第1章
第1話 飛鳥駅
「カービィ。なんで、光っているん? まっくろや」
くりんとした瞳もその仕草も愛らしい。どこにでもいる、5歳の男の子だった。
そのビー玉のような瞳で見ているものは、亀と蛇。
智が「カービィ」と呼んだのは、亀に蛇が絡みついている、不気味な生物だった。
智は手を伸ばし、亀を撫でた。
その時、赤い光が智の顔を照らした。智は慌てて、光の方向に顔を向けた。
光の元は真っ赤に燃える、鳥だった。見たこともない、大きな鳥が羽をばたつかせていた。
その隣には女の子が立っていた。
智より少し背が高い。真黒な髪は腰まである。子供にしては大人びた表情。少し吊り上がった目で、智をじぃっと見ている。
カービィの黒い光と、鳥の赤い光はどんどん大きくなる。2色は交じりあった。
「カービィ!」
智は叫んだ。その瞬間、頭に強い痛みを感じた。まるで誰かに殴られたような痛みだった。
「痛っ」
智は強い衝撃と、自分の発した声に驚いた。
ズキズキと痛む右の頭頂部をおさえた。
「あれ?」
智はパッと目覚め、キョロキョロとあたりを見渡した。
長方形の空間。クリーム色の壁。えんじ色のシートが2列に整然と並んでいる。
(あっ。電車の中……)
ようやく思考が戻ってきた。
2017年。2月。
この日は寒かった。雲一つない空に、地上の熱は吸い込まれていった。時折、粉雪が宙を舞った。
大谷智。夢の中の男の子は、20歳の男性に成長していた。
しかし智は華奢な体つきをしている。座っていても、身長は成人男性の平均以下であることが推測される。
白いセーターとダメージジーンズ。
膝の上にはリュックが乗せられている。ネイビーの光沢のある素材で、使いこまれている。足元には小さなキャリーバックが置かれている。
智は始発の東海道新幹線に乗り、東京駅を出発した。京都駅で降り、
電車は低い建物が並ぶ町中を通り抜け、徐々に田園に入る。遠くまで見渡せる、広大な風景。
単調な風景と、早起きと、前日までの寝不足。それに加えて暖かい車内と気持ちの良い電車の揺れ。必然的に智は爆睡したのだった。
智は口角から流れていた涎に気が付いた。慌てて手の甲でぬぐった。
きょときょととあたりを見渡した。隣には誰も座っていない。智が頭をぶつけた事や、涎を流していた事に気が付いた人はいなかった。
ほっと一息つき、窓の外に目を向けた。
(久しぶりにみたな。あの夢)
まだ、ぼーっとしながら窓の外を見つめた。
近鉄特急の電車は駅に停車していた。窓の外には駅のホームが見える。
電車が停まる瞬間に、車体が大きく揺れ、その時、熟睡して力をなくしていた智の頭が、窓枠に激しくぶつかったのだと、智は頭の痛みを分析した。
「
智はホームの表示板を見て、つぶやいた。そしてリュックからスマートフォンを取り出した。
「もうすぐだな」
そう言って、あくびをしながら隣の席に目を向けた。
「ええっ!」
静かな車内に、智の声が響いた。
智は隣の席の空間に手を伸ばし、「どうした?」「なんで?」と、大きな独り言を言った。
通路を歩く人の視線が智に向けられる。それに気が付いた智は、咳ばらいをして座り直した。
何事もなかったように正面を向く。
電車は静かに、発車した。
智はその後も、隣の席をちらっちらっと、何回も見ていた。
近鉄橿原線の終点、橿原神宮前駅に到着。
智は近鉄吉野線に乗り換えた。
橿原神宮前駅、岡駅、そして飛鳥駅。
今回の旅の目的地、明日香村はもうすぐだった。
電車は飛鳥駅に到着した。この駅で降りた乗客は4、5人。智は一番最後に降り立った。
ホームに立ち、智は気を付けの姿勢をとった。ゆっくりと、恐る恐る左側を見る。一瞬息を止めて、視線が固定される。
大きなため息をつき、ゆっくりと歩き始めた。
飛鳥駅は小さな駅だった。電車を降りるとすぐに改札がある。
智はゆっくりと改札を抜け、明日香村に一歩を踏み入れた。
仁王立ちで駅の前に立つ。
すぐに目に入ったのは大きなオブジェ。巨大な石が3こ積み重ねられている。須弥山石を形作ってあった。
その大きな須弥山は小さなバスターミナルの真ん中に立っていた。
ターミナルの左手には、小さなバス停。かやぶきの屋根が付いている。
(明日香村っぽさを演出しているのかな)
智の表情がやっと和んだ。その顔は、昔を懐かしむようにもみえた。
奈良県明日香村。
奈良県の中央に位置する、小さな村。
日本国家の始まりの地と言われている。
今から1400年前、天皇はこの地に宮を築いた。飛鳥時代と呼ばれる6世紀から7世紀にかけての約100年間。明日香村は政治の中心だった。
この村には古代の謎が存在する。
