第4章 

第1話 蝦夷の反乱

 舒明9年。


 蝦夷が反乱を起こした。


 蝦夷とは東方や北方に住んでいる集団である。大和朝廷に支配されることを拒み、独自の集団を形成していた。

朝廷に貢物を定期的に収め、友好的な集団もあれば、敵対して戦を仕掛けてくる集団もあった。それぞれの集団の長によって、大和への対応は違っていたのだ。

 

 今回、反旗を掲げたのは、友好的と思われていた集団だった。定期的に貢物を収め、争いなど起こしたことがなかっただけに、朝廷は意外に思った。

 しかし蝦夷の反乱は想定されているもので、朝廷に混乱はなかった。 上毛野形名かみつけののかたなを征伐軍の将軍に任命し、制圧を指示した。


 今回もあっという間に制圧してくるであろうと、朝廷内では楽観視していた。

 しかし、入ってきた一報は敗戦濃厚の知らせだった。

 知らせを持って来た兵士のボロボロのいでたちは、戦の激しさを物語っていた。

「蝦夷は今回は飛鳥に攻め入ってこなかったため、我々は蝦夷を追いかけました。

 蝦夷は西に回り、我々を翻弄しました。

 結局、難波の国に誘い込まれました。しかし、そこはすでに蝦夷の土地となっていました。奴らは難波を知り尽くしていました。地の利を利用され、我々は追い詰められました。

 撤退を余儀なくされ、軍は散り散りになりましたが、将軍様は河内の城に逃げ込むことができました。

しかし、当方の兵は30人足らず。

 さらに、蝦夷に囲まれております。

 このままでは、いつ陥落するかもしれません。

奴ら、飛鳥に攻め込んでくるやもしれません!」


朝廷は早々に援軍を送る事を決定した。明日、朝一番で出発する事になった。


大郎は飛鳥に残り、指揮をとる事になった。

 しかし、蝦夷が河内の城を破り、飛鳥に攻め込んで来たら。そう思うと、夜になっても休む事ができなかった。

 大郎は外へ出て、夜空を見上げた。そして嶋の家から河内の方向を望んだ。


 空に赤い光が走った。

「朱雀!」

赤い光は朱雀だった。朱雀は優雅に飛鳥の空を飛んでいた。北西に進路を取っていた。

「河内に向かっているのか?

 何をするつもりだ」

雄君を追いかけなくてはならない。

大郎は咄嗟にそう考えた。パッと振り返り、白虎の瞳を見つめた。

「きらら。俺を乗せてくれ。朱雀を追いかけるのだ」

大郎は白虎が白く光ったのを確認した。そして白虎の背中に飛び乗った。

 白虎は子供の大郎を乗せているように、軽やかに駆けた。


 朱雀はやはり河内に降りた。そして降りたのは、かつて物部の城だった所。

本城の前にあった砦は、すでになくなっていた。

「ほんの短時間。過去にいた時に見ただけだが、懐かしく思えるな」

大郎は城の周辺をぐるっと見渡した。


本城の門の正面には、見張りの兵士が立っていた。しかし、疲れた様子で、槍で体を支えている者もいた。


 雄君は門の内側に降りた。

 月明かりで、ぼんやりと雄君の姿が見えた。

 大郎は雄君に気づかれないように、少し離れた場所に降りた。

 覚悟はしていたが、白虎から降りた途端、体が動かないほどの疲労感に襲われた。

足を引きずるように歩き、雄君の背後に回った。

雄君も動けなくなっていた。地面を這って移動し、大きな木の根元に座り込んだ。肩で大きく息をするのが見えた。


大郎も腰をおろして、木にもたれかかった。はぁはぁと呼吸が荒い。大きく息を吐き、天を見上げた。

「今日は十三夜月か」

黄色く輝く月を眺めた。


 どどどど。

 地響きが聞こえてきた。

 大郎は飛び起きた。いつしか眠ってしまった様だ。

 

