第6話


 玉井柚季が冷たいのは、あたしに大してだけじゃない。


 「「感情のないロボット」みたい。」


 そう言ったのは同期のみくちゃんだった。演技をしているとき以外に、普段、玉井柚季は感情というものを見せない。あたしは玉井柚季の笑った顔を、まだ一度も見たことがない。

 玉井柚季の心にはいつも鍵がかけてあって、中に誰も入れさせない。この人は今までもずっとこんな風に、誰にも頼らず依存せず、ひとりぼっちで生きてきたんだろうか。玉井柚季の能面のような無表情を見ていると、あたしはなんだか寂しくてたまらなくなってしまうのだ。


「『好きな人の好きなタイプを聞き出して、そうなれるように日々の努力を積み重ねましょう。大事なのは、この女の子と一緒にいると自分にメリットがあると、相手に思わせること。』うわー、バッカバカしい!さいっていだね」


 あたしの本を斜め読みしながら、おけいは大きくため息をついた。


「どうして?」

「だって、自分を偽って好きになってもらったって仕方ないじゃん。そのままずうっと、自分とは違う女の子を演じ続ける訳?…そんな無駄な小細工、自分も苦しいにきまってるし、相手にだって失礼だよ。結局、幸せになんてなれっこない」

「んー、そうかな。あたしはそんなこと、ないと思うけど」


 あたしが珍しく反論に出たせいか、おけいは少し怯んだような表情を浮かべた。

 仏教歌をモチーフにした授業の終わりのチャイムが鳴る。女の子たちは席から立ち上がると、増殖したり分裂したりしながら教室から出て行った。


「恋愛なんて、メリットで繋がる刹那的な関係だもん。相手に何かをして欲しいなら、何かを差し出すのは当然のことだよ。ほら、ギブアンドテイク。友達だってそうでしょ?優しくしてほしいなら、うんと優しくしなきゃ。それであたしのこと、好きになってくれるなら、万々歳だよ」


 おけいはあたしの顔をじっと見つめた。それからふと目を逸らして、机の上に散らばっていたあたしの文房具を片付け始めた。


「…随分合理的な考えだね。ポチはどうしてそんなに頑なに、他人に期待しようとしないの?」


—だって、人間は、すぐに犬を裏切るもの。あたしは、ただ、捨てられるのが怖いだけ。使い古したぬいぐるみにはなりたくないの。


 おけいには言えない本当の気持ちを心の中に閉じ込める。神妙な表情を崩さないピュアな幼馴染に、あたしはそっと微笑みかけた。


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