する服を着て、ショートパンツに黒ストライプのタイツと、金色のピンヒールを履いていた。

 非常に刺々しい顔のこの女こそが、全身タイツ軍団のボスである。

 その名を『脚野句理流(きやくのくりる)』という!

「だってボス! この女が!」

「うるさいねえ。ガキかいお前は?」

 ギャーギャーうるさい幹部2は、上から脚野句理流に睨まれておとなしく黙った。

「そろそろ頃合いですわね」

 内輪もめをする様子を見ていた白夜藍蘭が、ぼそっとそう独りごちると、

「……何だ?」

 出入り口の外からかなり大きな物音が、埃っぽい倉庫の中に響き渡った。

「見てきな香瑠羅」

「……はい」

 相変わらず涼しい表情の白夜藍蘭を幹部2は一にらみして、部下数人を引き連れ確認に向かった。

 階段を降りきった脚野句理流は、白夜藍蘭にカツカツと近寄ると、

「ふうん、なかなか可愛らしいじゃないか」

 気に入ったよ、と言って、彼女の顎をクイッと持ち上げた。

 光栄ですわ、と、まんざらでもなさそうに返事をした後、

「でもお生憎あいにく様ね。わたくしはありませんの」

 白夜藍蘭はその目だけを真顔にして、普段より低いトーンでそう言う。

 顎から手を離した脚野句理流は、つれないねえ、と言ってニヤリと笑った。

 その直後、

「アバーッ!」

 外を覗おうと鉄製の扉を開けた幹部2の顔面に、強烈な跳び膝蹴りが飛んできた。

 『K.O.』

 妙な悲鳴を上げた幹部2は、もんどり打って部下のモブの中に突っ込んだ。

「藍蘭……、いた……」

 膝蹴りをお見舞いした黒夢御脚は華麗に着地して、奥の方にいる白夜藍蘭を見やった。

「先ほどぶりですわね、御脚さん」

「ん……、今助ける……」

 いつも通りの調子でそう言う主人に、黒夢御脚はチョコレートの様に甘い笑みを向ける。

「お前らは許さない……」

 敵共に視線を移すと、それは一転して、怒り狂う猛獣の様な形相へと変わった。

「どこの誰だか知らないけどさ、『デスパレーズ』に喧嘩を売ろうだなん――」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 幹部1がいかにもな台詞を言い終わる前に、憤怒の黒夢御脚はパワー全開で『帝王脚弾』を繰り出した。

 その爆風はモブと共に壁をも吹き飛ばし、アジトは屋根と骨組みだけとなった。

「へえ。あんた、なかなかやるみたいだね」

 黒夢御脚の規格外のパワー目の当たりにし、ボサボサの髪を撫でつける脚野句理流は、闘争本能が高ぶっていくのを感じた。

「でも残念。あんたの技と射程じゃ、私は倒せないよ」

「……」

 なぜか余裕を見せる脚野句理流を睨み、無言で黒夢御脚は前進する。

「……?」

 すると、5歩ほど進んだところで、一カ所だけ足音が妙に軽く聞こえた。黒夢御脚は少し気になったが、立ち止まる事無くそのまま通過した。

「ヒャッハー! 掛かったなあ!」

 次の瞬間、その床が横一列に開き、頭にタイツを被ったモブ共が現れ、

「喰らえ! 『脚凪紺蛇アナコンダ』」

 連中がそう叫ぶと、それは蛇のようにうねって黒夢御脚に殺到し、彼女の程よく締った身体に絡みついた。

「……っ」

 モブ共の顔が上方向に引っ張られて、どえらい事になっているが効果は抜群で、黒夢御脚は全く身動きが取れなくなった。

「どうやら見込み違いだったみたいだね」

 トラップがいくつか無駄になったじゃないか、と、脚野句理流は優越感を満載にした得意顔で眺める。全身に巻き付いたタイツは、すでにかなり食い込んでいた。

「この技を受けて、勝てたヤツは一人もいないんだ」

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の様子で腰に手を当て、タイツに絡め取られている黒夢御脚の目の前にやってきた。

 脚野句理流は彼女を長く苦しめるために、わざと一気にとどめを刺さないよう、お笑い芸人状態の部下に指示する。

「うっ……、ぐ……」

 ミシミシと骨の軋む音がして、鉄仮面の様だった黒夢御脚の顔が痛みに歪む。額ににじむ汗が頬を伝ってその脚に落ちる。

「どうだいご主人、自分の剣脚の無様な――っ!?」

 苦しむ黒夢御脚の頬に触れる脚野句理流は、さぞ動揺しているだろう、と思い、白夜藍蘭の方へと振り返って驚愕した。

 その痩躯をガッチリと縛り付けていたはずの縄は切られ、白夜藍蘭の姿が見えなくなっていた。

「あいつも剣脚だったのかっ!」

 脚野句理流は狼狽して叫び、辺りを見回していると、

「御脚さん、もう気は済んだでしょう?」

 真上から白夜藍蘭の綿菓子の様な甘ったるい声が聞こえた。

「ん……。思ったよりしょぼい……」

 白夜藍蘭がふんわりと着地すると同時に、黒夢御脚は巻き付いたタイツをあっさりと引きちぎってしまった。

「さてそこの皆様、御脚さんにおイタした覚悟はよろしくて?」

 溝の全身タイツ達へそう告げた白夜藍蘭は、その表情こそ笑ってはいるものの、視線の温度は絶対零度だった。

「全部冬のせいにしたい――」

 『K.O.』!『K.O.』!『K.O.』!

 大振りでパワーのある黒夢御脚の技と違い、白夜藍蘭のそれは目にも止まらぬ素早い斬撃だった。

「うそーん……」

 二人に遊ばれていた事に気がつき、脚野句理流はあんぐりと口を開けて放心する。

「やっておしまいなさい、御脚さん」

「ん……。10倍返し……、だ」

 後はお察しの通り、脚野句理流は至近距離で『帝王脚弾』を喰らい、ハ行を叫びつつ打ち上げられて汚い星となった。その名は時を超えては刻まれないだろう。

 『K.O.』!

「うふふ、楽しませていただきましたわ」

「……藍蘭」

 それを見送った後、黒夢御脚は自分の後ろに立っている、上機嫌の白夜藍蘭を抱き寄せた。

「怪我……、ない?」

「ええ。かすり傷一つありませんわ」

 心配そうな表情で訊いてきた黒夢御脚に、深い愛情の籠もった笑顔で白夜藍蘭は答えた。

 ややあって。

「では参りましょう、御脚さん」

「……ん」

 飛んでいった誰かさんを一瞬すら気遣わず、来た時と同じように二人はふらりと去って行った。

 かくして、町の剣脚は変なタイツ軍団の支配から解放され、大金をはたいて日常を取り戻したのであった。

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