第7話 加夜奈留美命神社
「垂目の魂よ。我の名を呼んでくれたか」
智の頭の中に、男の声が響いた。
その瞬間、周囲は真っ白になった。
濃霧に覆われたように、視界は奪われた。
とっさに智は隣にいるはずの妃美に手を伸ばした。その手に、妃美の手が触れた。
智はその手をしっかりと握った。
智の目に、視界が戻って来た。
隣には妃美がいた。
3人のおばちゃん達の姿はなかった。
智は背後に気配を感じた。
「玄武、朱雀、そして白虎がそろった」
後ろから声が聞こえた。智は恐る恐る振り返った。
そこには二人の人と、動物の姿があった。
真ん中にがっしりとした背の高い男性。飛鳥時代の服を着て、立派な髭を生やしている。瞳には力を感じる。
右隣には小柄な女性。幼い顔立をしているが、年齢は全く不詳。というのも、全身が真っ白に光っているのだ。人ではないのかもしれないと、智は思った。
そして男性の左には大きな、白い虎がいた。
「俺は、蘇我大郎鞍作。大郎だ」
大郎と名乗った男は、にこっとほほ笑んだ。人懐こく、あどけない笑顔に、智の緊張がほどけた。
「あっ。俺は智……、大谷智です」
「えっ」
妃美は震えていた。
「あっ。こちらは妃美さんです」
智は妃美にちらっと視線を向けて、男に紹介した。
「さ、智くん……」
「智。妃美はかなり驚いているぞ。
お前は、なんとも思わないのか」
「いえ。俺だって驚いていますよ。
でも、びっくりしすぎて、感覚麻痺したような感じですよね。
それに、あなた、大郎さんは悪い人じゃないって思ったので」
「なかなかの大物だ」
大郎は豪快に笑った。
「それにしても、こうして飛鳥を守る白虎と、玄武、朱雀が揃うのは、随分、久しいことだ」
大郎は感慨深そうに、玄武と朱雀を見つめた。
智は大郎の隣の女性に、目を奪われた。
こんなに美しい人を見たことはなかった。
女性は智と目が合うと、にこっとほほ笑んだ。
(綺麗、ってか、神秘的? こんな人、初めて見た。
やっぱ、人じゃないんだろうな)
智は女性から目が離せなくなってしまった。
「智。お前、加夜が見えるのか」
智の視線が自分の右にあることに気が付いた。
「あ、はい。あ、加夜さんって、いうんですね」
智はぺこっと頭をさげた。
大郎はゆっくりと妃美を見た。
「妃美よ。お前にはこの加夜が見えるか。
俺の隣にいる女が見えるか」
妃美は大郎ににらまれたように感じ、おびえたように、顔を激しく左右に振った。
そして、智の腕にがしっとしがみついた。
「大丈夫です」
そう言って、智は優しく妃美の肩を抱いた。
妃美に腕を組まれ、赤面しながら戸惑っていた智とは別人だった。
「妃美さん。あそこの女の人、見えないんですか」
妃美は震えながらうなずいた。
「でも、大郎さんと白虎は見えますよね」
妃美はこくこくと、2回うなずいた。智は妃美の肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫ですよ。
あのですね、実は大郎さんの隣に、女の人がいるんです。
すっごいきれいな人なんですけど、真っ白で透明っぽくて、とっても神秘的なんです。神々しいって、言葉が当てはまるかな。
たぶん、人間じゃないんだと思います。
でも、どうして妃美さんには見えないんだろう」
智は大郎を見た。
「大郎さん。
俺、大郎さんに聞きたい事が、たくあんあります。
たぶん、大郎さんは知っていると思います。
俺達、今、どこにいるんでしょう。一緒にいたおばさん達は?
そうだ。明日香村に来たら、カービィが大きくなったのは、なぜですか。
白虎はここにいるけど、青龍はどこかにいるんでしょうか。
どうして、どうして俺達には四神が付いているんでしょうか」
徐々に興奮してきた智を、大郎は穏やかに見つめた。
「智。今、玄武を、かあびい、と呼んだか?」
「あっ……。はい」
智は顔を赤くした。
「何も、恥ずかしがることではないだろう。
これは、きらら、という。俺が名付けた」
大郎は白虎の背中を撫でた。
「垂目も玄武に名を付けていた」
「垂目って、やっぱり、人の名前だったんですか。
なんか名前っぽくないので、何なんだろうとは思っていたのですが」
「そうだ。お前は垂目の名を知っているのか」
「いえ。知っているって訳ではないですけど。
亀石の所で、俺、幻みたいなものを見たんです。
朱雀の炎で、火傷した人がいて。ああ、あれ、大郎さんですよね。
その人が、『垂目、来るな』って叫んでいたので……」
大郎は前のめりになりながら、智の事を凝視した。見開かれた目からは、相当驚いていることがうかがえた。
隣の白虎と声をひそめて話をした。
「そうか。智は過去を見ることができるのか。
神も見る事ができるし、俺と同じだ」
大郎はつぶやき、智に目を向けた。
その智も、驚いた顔をしている。
「大郎さん。
白虎、きららと話ができるんですか?」
「うむ。今はできる。
しかし、昔はきららの声は聞こえなかった。智と同じだった」
「俺、カービィと話しはできないけど、でも、カービィは俺の言う事、わかっているって思っていました。
大郎さん、羨ましいです」
智は羨望の眼差しを大郎に向けた。
「智。お前は垂目によく似ている。
その丸くて、大きな瞳。
中臣垂目。
彼は俺が人として生きていた頃、玄武の主であった。
そういえば妃美。お前の目は雄君に似ている。朱雀の主であった男だ」
大郎は懐かしそうに微笑んだ。
「……。 人として、って。
大郎さんも、やっぱり、人ではないんですか」
「そうだな。もう、人ではないだろう。
俺は、飛鳥の世からここにいるのだから」
大郎は加夜に話しかけた。そして加夜は手をゆっくりと広げた。
その瞬間に、一面を覆っていた霧が消えた。
視界が戻ったことで、妃美はまた驚いた。智にしっかりとしがみついた。
智の目には、古びた小さな社が目に入ってきた。
社は緑に輝く木々に囲まれていた。
(鈴の音?)