いつ、だれが、何のために作ったのかわからない、数々の石造物。
だれが埋葬されているのかも判らない古墳。
どんな建物が建っていたのか、想像するしかできない遺跡。
そして、近年になっても、新たな発見が続いている。
その一つが“壁画古墳”
壁画古墳とは、石室(古墳の中に作られた、遺体を埋葬する建物)の内側に、絵が描かれている古墳の事。“高松塚古墳” “キトラ古墳”がそうである。
これらは昭和の時代に、1400年前の姿そのままに発見された。
色、鮮やかな“飛鳥美人” “四神” “天文図”の絵は、見る人を魅了した。
人々は古代の謎と神秘を求めて、明日香村を訪れる。
智は駅前で動く人たちを見つめていた。
駅をバックに写真を撮影する人。
スマートフォンを見ながら、話し合っている人。
(なんか楽しそう。
ここに来ている人って、みんな歴史好きなんだろうな)
智は若干の場違いを感じていた。
肌を刺す風が吹き付けてきた。
「寒っ」
智はセーターの上に羽織ったダウンコートの首元をおさえた。
「そうだ。荷物」
そう呟いて、駅に戻った。コインロッカーにキャリーバックを入れ、再びターミナルに戻って来た。
駅前には誰もいなくなっていた。さっきまでいた人達は、それぞれの目的地に出発した様だった。
智は明日香村の空気を思い切り吸い込み、深く吐き出した。
(これが、明日香村の空気かぁ。
とうとう、ここまで来てしまった)
ゆっくりと左側を向いた。
(ここで、カービィの事、何かわかるんだろうか)
智の視線の先には、亀と蛇がいた。
首を伸ばした亀に、蛇が巻き付いている。智の上半身と同じくらいの、大きな生物。
二匹は物心ついた時にはすでに智の隣に浮かんでいた。
智にカービィと呼ばれた生物も、明日香村の景色に見入っているようだった。
この謎の生物は声を出すことはなく、静かにただ浮かんでいる。餌を食べることも、排泄をすることもない。
智が歩けば、ずっとついてくる。どこに行くにも一緒だった。
亀と蛇が離れるところを、智は見たことがなかった。
智はこの生物を“
四神とは古代より天の四方を司る神、神獣と言われている。
東の
四神は高松塚古墳とキトラ古墳の石室の壁画に描かれている。
昭和50年代に発見され、その封印が解かれた。
1400年もの長きにわたって封印されていた空間に、いきなり現代の空気が流れ込んだ。その時から、壁画の損壊は始まった。
平成になり飛鳥の壁画に、現代の人の手が加わることになった。壁画の修復と保護。それでなければ、古代の遺産は守られなかったのだ。
壁画の修復は進み、去年の秋から、キトラ古墳の壁画の一般公開が始まった。
秋には白虎と青龍、天文図が展示された。
1月から2月にかけて、2回目の公開が行われる。今回は玄武だ。
智は今回のキトラ古墳壁画一般公開を、偶然にネットニュースで知った。
(飛鳥時代に描かれた玄武の絵。古代の筆と絵具で描かれて、古代の空気に触れていた玄武。飛鳥時代の魂とか残っているかもしれない。
どうみたってカービィは玄武だし、もしかしたら、なにか繋がりがあるかもしれないし。
明日香村に行けば、もしかしてカービィの事、何かわかるかもしれない)
そう思ったら、いても立ってもいられなくなった。
(1月から2月か。2月になればちょうど試験が終わるし。ゆっくりと行って来られる。
これって、行ってきなさいっていう、神、いや四神のお告げかも)
智の盛り上がった気持ちは抑えられなかった。
すぐにネットで一般公開の申し込みをした。
そして、当選した時には(玄武に会いに行くのは運命だったんだ)とまで思った。
智はもう一度、大きく息を吸い込んだ。
そのまま上を向き、空を見上げた。真っ青な空は、鏡の様に光を反射させている。眩しい青色に思わず目を閉じた。
「たり……。 たり、め。たりめか」
突然、智の頭の中に声が響いた。男性の、低い声だった。
(たりめ? 何のことだ。ってか、誰だ? 誰が話しかけているんだ)
智は目を開き。周囲をきょろきょろと見渡した。
(? どこだ。ここ……)
目の前に広がる景色が一変していた。
建物は一切なくなっていた。オブジェもバス停も。道路や信号、電信柱。飛鳥駅も消えていた。
コンクリートは土と草に変わっていた。背の高い草が乱雑に生い茂り、風に揺れている。
草むらを割いて、透明に煌めく川がちょろちょろと流れている。鈴のようなせせらぎが聞こえてくる。
踏み固められただけの小道が、くねりながら伸びている。
遠くには、小高い丘。
(俺は、いったいどこにいるんだ? いったい、どうなっているんだ!)
