第4話
瞬間的にざわめく部室。おけいは唖然とした顔でこっちを見ている。
さすがに頬が熱くなるのを感じたけれど構わなかった。もし少女が本当にあたしの運命の人なら、少女はあたしの手を取ってくれるはずだから。
少女はあたしを見て、にっこりと笑ってこう言った。
「無理です」
え?今、何て?この子、今何て言った?
聞き間違えたかと思って、もう一度さっきの言葉を繰り返した。だけど少女の顔はもうあたしの方を向いていなかった。さっき配られたプリントに目を落として、唇を触りながらぶつぶつ何か言っている。
ぷるんとした桜色の唇。桜餅みたいで美味しそう。…じゃなくて。
無理です。むりです。む り で す。
遅れてきたジャブみたいに、たった四文字の一言があたしを深い穴の底に突き落とした。付け入る隙のない、完全なる拒否!あまりの衝撃に膝が崩れて、その場にへたりこんでしまう。仮にも告白してきた相手に対して、何たる仕打ち。少女はドライアイスよりも冷たくあたしをあしらった。
ここ京都から新幹線で3時間。海が綺麗なことだけが取り柄の田舎町で、あたしはみんなのポチだった。にこにこ笑っていればみんなあたしに優しくしてくれたし、眉毛を下げてお願いすれば面倒ごとは代わりに何だって引き受けてくれた。
それなのに。この人は、どうして。
「ちょちょーい。なになに、部内恋愛は大いに結構だけど、今はテスト中だからねー。そこの君、ちょっと、この子なんとかしといて」
「はっ、はいっ、すみません!」
ピンと背筋を伸ばしたおけいは、半泣きになっているあたしの肩を持ち、部室の隅っこに引きずるようにして連れていった。くしゃくしゃになりかけた顔を隠したくて、体育座りをした膝に頭を埋める。
「ポチ、どーしたの。あんたとは長いこと一緒に居たけど、さすがの私もびっくりしたよ。いくらなんでも急すぎ。っつーか、相手、女子だよ?女子!」
あたしだけに向けられたひそひそ声を聞きながら、何度も首を縦に振る。そんなこと分かってる。でもしょーがないじゃん。女の子を好きになるのなんて人生初めての経験だけど、だって、好きになっちゃったものはしょーがないじゃん。
パンパンと手を叩く音がして、二人目の女の子の入部テストが始まった。同じ台詞を読んでいる筈なのに、少女とは全く違う。先ほど感じた生まれてはじめての衝撃がやってこない。それは無味乾燥、甘みのないクッキーみたいであくびが出るほど退屈な演技だった。
やっぱり少女は特別なのかもしれないとそのとき思う。
少女は、あたしの、あたしだけの、特別。
「ねえ、おけい。あたし、演劇部入る」
「え?だってポチ、スポ根苦手じゃん。この部活、あんたが想像してるより多分ずっとキツイと思うよ。男子とデートとか、喫茶店でバイトとか、あんたの好きなこと、できなくなっちゃうかもしれないんだよ」
おけいは慌てたようにあたしを説得した。さすが幼馴染歴19年、あたしのことを良く分かっている。だけど決意は固かった。
あたしは頑固なのだ。欲しいものは手に入れなきゃ気がすまない。
「別に、いい。もう決めた。あたし、この部活入る。それで、絶対…」
—少女を、あたしのものにする。
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