第11話
木材に釘を打ち付ける音に耳を傾けながら、無造作に置かれている白いベンチの上にちょこんと体育座りする。来月に近づいてきた学園祭に向けて、校内の彼方此方で準備が行われていた。
勿論、演劇部も例外ではない。舞台の背景、役者が使用するドレスや小道具など、必要なものは幾らでもある。部員人数が少ないせいもあり、総出で作業をしなければ間に合わないところだけれど、人よりもずっと鈍くさくて不器用なあたしはすぐに戦力から外されてしまった。
だけど、ここでじっとしているのも、少しつらい。みんなが頑張っているのに、自分だけが何もしてないなんて、申し訳なくもある。
何かお手伝いできること、ありませんかー…そう言おうとして立ち上がった瞬間、髪の毛を後ろで束ねている玉井柚季と目があった。演劇部でつくったお揃いのTシャツの袖を肩まで捲っており、棒きれよりも細すぎる二の腕が丸見えになっている。似合わない露出にドギマギしながら俯いていると、玉井柚季がこっちに近づいてくる気配がした。
どきどきどき。玉井柚季にしか反応しないセンサーが、あたしの心臓に取り付けられたみたいに、分かりやすい体の反応。
「ポチ。手、空いてるなら、ついてきて」
いきなり声をかけられたことよりも、すっかり部内に浸透した「ポチ」というあだ名で呼ばれたことにびっくりして、あたしの思考はフリーズした。何も答えないでいると玉井柚季は怪訝そうな顔をして、あたしの手首を掴んだ。冷たい手のひらだった。
「生地屋行って、布、買ってこなきゃ。先輩の分。衣装」
「え?…ちょっと、え!?」
有無を言わせぬ態度とはこのことか。
何にも言わない背中を見つめながら、小走りで歩く。学校を出て、川沿いの道をずんずん進んでいっても、玉井柚季はあたしの手首を掴んだまま離そうとしない。緊張で手汗がすごいから、手を握られなくて本当に良かった。そんなことを考えていると、玉井柚季がいきなり足を止めたせいで、あたしは前のめりにつんのめった。青い信号の点滅。向こう岸に伸びる歩道はそんなに長くない、走れば間違いなく渡れる距離だった。
あたしと玉井柚季の影がふたつ道路に長く伸びているのを見た途端、二人っきり、ということを意識する。部室では隙さえあればべったりと付きまとっていた筈なのに、何を話したらいいか分からなかった。共通の趣味なんてないし、勉強の話もつまらない。隣に玉井柚季が居ると思うだけで、胸が詰まって、息ができない。
迷った挙句、とりあえず、毎日のように放っている言葉を挨拶代わりに口にすることにした。
「…ねえ、玉井柚季のこと、好きだよ」
冗談っぽく言うつもりだったのに、何故か声が震えてしまう。そっと横目で彼女の様子を伺ってみるけれど、反応はみられない。何を考えているか分からない無表情で、真っ直ぐに前を見つめてる。
信号が青色に変わって、玉井柚季はすたすたと歩いて行った。慌てて玉井柚季を追いかける。あたしはいつも、こんな風に、玉井柚季を追いかけてばかりだ。いつも早足で何処までも遠くへ行こうとする玉井柚季との距離は開いていくばかりで、ちっとも埋まる気配がない。不安でたまらなくて、玉井柚季の背中にぎゅっと抱きついて、行かないでって叫びたくなってしまう。
所狭しと手芸道具が並んでいる店内を、玉井柚季は迷わずまっすぐ歩いていった。どちらかといえば裁縫は苦手。こんなところに足を踏み入れた経験もなくて、物珍しさに辺りをきょろきょろ見回していると、セーラーカラーのブラウスの襟を掴まれて、喉がぎゅっと閉まる。玉井柚季があたしの目の前に突き出しているのは、2種類の布だった。透ける素材にスワロフスキーでつくられた星屑が散りばめられている。これで衣装を作ったら、きっとこの世のものとは思えない素敵なドレスができるだろう。
「どっち。紺と水色」
「うーん。…普段のイメージだと、紺だけど。水色の方が、眩しいライトに映えるような気がする。それに先輩の役って、清楚可憐で隙だらけの少女だし。うん。やっぱり、水色がいいんじゃないかな」
一瞬、玉井柚季が動きを止めたような気がしたけれど、カン違いだったかもしれない。玉井柚季は水色の布を手にとると、黒いパーカーのフードをくるんと翻して、奥のレジまで歩いていった。
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