第2章 

第1話 畝傍山と白虎

 大郎の元に白虎がやって来たのは、春の初め、夜明け前の寒い時だった。


 畝傍の山で眠っていた白虎が目覚めた。山から白い光が発せられた。光線は嶋にある、蘇我邸に伸びていた。

 白い光は白虎の進む道を示している。

 白虎は導かれるまま走った。天の決めた主の元に向かう。


 白虎は道の途中で、青龍と朱雀の声を聞いた。すでに地上に降り立っていた2匹。白虎の降臨を歓迎しているようであった。

 青龍は嶋の邸宅のすぐそばにいた。青龍の主はやせて、顔色の悪い男であったが、瞳には強い光を秘めていた。

 朱雀は飛鳥川の上流にいた。しかし朱雀の主の姿は見えなかった。


 白虎が蘇我の邸宅に到着すると同時に、男の子が産まれた。白虎は自分の主となる赤ん坊にピタリと寄り添った。

 白虎がこれからの人生を共にする主。

 産まれたばかりの赤子であるが、それにしても小さい。鳴き声も弱々しい。

 しかし生きようとする意志と、強い魂を感じることができた。

 この子は強い。白虎はそう思った。


 赤子は祖父、蘇我馬子によって、蘇我大郎鞍作と、名付けられた。


 大郎が言葉を話し始めた。

「きぃら……。 き、らら」

という、言葉を話すようになる。

 大郎の隣にいる白虎の毛並みは美しい。銀色に輝き、特に陽に当たると、眩しいくらいだった。

 「きらきら」という言葉を覚えた大郎。鮮やかに輝く白虎がきらきらしていると言いたかったのだ。しかし舌足らずの子供には、はっきりと発音できなかった。

 白虎が見えない者たちには、大郎の話す言葉の意味が理解できなかった。

 

 白虎は一生懸命に、自分に話かけてくる大郎が愛しかった。

 そのうち自然に、大郎は白虎をきららと、呼ぶようになった。


 推古26年。

 