智の体は硬直し、指一本、さらに瞼すら動かす事ができなかった。呼吸筋も麻痺したように動かない。
どれくらいの時が過ぎたのか。智には永遠の時にも感じられたし、また一瞬の出来事のようにも思えた。
突然、智の背中に、灼熱感が襲ってきた。
背中に熱を感じたと同時に、体の呪縛が解けた。全身の力が抜け、よろけた。膝に手をつき、大きく何回も呼吸した。
ゆっくりと顔を上げ、周囲に目を向けた。
目の前には、飛鳥駅前の風景。須弥山石は何事もなかったかのように、悠然と立っていた。
ほっとすると同時に、背中に感じる熱に恐怖を感じた。
(でも違う。火事とかそんなんじゃない。本当に燃えているわけじゃない)
何かが燃えているわけではないと気が付くと、落ち着きが戻ってきた。
(何だろう。なんか、見られているっていう感じ。
人の視線? そう、そんな感じ。でも、それだけじゃない。他にも何かがいる)
智は振り返る決心をした。
智はゆっくりと振り返った。
背後には、女性が立っていた。
すらっして、女性にしては背が高い。おそらく小柄な智よりも、高いだろう。ウェーブのかかったロングヘアーで、金髪に近い色をしている。
マスカラのたっぷりとついたまつ毛と、ちょっとつりあがった目。
智はその目に、見覚えがあった。
電車の中でもみた夢。時々みる夢の中の女の子。その子の瞳と同じだった。
(間違いない。夢の中に出てくる、あの子だ)
智はそう確信した。
彼女の隣には、赤い鳥が浮かんでいた。
その鳥は燃え盛る炎のように赤く輝いていた。智の隣にいる玄武と同じくらいに大きな鳥。
夢の中の鳥と、同じだった。
今しがた、目の前の景色が変わった事は、二の次になった。
二人はお互いを見つめたまま、微動だにしなかった。
先に声をかけたのは、女性の方だった。
「それ。玄武よね」
「はい。たぶん……」
智は小さな声で答えた。返事をしてから、気が付いた。
「あっ。このカー、いや。この亀と蛇、見えるんですね」
今度は大きな声で聴き返した。
「そうか。そうよね。じゃあ、君にもこの鳥、見えるのよね」
女性は鳥を指差した。
智は小さく何回もうなずいて答えた。
「……。 朱雀ですよね」
「たぶん、ね」
数秒間の沈黙の時間がうまれた。
智は思い切って女性に話しかけた。
「あっ。俺、あなたに……、 いや、そうだ。
あの。俺、大谷智といいます。それで、あの……」
「私、
妃美は慌てる智を見て、くすっと笑った。
「あ、ありがとうございます。それで、あの真田さん」
「妃美でいいわ。名字で呼ばれるの、好きじゃないから」
「あっ。はい。じゃ、妃美さん。俺たち、昔、会ったことありますよね」
「えっ?」
妃美は突然に言われ、戸惑った。首を傾げ、しばらく考え込んだ。
「うーん。思い出せないけど。
玄武を連れている人に会えば、覚えていると思うけど」
智はがっかりしたような表情をした。そして、そのあと、かぁっと、一気に顔が赤くなった。急に赤面した智を、妃美は怪訝そうに見つめた。
「えっ? どうかした?」
「いえ。なんか、ナンパしとるんかいって、感じの話しかけ方だったなって思ったら、なんか、恥ずかしくなって」
「やだ。そんな風に思わないわよ」
妃美はくすくすと笑った。
「俺、昔から時々、夢をみるんです。小学生くらいの女の子と、大きな赤い鳥。
その子は妃美さんに似ているんです。
だから、もしかして、会ったことがあるかもしれないって、本当に、そう思ったんです」
「そう……。 子供の頃の話なのね」
妃美は遠い目をして、再び考え込んだ。
「やっぱ、思い出せないわ。
ごめんね。私、子供の頃の事、あんまり覚えていない人なのよね」
「いえ。とんでもない」
智は激しく首を左右に振った。
「あのっ。俺、妃美さんと話、したいんですけど。これからどこに行くんですか?」
智は赤い顔をしたまま、大きな声で妃美に問いかけた。
「いや、あの。初めて会った人に、何言ってんだ、俺。
いきなり、失礼ですよね。すみません」
「ううん。
智君的には、初めてじゃないんでしょ。
