23話 衝撃と混乱


部屋に帰ろうとしているつもりだった。それなのに、何故か足が重い。

 1歩進むだけの事がこんなにもキツい事など今までにあっただろうか。左足を踏み込むだけで、物凄い激痛が走る。


──バタンッ

 あぁ……蹴り飛ばした衝撃で左足が悪化したんだな。


 その激痛は動けなくなる程の痛みで、俺はその場で嫌な汗を流しながら左足を抑え続けた。


「はぁっ……はぁっ……」

 痛い。物凄く痛い。


「はっ……はっ……」

 息を荒らげすぎて過呼吸になってきた。手足が痺れてきて感覚がない。


 手足の感覚が無くなったにも関わらず、左足の激痛は未だに俺の精神を苦しめる。親友のトモキを蹴ってしまった。女装している俺、マコがトモキに嫌われてしまった。

 今更後悔しても遅いというのに、俺は1歩も動く事ができない。


「マコッ!?」

 トモキの声が聞こえた。


「マコ! どうした!? 大丈夫か!?」

 過呼吸で倒れる俺の身体を揺すって意識があるか確かめる。


 今なら謝れる。そう思って喋ろうとした。


「ごっ……げほっげほっ……はっ」

 過呼吸のせいで上手く喋れない。謝ることもできない俺はトモキの顔を見上げてゆっくりと目を閉じた。






──ピッ……ピッ……ピッ……

 まただ、また病院に来た。

 しかし今度は何かが違う。なんだ、服装? ベッド? 違う、左足の感覚がない。


 横に顔を向けると、シズキとトモキが座っていた。


「マコト……いままで気づいてやれなくてごめんな」

「……?」

「お前、自我障害だっただなんて、気づけなかった。本当にごめん」

「へ……?」

 シズキの方を見ると、ニヤニヤ笑いながらも赤くなった目を隠すようにスマホを見ていた。


 俺は状況を理解する為に呼吸器を外して、ゆっくりと身体を起こす。


「……え?」

「シズキから聞いたよ。マコトの中にマコっていう人格がいるんだろ。それで、わざわざ女の格好して……だからいままでマコに会おうとしなかった。それどころか興味を示さなかった。

 気づいてやれなくてごめんな。俺に嫌われないように、嘘つくつもりじゃなかったのに、色々頑張ってたんだな。マコト」


 今の俺の姿はマコだ。でもトモキは俺をマコトって言ってる。つまり俺は女装がバレたって事? 自我障害? 待て、足が動かないのも色々あって頭が混乱している。


「……あ、あれ……?」

 何故か涙が出てきた。


「トモキ君……騙しててごめん……私っ……」

「いいよ。俺はマコだろうとマコトだろうと、どっちも好きだ」

 どっちも好きだと言われた時、全てが報われたようなそんな幸福感が俺を包み込んだ。


 もしかすると、俺はマコを演じ続けていたせいで、いつの間にかどっちが本当の自分なのか分からなくなってしまったんじゃないだろうか。こんな感情、普通じゃ有り得ない。


「前に言ったよな。マコトも好きだって」

「トモキ……」

 2人で見つめ合っていると、横から頬を抓られた。


「いつまで寝ぼけてんのよ。マコの彼女は私よ?」

「マコ? マコトじゃないのか?」

「何がなんでも私はマコよ」

「ふぅん、じゃあ俺はマコトの彼氏になるよ」

 2人の世界に付いていけないのだが、俺はどうしたらいいんだ。もしかして俺は2人が馬鹿になるパラレルワールドにでも来てしまったというのだろうか。


「ふ、2人とも何言ってるの……?」

「女装したらマコになるんだろう? なら女装していないマコトの時は俺と付き合ってもいいよな?」

「女装してるマコは可愛いんだから私はマコの彼女よ」

 と言われても分からないんだけど。


 え、何? トモキって本当にホモだったの? 俺ホモじゃないんだが。


「た、確かに私はトモキ君の事好きだよ? でも……マコトの時だと……友達としてしか見れないっていうか」

「アンタ私にも似たような事言ったわよね。マコトの時は好きなのに、マコの時は女友達って」

「う、うん」

 本当に人格が変わると好みまで変わるんだな。少し賢くなった気分だ。


「じゃあ何? 私はマコトと付き合って、トモキはマコと付き合うって事?」

「そ、それが正常……じゃない?」

「……駄目」

「俺はどっちでもいい」

 えぇ……どうしたらいいんだこれは。


 というかなんで女装がバレて、更に俺に色んな障害を持ってるって嘘つかせてまで付き合う付き合わないの話をしてるんだ? シズキはどこまで俺を追い詰めたいんだろう。

 でも嫌われる事は無くなったから……いや、学校で広められたら……。


「こ、この障害の事は学校には言わないでくれる?」

「あぁ勿論。理解してくれない人がいると苦しいだけだもんね」

 あぁトモキ君優しい。


「ありがとう……でもちょっと、色々と混乱してるから眠らせてほしいな」

「そうね。足動かせる?」

「感覚がない」

「…………は!?」

「……マジか」

 どうやら足の心配は一切していなかったようだ。俺は鉄人じゃないんだから心配くらいしてくれよ、と思う。


「あ、でも一応動かせるけど……結構危ないかも」

「また難なく動かすだろうって思ったけど……今回はそうは行きそうにないわね。トモキ、アンタのせいよ」

「本当にごめん、マコ。それとマコト」

「うん……今はマコって呼んでほしいかな。混乱するから」


 色々とややこしくなってきたから1度眠って状況を整理する必要がありそうだ。


◆◇◆◇◆


俺はトモキに "自我障害" を持っていると勘違いされていて。

 女装している時はマコ。マコは精神的な病気を沢山患っていてかなりか弱い女の子。

 女装していない時はマコト。不良で喧嘩が強いけど事故によって喧嘩ができなくなった。元々性同一性障害を持っていたが別人格のマコを作ることによって克服した、と勘違いされているようだ。


◆◇◆◇◆


 全部、シズキが吐いた嘘だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る