「敵襲だ!」

見張りが声をあげ、銅鑼を鳴らした。

大郎は混乱に紛れ、門の外に出た。

 多量の松明の灯りが迫って来る。蝦夷が馬に乗って攻めてきていた。


城の中から兵士が出て来た。こちらの兵は30人程度。

それに対し、蝦夷の軍は、100人以上いるだろう。

「かなうわけがない……」

大郎は白虎の力を使おうと決めた。

その時、雄君が門から出て来た。まっすぐに蝦夷の軍勢を睨んでいる。

冷たい瞳。


雄君は蝦夷の軍の前に立ちはだかった。敵がはっきりと確認できる様になると、雄君は朱雀に振り返った。

「焼いてしまえ」

雄君は冷たく言い放った。

 朱雀は羽をバタバタと動かせた。

 朱雀から炎が発射された。瞬く間に蝦夷の兵は炎に包まれた。

 なんの前触れもなく火の攻撃が仕掛けられた。蝦夷軍は大混乱に陥った。

 馬は火に驚き大暴れ。馬上にいた兵士は振り落とされた。


 朝廷の軍すら驚いていた。突然自軍から火の攻撃が始まったのだ。誰の指示で、誰が仕掛けているのかもわからない。

 後退していく敵に歓喜の声をあげるが、皆が戸惑っていた。


 突然、炎が止まった。

 雄君はその場に倒れていた。体力が尽きた様子。

 大郎は雄君に駆け寄った。

「おま、え。なぜ……」

雄君はまともに話すこともできない程、消耗している。うつろな目ながらも、必死に大郎をにらみつけた。


「それは後で。とにかくここから離れましょう。まだ、攻撃される恐れがあります」

大郎は雄君をかかえ、端によけた。


 大郎は門の一番端の、朴ノ木の陰に、雄君を連れて来た。

「俺は、助けてくれとは、言って、いない……。

 あぁ、この体が動いたなら、お前に助けられる事も、なかったというのに。

 なぜ、動かぬ。情けない」

雄君は自分の足を叩いた。

「雄君様。四神の力を使うと、主の魂の力が失われるので、疲れたり、動けなかったりするのです。

 ですから、四神の力は連続して使えません。それを、承知しておいてください」

「ふん。不便な、話だ」


 その時、再び雄たけびが響いた。火を逃れた兵士が、もう一度攻撃を仕掛けてきた様子。

 朝廷軍は弓矢で抵抗する。弓矢は進攻を、一時止めただけだった。盾で防御しながら蝦夷は少しずつ軍を進めた。


 蝦夷の兵士が、門まで、あと少しに迫った。

「きらら。大地を割るのだ。これ以上の進攻は許してはいけない」

大郎は白虎に瞳を合わせた。白く光った白虎は前足を突っ張り、地面に向かって吠える仕草をした。 

 ゴゴゴゴゴ。

 大地が揺すれた。

 激しい揺れ。その場に座り込む者もいた。

 門と蝦夷軍の間に幅広く、長く、深い地割れができた。人を飲み込むほどの、巨大な亀裂。先頭切っていたものは、足元が突然消え、亀裂の中に落ちていった。

 亀裂は徐々に広がり、さらに転落していく。

 蝦夷軍は恐怖に陥った。謎の炎と大地の亀裂に襲われたのだ。

 蝦夷軍は大混乱のまま、撤退した。

 朝廷の軍も、歓喜に酔う余裕はなかった。これ以上、地震が起きないよう、天に祈るだけだった。


 城の脇にある、大きな朴ノ木。その根元に、二人の男が横になっていた。疲れ果て、起き上がる気にもならない。

 雄君は瞳だけを、大郎に向けた。

「余計な、事を。この地に、傷をつけるとは……」

「申し訳ありません」

二人とも、天を仰いだまま会話をした。大郎は1回大きく深呼吸をして、言葉を続けた。

「しかし、雄君様が、飛鳥を守ってくれた。それが、うれしいです」

「はっ?」

雄君は馬鹿にしたような声をあげた。

「誰が、そんな事を、する。

 俺は、我が、祖父、守屋様の眠るこの地を荒らす奴らが、許せないだけだ。

 だから、この地に、傷をつけたお前すら、腹立たしい」

守屋は丁未の戦で亡くなったあと、その遺体はここ河内の地に埋葬された。

 しかし、戦で負けた物部は、自分たちの土地であった河内を没収された。そして河内は朝廷の地となってしまったのだ。

「いつか、この地を、物部のものにする。

 御爺様が眠るこの地を、取り戻すのだ」

沈黙。城の中から、歓声が聞こえて来た。蝦夷は撤退し、朝廷軍の勝利を確信したのだった。

 大きな地割れが、生々しく残った。


「お前は、ここを守るためだけに、わざわざ来たと」

「いえ。私は、飛鳥に待機する役でした。

 しかし、守りたいと、河内に、行きたいと、願ってはいました。

 その時、空を飛ぶ朱雀を見て、何も考えず、追いかけてきてしまいました」

「はは。見られたのか」

「はい。しかし、雄君様はなぜ。なぜここ、河内で戦があるとご存知だったのですか」

「聞いたのだ」

「えっ? どなたから……」

「……」

それきり、雄君は何もしゃべらなかった。


 雄君は不意に起き上がった。

 そして朱雀の瞳を見つめた。

「雄君様。まだ、体力が戻らないうちに、朱雀の力を使うのですか。それは危険です」

しかし雄君は聞く耳を持たない。

「お前と、一緒にいるなど、俺には耐えられない」

そう言って、赤く光った朱雀に乗り、飛鳥に戻って行った。

 空が藍色に変わっていく。夜明けが近かった。

 

 

 



 

 



 

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