それに、私も話したいと思うし。だって、この鳥が見える人に初めて会ったんだもの。私も聞きたい事、色々あるし」
妃美は智の目を見てほほ笑んだ。
妃美の目は切れ長で、笑うとさらに細くなる。
智はその瞳で見つめられ、急に動悸がしてきた。
「私、今日はこれから、キトラ古墳に行くの。
壁画の一般公開」
「俺も、俺もなんです。11時45分の予約なんです」
「えっ? 私も。私も11時45分なの」
二人は目を合わせて、固まった。
「偶然にしては、すごいわね」
妃美はまた、目を細め、微笑んだ。
(魔性の瞳……)
智の頭に浮かんだ言葉。動悸は、ますます激しくなった。
「智君って、高校生? 中学生じゃないわよね」
「ええっ!」
妃美の質問に、智は突拍子もない声をあげた。
「いや、あの、俺。大学生です。もう、ハタチです」
「やだ。ごめんなさい。
智君って、かわいい目をしているじゃない。くりんとした。
なんか幼く、っじゃなくって、若く見られるでしょ」
「まぁ、確かに、俺、童顔だし、背も低いし、いっつも年下にみられるけど。でも、中学生って、それはないですよ」
「だから、ごめんって」
妃美は笑いながら謝った。
「じゃ、私は? 私はいくつだと思う?」
智は一瞬、言葉を飲み込んだ。
「あっ。いや、女性に年齢の事、言っちゃいけないですよね」
「なんか、紳士的な事、言うのね。
私、気にしないから、言ってみて。お世辞とか抜きで、思ったままね」
智は困った様に頭を掻きながら、ちらっと妃美の顔を見た。
「じゃ、ぶっちゃけ、アラサーっていうんですか。
でも、30にはなっていないと思うんだけど」
「そうね。いつもそれ位にみられるのよね。
でも、正解は21。私もびっくりだけど、智君と1こしか違わない」
そう言って、パチッと左目をウィンクさせた。
2人はぷっと吹き出して笑った。
「って、笑っている場合じゃ、ないわね。
どうする? キトラ古墳に行く? まだ、早いかもしれけど」
妃美が真顔に戻った。
「そうですね。でも、バスの時間には、少し早いかもしれないですよね」
「バスで行くの?」
「あっ、はい。そのつもりでしたけど。
飛鳥駅からキトラ古墳行きのバスが出るって、ホームページにありましたよ。確か、11時頃だったと思います。
妃美さんは違うんですか?」
「私、レンタサイクルにしようと思っていたのよ。
天気も良いし、智君も自転車にしない?」
智は「えっ」と、小さな声をあげ、困惑した顔をした。
「こんな寒い日にですか」
「自転車こげば、暖かくなるわよ」
「でも、明日香村って、坂が多いって話ですよ。自転車だと、大変かも」
「電動アシストの自転車もあるって話よ」
「いや、その……」
小気味良く返してくる妃美に、智は言葉を詰まらせた。
智は玄武に目を向けた。そして、意を決した様に、妃美に向き直った。
「あの、ぶっちゃけ、俺、体力が全然ないんです。
情けない話ですけど。
運動って苦手だし。特に大学入ってからは、マジで何にもしていないんですよ。
アシスト付いていても、俺、坂道、登れないと思います」
最後にはすっかり開き直っていた。
「ああ。なんか、わかる」
妃美はクスクス笑って、何回かうなずいた
「だって、智君、ガリガリっぽいもんね。
筋肉、なさそー。
じゃ、智君の言う通り、バスにしよっか」
「すみません」
「やだ。謝る事なんて、ないわよ」
妃美は智の肩を、バシッとたたいた。
バスの時間まで、30分以上あった。
妃美の提案で、猿石を見に行く事にした。駅のすぐ近くにあるという。
ターミナルを過ぎて、左に曲がった。そして、線路沿いの道をまっすぐに歩いた。
小さな川が道に沿って流れている。都会では見られない、清らかな水。
智はしばらく水を見つめた。
途中、智はふいに妃美の隣に浮かんでいる朱雀に気を取られた。
「朱雀って、熱くないんですか」
妃美は智の顔を見て、数回瞬きをした。
「やだ。こんなの、幻みたいなものじゃない。熱くもなんともないわよ。
それに、今はこんなに大きくなっているけど、いつもはもっと小さいのよ。
私の顔と同じ位」
「ですよね!
