第27話
それはひとつの恋のはじまりと終わりについての物話だった。
内気でシャイ。人と話すのが苦手でいつも教室の隅で本ばかり読んでいた少女はある日、学校の図書室で知らない転校生に出会う。「その本あたしも好きだよ」と人懐っこく話しかけてきた転校生は、たちまち教室の中の人気者になった。
輪の中に居てみんなに愛されているのが良く似合う、誰にとってもの特別な存在。少女は彼女に強烈に嫉妬しつつ、同時に胸がきりりと痛むほど強く憧れてもいた。彼女のようにはなれないということが良く分かっていたから。少女はみんなのように面白いことを言ったりできなかったけれど、転校生は少女に話しかけるのをやめようとはしなかった。そのうちに、二人はお気に入りの本を交換することになった。
転校生から受け取った「赤毛のアン」を少女はたちまち気に入って、本の縁がしなしなになるまで何度も繰り返し読み返した。公園のたんぽぽ畑で二人は、アンとダイアナがそうしたように、誓いの約束を交わした。転校生はいつも少女に特別なエピソードをくれたから、少女の中で、彼女の存在は少しずつ大きくなっていった。
放課後、図書室の近くにある人気のない階段でおしゃべりすることが、二人の日課になった。少女は転校生を独り占めできるその時間がとても好きだった。転校生に向いているやじるしの数は男女問わず多い。教室で彼女に話しかけると嫉妬の視線が自分に向くのが分かっていたから、一目のつくところではなるべく近づかないようにしていたのだ。
しかしある日、二人の関係に亀裂が走る出来事が起きてしまう。転校生に気になる男の子ができたのだ。きっかけは小さなことだった。消しゴムを拾ってもらったとか、サッカーをしている姿がかっこいいとか、目が合うと優しく笑ってくれるとか、その程度の理由で、転校生は男の子を特別だと感じるようになった。少女は転校生のそんな仄かな恋心を理解することがどうしてもできなかった。頬を染めて夢見るように男の子のことを話す転校生から目を逸らしながら、少女はこんなことを考えていた。
どうして自分ではダメなのだろう、自分の方がずっと、転校生と一緒に過ごした時間が長いのにと。
転校生は男の子の部活動を観察するために、放課後は屋上へ足を運ぶようになった。はじめは週に1回だったのが、週に2回、3回と回数が増えていき、いつの間にか図書室に顔を見せなくなってしまった。少女は本を読みながらずっと、転校生が来るのを待っていた。本の内容はちっとも頭に入ってこなかったけれど、本を読んでいるふりをしながら。少女には信じられなかったのだ。自分と彼女の間にある友情が、こんなにも簡単に壊れてしまうなんてことを。
それから一ヶ月が経った頃。水曜日の朝だった。教室に入ると歓声のような女の子たちのはしゃぎ声が少女の耳をつんざいた。「おめでとう」という祝福の言葉が恥ずかしそうに手をつないでいる転校生と男の子のふたりに向けられたものだということに気づくまで、少女は呆然として引き戸の側に立ち尽くしていた。
照れたような笑顔を浮かべて少女の側に小走りでやってきた転校生は、「おめでとうって言ってくれるでしょ、柚季」と言って、少女の腕優しく掴んだ。
そこで物語はおしまいだった。
玉井柚季がお辞儀をしてしばらく経っても、あたしは席を立つことも、一言声を発することもできなかった。玉井柚季は、何て不器用なひとなんだろうと思った。彼女はたぶんきっとこんな風な形でしか、自分の中にあるものを他人に伝えることができないんだろうとも思った。
学生ホールの中はしんとした夜の静けさに包まれていた。あたしは階段を上り、ゆっくりと舞台の上へ向かった。玉井柚季の立っているところまで。何となくだけれど、玉井柚季がそうして欲しがっているような気がしたのだ。
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