第23話


 はあ、はあ。声が漏れる。息が上手く吸えなくて、胸が苦しい。


 バカみたいに玉井柚季を追いかけて走って、もう何分経過しただろう。ピーターパンが空を飛ぶみたいにすばしっこくて、夜の街をどれだけ掛けても彼女の細い手首を捕まえられない。

 あたしは空は飛べない。あたしはただの人間。あたしはただの女の子だから。


「しつこいくせに、運動は苦手なのな、お前」


 どういう意味、と尋ねたかったのに、息がきれて何も話すことができない。玉井柚季はいつだって不健康な顔色をしている癖に、意外と体力があるのだなあと思いながら、肩で息を整えた。


 夜が更けて誰もいなくなった公園のベンチに腰掛けて休んでいると、緑色の缶を手渡される。スプラウトの炭酸飲料。タブを上に引っ張るとぷしゅ、という間抜けな音とともに、白い泡がぶくぶくと立ち上ってきた。慌てて口に含むと舌の上でさっと溶けて、冷たい液体が胃の中へ落ちていった。「舞台。もう少しだね」と言うと、玉井柚季は不機嫌そうに頷いた。


「あたし、玉井柚季の足を引っ張らずにいられるかな。それだけは絶対嫌なの。あたしは馬鹿にされたっていいけど、玉井柚季の演技だけは絶対、汚したくない」

「私はお前の神かよ」

「そうだよ。知らなかったの?初めて出会ったときからずっと、玉井柚季はあたしの神様だよ」


 大真面目にそう言い切ると、玉井柚季は吹き出した。びっくりしてじっと見つめると、玉井柚季は戸惑ったように自分の口を押さえた。思わず笑ってしまったことが自分でも信じられないと思っているような、そんな表情を浮かべて。


「私はお前の演技、嫌いじゃないけど。汚くて、綺麗だから」

「え」

「リハーサルしようか」


 蝶のように夜空へ飛んでいった彼女はジャングルジムの一番下の段に右足をかけて、あたしの名前を読んだ。唇の上で名前を転がされるだけで、その甘美な響きに胸が震える。


 大きくなってしまった身体には似合わない子供のための遊具に潜り込んで、真夜中の星空を見上げる。今にも落ちてきそうな光が上空に瞬いていた。

 月明かりにぼんやりと照らされて内側から発光しているような玉井柚季を見上げる。ひとりだけに捧げる恋心をジュリエットの台詞に乗せて、あなただけに届くように。


「君の小鳥になりたい」

「そうしてあげたい。でも可愛がりすぎて殺しちゃうわ」


 玉井柚季があたしのところまで降りてくる。どちらともなく手を繋いで、見つめ合う形になったまま、ふたりで砂の上に寝そべった。あたしたちを包み込む緑の匂い。ざわざわと木々を揺らす風の音が心地良い。

 あたしは子守唄を歌うときように優しく、玉井柚季に囁く。


「おやすみなさい。別れるのがあんまり辛いから、朝になるまでこんな風におやすみを言い続けたい」


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