俺のカービィも、そうなんです」
「かーびぃ?」
妃美に繰り返され、智の顔が真っ赤になった。
「いや、あの。
その……。玄武の名前です」
智は下を向いてしまった。
「その、俺、まだ小さい時に名前つけたから、アニメのキャラみたいな名前になっちゃって。
“かめ”と“へび”と縮めて、かび。それがカービィになったんだと思います。
アニメのキャラクターにもいましたよね。そんな感じのキャラ。
それで、いつも、そう呼んでいるから、ついつい出てしまった」
智は手で顔を扇いだ。
「……。 私、名前つけるなんて、考えられない」
「えっ。どうして」
妃美は智の問いには、答えなった。
「で、その……、カービィは、」
「妃美さん。玄武って言ってください。なんか、すっげー、はずい」
「じゃ、智君の玄武も、いつも小さいのね」
妃美はくすくす笑いながら聞いてきた。
「あ、はい。ちょうど、両手のひらに乗る感じですね」
智は手のひらを上に向けてみせた。
「今朝、東京を出る時は、いつものカー、あっ、玄武」
「カービィでいいわよ」
智はまた顔を赤くした。恥ずかしそうに笑うと、開き直ったように妃美をまっすぐに見つめた。
「はい。
じゃ、そのカービィなんですけど、今朝は普通サイズだったんですよ。
京都駅でも変わりなくって。
近鉄線に乗り換えて、俺、爆睡していたから、いつ大きくなったのかわからないけど、大和八木駅に着いた時には、巨大化していて。すっげー驚いたんです。
飛鳥駅で、またでかくなったと思います」
「この鳥もそう。
私は飛行機で来たのよ。伊丹空港からバスと電車を乗り継いで奈良県に入ったのだけど。そうね。奈良に入った頃から、大きくなり始めたと思う。徐々に大きくなって。
確かに飛鳥駅に着いたら、マックスの大きさになったわね。
それこそ、やけどするかと思っちゃった」
「奈良に、いや、明日香村と何か関係があるんでしょうか」
そう言うと智は、玄武を見て考え込んだ。
「いや、待て。そうだ。
そういえば、子供の時、あの時はカービィは大きかった!」
智は興奮した声で言った。
「あ、俺、今、思い出したんですけど。
いや、その前に。俺、明日香村で育ったんですよ。5歳までここにいたんですけど、その時は、子供の俺と同じくらいのサイズだったんです。
たぶん、今の、これくらいの大きさだったと思います」
「えっ?」
妃美が突然立ち止まった。智も足を止めて振り返った。
妃美の細い目が大きく見開かれている。
「……。 私も、」
妃美が言葉を詰まらせた。
「私もなの。私も明日香村で生まれたの」
二人は路上で立ち止まったまま、見つめあった。
後ろから走って来る車の音に気が付き、慌てて端に避けた。車が通りすぎると、二人はゆっくりと歩き始めた。
「あっ。じゃあ、本当に、私たち、会ったことがあったのかも。
私、小学生まで明日香村にいたんだもの」
「そうですか」
智は小さくうなずいた。
「ここまで来ると、もう偶然っていうレベルじゃないですよね。
必然。
今日、俺たちは、会うべくして出会ったんです」
妃美はまた立ち止まった。智はハッと我に返った。
「いや。すみません。なんかキザってか、うざい事言っちゃって」
「ううん。そんなことない。
私もそう思う。きっと四神が引き合わせてくれたんだって」
妃美はそう言って、ゆっくりと歩き始めた。
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