 大郎、8歳。飛鳥で一番の権力者、蘇我家の長男。

 子供らしからぬ、はっきりとした顔立ち。彫りが深く、大人びて見える。

 しかし、どこにでもいるような腕白で快活な子供だった。いつも白虎と共に、飛鳥の地を駆け巡っていた。


 秋の風が、畝傍の山に吹き渡る。心地よい風。吹き抜ける青空。

 今日は爽やかな気候だ。昨日までの雨が、空気を清浄にしてくれた。

 大郎は思い切り背伸びをした。畝傍の中腹から、遠くを眺めた。

「ねえ。きらら。背中に乗せておくれ。向こうの山が良く見えないんだ。

 この間、厩戸様から、四神の事、聞いたんだ。きららにも教えてあげるよ」

大郎は白虎の目を覗き込んだ。白虎の顔は心配そうに曇った。

『我に乗って、空を飛ぶとは。こんな事に、力を使うとは……』

 白虎の嘆きは大郎には伝わらない。

 さらに、四神は主の言葉に逆らうことはできない。体は自然と、大郎が乗れるようにかがみこんでしまう。

「ありがとう。

よかった。今日は俺の頼みをきいてくれるんだね」

白虎は大郎の願いを叶えてくれる時と、そうでない時がある。

大郎は軽やかに、白虎の背中に飛び乗った。


 大郎を乗せた白虎は、一気に宙を駆け上った。

 眼下に飛鳥の地が広がる。

 飛鳥を囲む3つの山も、下に見る事ができた。

「ほら、よく見える。あれが天香久山」

正面に稜線なだらかな、美しい山がある。

「あそこには、青龍のおうちがあるんだって」

厩戸に教えてもらった知識を、白虎に教示する。

「それでね、あっちの耳成山には玄武がいるんだよ。玄武は今、お家で寝ているんだって。玄武は中臣の家の人と一緒になるんだって」

左を向いて、耳成山を指差した。


 西の畝傍山。東の天香久山。北の耳成山。飛鳥三山と呼ばれ、飛鳥を守るようにそびえ立っている。


「飛鳥川だ」

南から流れてくる、川を指でなぞった。

「飛鳥川には朱雀の家があるんだって。

 朱雀は、えっと、物部だ。物部の人の所にいるんだ」

大郎は満足気にうなずいた。

 大郎は飛鳥川の流れに見とれていた。

 突然「そうだっ」と、大きな声をあげて、白虎の背中をたたいた。

「ねぇ。加夜の所に行こうよ。加夜に会いたくなっちゃった」

白虎は命じられたまま、飛鳥川の上流に向かった。


 大郎が加夜と出会ったのは、半年ほど前。

 寒い冬が終わり、暖かい陽射しが差し始めた春の頃だった。

 その日、大郎は飛鳥川を散歩していた。嶋の自宅のそばを流れる飛鳥川。初めて一人でこんな上流までやって来た。

「ここ、栢森かやのもりって所かな」

初めての景色に、大郎の気持ちは舞い上がった。


 飛鳥川の川幅が狭くなる。なんの濁りもない雪解け水。川水は岩に当たって砕け、しぶきが陽に当たって虹色に輝く。

 川を横ぐるように石がとびとびに敷かれている。“飛び石とびいし”と呼ばれる石の橋。大郎はぴょんぴょんと、軽やかに石を渡った。

 河原はさらに急な坂になる、子供は軽やかに、何の苦もなく坂を駆け登った。

 

 途中で不意に足を止め、空を見上げた。

 そして何気なく左手の森に視線を向けた。

 木々の中に、小さな鳥居を見つけた。

「あれ。こんな所に神社がある。

 ねぇ、きらら。これって、この前じい様に教えてもらった、加夜奈留美命様のお社かな。

 加夜奈留美様って、大国主神おおくにぬしのみこと様の和魂にぎみたまなんだって。ものすごく格式の高い神様なんだって」

大郎は白虎が返事をしないとわかっていても、一生懸命話しかける。

 

 大郎は興味津々に鳥居をくぐった。

 あたりを見渡しながら、ゆっくりと歩いた。そして、奥に小さな社を見つけた。

 大郎は嬉しそうに駆け寄った。その瞬間、大郎は何かの気配を感じた。大郎は足を止めた。きょろきょろと周囲を見回した。

 

 社の脇に、一人の少女が立っていた。

 しかし、子供の大郎にも、一目で人ではないとわかった。すべてが白く輝いている。髪も肌も服も、全て。陽に照らされ、虹色に輝く。

 少女は大郎に視線を向けていた。瞳は金剛石の様に煌めいている。

 大郎はその顔貌に言葉を失った。この様に美しい人を見たことがなかった。大郎は口を半開きにして、じぃっと少女に見入った。

 少女は口元に笑みを浮かべた。大郎は、はっと我に返った。そして隣の白虎に目を向けた。いつもは宙に浮かんでいる白虎が、背筋を伸ばして地面に座っていた。

 大郎は思わず少女に声をかけた。

「あっ。えっと、もしかして加夜奈留美様ですか。神様ですよね」

『神に向かって、失礼な物言いであろう!』

白虎は大郎に体をぶつけてきた。大郎は驚いて、白虎がぶつかってきた腕をさすった。

「なんだよ、きらら。痛いじゃないか」

少女の前で小競り合いをした。


 少女は微笑んだ。

(菩薩様みたい)

大郎は、先日初めて見た、仏像を思い出した。百済くだらから伝来したものだった。

 大郎はその笑顔にも見とれた。ぶしつけに少女を見ている大郎に、もう一度白虎が体をぶつけた。

「痛っ。わかったよ。挨拶しないとね。

 あの、俺、大郎といいます。あなたのお名前は?」

少女は微笑むだけだった。

「もしかして。お話できないんですね。でも、きららと同じで、俺の言うことはわかるんですよね」

少女は小さくうなずいた。

「そうだ。名前は加夜奈留美様だよな。

 ……。 でも、長い名前だな。そうだ、加夜様だ。加夜って呼んでもいいですか」

『呼び捨てとは何事!』

白虎は大郎が吹き飛ぶほど強く、大郎に突進した。小さな大郎は、しりもちをついた。

「ひどな、きらら。

 加夜って呼んじゃいけないっていうのか」

大郎の訴えに、少女はにこっとほほ笑んだ。

「いいんですよね」

大郎は満面の笑顔になった。


 座り込んでいる大郎に、少女は手を伸ばした。

 大郎はその手を取ろうとした。が、大郎の手はそれをすり抜けてしまった。大郎は少女の手を取ることができなかった。

「加夜とは、握手ができないんですね」

大郎は自分で立ち上がり、残念そうに言った。

 