智は耳をすませた。
「飛鳥川の流れだ」
智の気持ちを察したように、大郎が答えた。
大郎は智に近寄った。そして戸惑っている、智の腕をたたいた。
そして妃美にも、優しい視線を向けた。
妃美は安心したかのように、智にしがみついていた力をほどいた。
大郎は腰を据えて話し始めた。
「では智の質問に答えよう。俺の知っている事は、全て教える。
まず、おばちゃんとか言う者の事だったな。
お前の連れ、おばちゃんは、向こうの世界にちゃんと存在している。
ここには時間の流れはない。ゆえに、お前たちが元の世界に戻ってのも、時は過ぎていないのだ。
この空間には、力のある者しか入ることはできぬ。
お前達は四神を従える力がある。それゆえ、ここに存在する事ができるのだ。
そして、ここは、“
加夜が鎮座する聖なる地。
加夜は飛鳥を守る神。
加夜は特別な力のある者にしか見えない。それで妃美には見えないのだ。
智。その神が見え、過去を見る事もできる。
お前には、さらに、その上の力があるのだ」
「俺に、ですか?」
「そうだ」
大郎は大きくうなずいてみせた。
「二人がここにやってこれたのは、智の力が関係しているのかもしれぬ。
智は俺の名を呼んでくれた」
「名前を呼んだ
大郎さんの名前を教えてもらって、それを言っただけなんですけど」
「それでも、力のあるお前に、我が名を呼ばれたのだ。それだけで十分であろう。
我らは言霊によって、導かれ、こうして会うことができたのだ」
「俺が、名前を呼んだだけで、そんな事が……」
「言葉の持つ力は強いのだ」
大郎は一つ間を置き、話を続けた。
「そして、青龍。
青龍は今、天香久山で眠っている。
青龍はもう、現れる事がないかもしれぬ。
四神は飛鳥を守る神獣。飛鳥を守るために、この地に降りて来るのだ。
そして、受け継がれた血縁に、主としてふさわしい者が産まれた時に、飛鳥にやって来る」
「飛鳥を守るために……」
智は大郎の言葉を繰り返した。そして視線を固定して、考え込んだ。
「……。
四神は飛鳥を守る事が目的。
ということは、四神は飛鳥にいなければ守るものがない。存在意義がないって事かも」
智はぶつぶつとつぶやいた。
そして急に妃美に向き直り、真正面から見つめた。
「妃美さん。
もしかして、四神は飛鳥を離れていると、小さいのかもしれないです。
飛鳥にいてこそ、その意義があるのだから、飛鳥を離れている間は、小さかったのかもしれないですよね」
「うん。でも、私、なにがなんだかわからない。
この鳥が大きくても、小さくても、どうでもいい……」
妃美はとうとう泣き出した。
智は妃美の小さな肩をそっと抱いた。
「大郎さん。妃美さんが限界みたいで。
元の世界に戻った方がいいかもしれません」
「智は四神の事を知りたいのであろう」
「はい。
カービィの事、知りたいと思って、俺は明日香村に来たんです」
大郎は智の強い意志を感じた。
「智。お前には過去を見る力がある。
俺が生きていた、飛鳥の世に行けば、四神とは何か、四神はどのように生きてきたかを知る事ができるであろう」
「過去?」
「そうだ。しかし、それによる対償もあることを覚悟しなければならない」
「対償ですか」
大郎はうなずいた。
「四神の力を使えば、主の魂の力が消耗する。それにより、自身の体に影響が現れる」
「それでも、俺は、四神の事、知りたいです」
大郎は智のまっすぐな視線に、昔の自分を重ねた。
「願えばいいのだ。かあびぃの目を見て」
智にそう言うと、大郎は悲しそうに微笑んだ。そして、ため息交じりにつぶやいた。
「俺は、また、厩戸様との約束を破ってしまう……」
「カービィ」
智は玄武を見つめた。
「カービィには、そんな力もあるのか。
過去に行くってどういう事なんだろう。
……。 カービィの事がわかるなら、俺、その過去を見てきたい。
大郎さんの生きていた、飛鳥の時代」
智は玄武の目を見つめながら言った。
すると、玄武の目が黒い光を発した。そして智の目も、真黒に光った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます