第5話


 英語の授業中。自分の1分間スピーチを終えて恋愛指南本を読みふけっていると、おけいに冷ややかな目を向けられる。

 見開き2ページに渡る文章ほぼ全部に、黄色い蛍光ペンでマーカーが引かれていることに気づいたおけいは、「ポチ、何これ。何処が大事なとこか分かんないじゃん」と呆れように言った。今までロクに勉強なんてしてこなかったせいで、勉強のコツが良く分からないのだ。とりあえず線を引いておけば内容が頭に入るんじゃないかっていう、安易な考えだった。

 横から本を取り上げられて、思わず声をあげる。横幅の広い黒板の前で教鞭を振っている女性教師から柔らかな叱責が飛んできて、あたしたちは肩をすくめながら、小さな声でぼそぼそとささやきあった。


「『…好きな人の好きになる方法 彼の心をつかむ50つのコツ。』うわあ、ポチ、こんなの読んでんの。ガッカリするから、やめてくんない?」

「しょうがないじゃん。だって、玉井柚季が全然、あたしのこと見てくれないんだもん」


 少女の名前は玉井柚季といった。もう何度も唇の上で復唱したその名前を知ったのは、演劇部の活動初日だった。新一年生の自己紹介中、あたしが居ることに気づいた玉井柚季は、世にも恐ろしい目つきでこっちを睨んでいた。そんなあからさまに嫌いって態度、前面に出さないでほしいと思いながら、バレないように、玉井柚季の横顔をそっと見つめる。

 玉井柚季と同じ空間にいると思うだけで、壊れたおもちゃみたいな心臓がばくばくと音を立てた。好き。大好き。好きって気持ちが止まらない。溢れ出しそうな「好き」を玉井柚季に向ける。演劇部の面々に尻尾を振るのも忘れて、あたしは玉井柚季への猛烈なアプローチを開始した。

 でも、今の所全然、あたしのアプローチは上手くいっていない。好き好きオーラを発しているのに、玉井柚季はあたしを見てもくれない。初めて会ったときと何も変わらない冷徹な態度を崩さない。駆け寄っていけば蹴飛ばされるし、尻尾をふったら無視される。少しでも機嫌が悪いときに話しかければ、ひどい罵倒が返ってくるときさえある。

 「うぜえ」「消えろ」「邪魔」「目障り」「やる気ないなら部活やめろよ」…エンドレス、エンドレス、エンドレス。最後のは至極まっとうなご意見かもしれないけど。だけどあんまりな悪口の数々に、あたしは小さな心を痛めていた。


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