 少女の目が、白虎に向けられた。

「あ、紹介します。きららです。四神の中の白虎なんだ。よろしくね」

少女は、こくんとうなづいた。

「あ、知っているんだ。やっぱり神様はすごいな。なんでも、知っている」

白虎は諦めた様に、小さくため息をついた。

 加夜奈留美命は優しくほほ笑むだけだった。


その後も、大郎は言葉を話さない加夜と話しを続けた。

大郎は、白虎に軽く背中を叩かれるまで、ずっと喋り続けていた。

「どうしたの? きらら」

白虎は首を1回、小さく振った。

「帰ろうって、言っているのかい?」

白虎は首を縦に振った。

「ええぇ。もうちょっと。

もう少しいいだろ」

大郎は不満そうだった。

 次に白虎は大郎の服を噛み、引っ張った。

「しょうがないな。

わかった。帰るよ」

大郎はお尻のほこりをはらいながら立ち上がった。

「また来るよ。嶋の家からは、近かったから」

大郎は笑顔で加夜と別れた。

 

 大郎と白虎は鳥居をくぐった。

 あたりは、とっぷりと日が暮れていた。

「ええっ? なんで? なんで、真っ暗なの?

 今まで、明るかったじゃないか。なんで鳥居を出たら、夜になっているんだ!」

大郎は周囲を見回した。

「もしかして。加夜がいたから? 

 加夜が特別だから、あっちは昼間だったの?」

白虎はうなずいた。

「そうか。それできららは帰ろうって、言ってくれたんだ。

 助かったよ。

 でも、こんな真っ暗になってから帰っちゃ、怒られちゃうよ。

 急ごう。きらら」

大郎は白虎に先導されて、帰路についた。

 案の定、家では祖父馬子に、長い時間、説教をされた。

(加夜と会うときは、時間に気を付けないといけないないな)

大郎は怒鳴られながら、加夜との楽しかった事を考えていた。


 白虎に乗って、空から加夜の元に向かっていた大郎。

 栢森に近づいて来たところで、急に思い直した。

「……。 やっぱり、やめよう。きらら、畝傍に戻ろう」

白虎は空中で止まった。

「だってこの前、きららに乗って行ったら、加夜、悲しそうな……、 ううん、残念そうな顔をしていたんだ。

 きららに乗って来てほしくないんだよ。きっと。

 歩いて行った時は、すごくうれしそうに笑ってくれたよね。

 やっぱり、ちゃんと、自分の足で歩いて行かないといけないね」

その表情は大郎には見えないが、白虎は嬉しそうにほほ笑んだ。

 白虎はくるっと反転し、あっという間に畝傍山に戻った。


 畝傍山は木が密集して生えている。木の葉で山、全体が覆われるほどだ。

 山の中腹に、木の途切れているところが、1か所だけある。猫の額ほどの空間だったが、そこだけは日光が地面まで届く。春になれば花も咲く。大郎のお気に入りの場所だった。

 空からその場所を見つけ、高度を下げた。念のため、周囲に人がいないか確認をする。

「よし、大丈夫。きらら、降りよう」

白虎は素早く地上に降りた。

 大郎は地面に足を付けた途端、その場に膝をついた。はぁはぁと、苦しそうに浅い呼吸を繰り返した。


「大郎!」

突然に、大きな声で名を呼ばれた。大郎は驚いて、しりもちをついてしまった。

 激しい動悸と眩暈がしてきた。

「大郎。お前、今、空から落ちて来ただろう」

(見られた? 誰?)

大郎は恐る恐る振り返った。

 山背皇子やましろのみこ

 大郎の従妹にあたる、山背が目を丸くして立っていた。

『我にはどうにもできん。

 しかし降りて来る時には、近くに人はいなかった。山背が見たとしても、大郎が降りる寸前。ほんのわずかな時間だろう』

白虎の声は聞こえないが、大郎は白虎の目を見て、大きくうなずいた。しらばっくれる覚悟を決めた。

「ま、まさか。空から落ちて来るなんて、そんな事、あるわけないじゃないか。

 俺、その木に登っていたんだ。そこの枝から飛び降りたんだよ」

大郎は近くの木を指差した。表情は引きつっているが、努めて平静を装った。

 山背はいぶかしげに木の枝を見つめた。それでも、その説明を受け入れた様だった。

 大郎はほっと息を吐いたが、立ち上がる事ができなかった。

 昨夜の雨で地面はぐちゃぐちゃである。大郎のお尻は泥まみれになった。


 山背皇子は12歳になる。背が高く、ひょろっとしている。神経質そうに、目を細める癖がある。

 山背の父親は厩戸皇子。推古天皇の摂政を務めている。

 飛鳥の右大臣、蘇我馬子とは、協力関係にある。

 今の飛鳥は馬子と厩戸で成り立っているといっても、過言ではない。

 

 厩戸の妻の一人、刀自古とじこは馬子の娘である。

 一夫多妻制の時代。複雑で多彩な親戚関係であり、幼い大郎たちには、把握しきれない血縁関係である。顔を合わせたこともない、従妹もいるくらいだ。

 その中でも、大郎と山背は仲が良かった。年が近いこともあり、二人は機会をみつけては遊んでいた。

 

「大郎は畝傍になんの用事があるんだ。こんな、何もない所。しかも、嶋の家からは遠いじゃないか」

山背は大きな木に寄りかかっていた。すでに泥まみれの大郎は、開き直って地面に座っていた。

「そんなに遠くはないよ。

 それに、畝傍は蘇我が守っている山なんだ。だからって訳じゃないけど、俺、よく畝傍山に来るんだ。

 山背こそ、こんな所には、用事はないだろうし、あんまり、来ないだろう」

「なんだと! ここは蘇我の地だから、俺は来てはいけないとでも言いたいのか」

山背は顔を赤くして、声を荒げた。

「えっ。そうじゃないよ。俺はここの事、よく知っているから、教えてあげるって、そう言いたかったんだ。

 ごめん。言い方が悪かったよね」

大郎のすまなそうな顔を見て、山背の顔はまた赤くなった。

「……。 いや、俺こそ悪かった。また、短気を出してしまった。

 今日も父上に注意されたばかりだったのにな」

「ううん。そんなの気にしないよ。

 ねえ、山背、今日は時間あるんだろう。ここで少し遊ばないか」

大郎は無邪気に笑った。

「でも、お前、大丈夫なのか。顔が青白い」

「そう? 大丈夫だよ。すぐ、治る」

そう言って、大郎は立ち上がった。


 二人は山の奥に入って行った。木々の紅葉が少しずつ始まっている。

斑鳩いかるがって、どんな所なんだ?」

大郎は地面に落ちていた赤い葉を拾いながら、山背に問いかけた。

「何もない所だ。近くに家もないし。一族しか遊ぶ人はいない。つまらない所だ」


 厩戸は飛鳥から離れた斑鳩に宮を建てた。そこに一族を集めて生活していた。

 皇族や豪族は、妻を複数持つのが一般的だった。そして妻、一人一人に家を建てそこに住まわせる。そして夫は、日替わりで妻の家を訪ねるのだ。

 それが一般的であったため、厩戸は当時のしきたりからはかけ離れていたのだ。


「俺は、上宮かみつみやの方がいいな。飛鳥に近いから、大郎にもすぐに会える」

「そうか。確かに、そうだよね。俺も、山背と遊びたいよ」

二人は顔を見合わせ、うなずいた。

「よし。大郎。かけ比べだ」

山背は先頭切って走り出した。


 畝傍山はなだらかな山で、子供足でも走って登ることができる。

 いつもは年上の山背をおいて走る大郎だったが、今日は山背に先を行かれている。

「待って。そっちじゃない。右、右に行くんだ」

大郎は息を切らせながら叫んだ。

「大郎、どうした。もう、走れないのか」

「そんな事、ない。すぐ、追いつくよ」

大郎はふらつく足をたたいた。なぜか今日は思うように体が動かない。


『足元!』

白虎の忠告は大郎には聞こえなかった。大郎は足元の大きな木の根につまづき転倒。坂道を転げてしまった。前のめりに1回転。雨の乾かぬ、ぬかるんだ地面。大郎は全身、泥まみれになった。

 大郎はぬかるみに座ったまま、情けない顔を白虎に向けた。

 白虎はパッと目を逸らし、ため息をついた。


 顔まで泥まみれの大郎を見て、山背はおなかを抱えて大笑いした。

「あははは。ひどい顔だ」

山背の笑い声は続いた。

「ああ、おかしい。

 ……。 こんなに笑ったのは久しぶりだ」

「そんなに、笑うなよ。俺、絶対に怒られるよ」

大郎は泥にまみれた顔を、泥だらけの袖で拭いた。なんの足しにもならなかった。口の中ではじゃりじゃりと音がする。ペッと、砂を吐いた。

「じい様に見つかったら、大目玉を食らうんだ。

 厩戸様はお優しい方だから、怒鳴ったりはしないだろう」

「うん。それは、そうだけど……」

山背の笑みは消え、一瞬で顔が曇ってしまった。

「父上は気難しくて、笑うことなんてない。

 俺の欠点とか、失敗とか。そんなところばかり目についているんだ。細かいことまで、よく注意される。

 大郎には話すけど、俺は大王になりたいと思っているんだ。それなのに、父上はそんな事考えるものではないって言うんだ。

 父上は俺の夢を馬鹿にしているんだ。俺の事、嫌いなんだよ」

山背は捨て台詞をはいた。

「子供の事、嫌う親なんていないよ。

 厩戸様、お優しいじゃないか。いろんな事、教えてくださるし」

大郎はそう言って、無意識に白虎を見ていた。

「それに、俺、山背が大王になりたいのなら、俺は応援するよ。

 山背なら、立派な大王になれると思うんだ。

 そうだ、きっと、厩戸様はお疲れなんだよ。

 ほら、お体の弱い方なんだろう。

 それなのに、今、飛鳥は大変な時じゃないか。

 大陸ではずいが滅びたって聞いた。代わりに出てきたとうが、大陸を統一しようとしているって。

 百済は大和と仲がいいじゃないか。それなのに、今、百済は高句麗こうくりとか新羅しらぎと戦ってばっかりだ。そんな事、していると、お互いが弱っちゃうよ。そしたら、みんな、唐に滅ぼされてしまうかもしれない。

 百済が滅びたら、あっという間に大和が狙われるって話だ。

 厩戸様は、摂政だし。実際に政をしているのは、厩戸様だし。

 そうだ、その上、今、じい様と歴史書を作っておられるんだ。ものすごく大変な仕事だって、じい様が言っていた。

 考えただけでも、俺、頭がいっぱいになってしまうよ。

 だからさ、お疲れ様って、言って、肩とか揉んで差し上げれば、きっとお喜びになるよ」

山背の瞼が、ぴくぴくと痙攣した。

「……。 大郎。お前、何歳、だったっけ」

「えっ? 俺、8つだけど」

山背は泥だらけの大郎の顔を、今度は笑わずに凝視した。

「8歳か。俺より、4歳も年下なのか。

 それなのに、俺より、ずっと大人みたいだ」

「そんな事、ないよ。山背、俺よりずっと背が高いし、顔も大人っぽいじゃないか。

 それに落ち着いているし。俺なんて、いっつも怒られているんだ。落ち着きがないって。なぁ」

大郎は無意識のうちに、隣の白虎に同意を求めていた。


(まただ。大郎は、なんで横を向くんだ。誰か、横にいるようだ。

 そうだ! 父上。父上と同じ癖だ。父上も突然、横を向くことがある。そう、隣の人を見るみたいに。

 大郎と父上は似ているんだ)

山背は大郎の顔を、じっと見た。

(それに。

 父上は大郎の事を話すことが多いし、大郎の事ばかり褒めている。

 きっと、父上は大郎の方が好きなんだ)

白虎は、嫉妬にゆがむ山背の表情を見逃さなかった。


 

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