22話 伝え方


ダムの観光を終えて皆で旅館に帰ってくると、涼しい部屋で早速ゴロゴロし始めた。

 外はかなり気温が高く、立っているだけで熱中症で倒れそうな程だった。


「シズキ、ちょっと来て」

 俺はシズキを部屋の外に呼び出し、自分の気持ちを伝えることにした。


「な、何よ」

「俺シズキと付き合いたい。トモキの事は諦める」

「……そう? なら、別に付き合ってあげなくもないわ。これからも女装してくれるならね」

 まだ少しだけ素直じゃないが、それでも付き合ってくれるようになったシズキを見て嬉しく思う。


「ありがとう。後はこの事をどうやってトモキに伝えるか……なんだよね」

「今回ばかりは私は手伝わないわよ。アンタが決めた事なんだから、しっかり自分の言葉で伝えなさい」

「そ、そう……だよね」

 またシズキに任せようと思っていたけど、この件に関しては確かに俺が選んだ結果なのだから仕方ない。


「相談……くらいならいいかな?」

「じゃあパンツ見せて」

「え?」

 急に何を言い出すのだろうか。


「パンツ、見せてくれたら相談に乗ってあげる。付き合うんだからこのくらい出来るわよね」

「うぅ……恥ずかしいんだけど、分かった」

 その場でショートパンツを下ろし、男の物で少し膨らんだ女用のパンツを見せる。色は黒と白だ。


「ありがとう。じゃあ相談に乗ってあげる」

 満足そうな顔をしたシズキは、ニコッと笑って相談に乗ってくれるようになった。


「と、その前に皆に聞かれないよう2階の広い休憩所に行きましょ」

 休憩所というと、この前行ったかなり開放的で椅子が並んでいた場所だろう。あそこなら広くて話しやすいし、人が近寄ってきたらすぐに見つける事ができる。






 休憩所にやってきた俺達は椅子に座って、トモキにどうやって伝えるか考え始めた。


「まず今度のデートの約束は打ち消しね」

「トモキには悪いけど……仕方ないね」

「普通に"信頼できるシズキちゃんと一緒にいたいからトモキ君とは付き合えない"って断ってみたら?」

 それだと俺ってバイセクシャルって思われるよな。いや、まあ別に仕方ないか。


 それから2人で、トモキにどうやって伝えるか詳しく言葉を考え続けていった。その言葉を伝えるのは俺1人で、シズキの監視も何もなし。俺の好きなタイミングで伝えないといけないらしい。

 まず大事なのは俺の病気の事。本当は病気なんて1つも持っていないのだが、嘘の病気を話に出して俺の追い詰められたような心境を伝える。そうすればトモキもこれ以上は悪影響だと思い諦めてくれるだろう、という作戦だ。


 隙ができればすぐにでも伝えるつもりだが、なるべく周りに人がいなくて話を聞かれないような場所が良いとの事。ならばアイや危険人物のサクラが寝ている時間帯。この旅行は明後日には帰る予定になっている為、チャンスは今日の夜か明日の夜だ。


「ありがとうシズキ」

「マコちゃんの恋人だもの。当然よ」

 そう、今のシズキはマコの恋人であり、マコトの恋人ではない。俺はマコトとしてシズキと付き合いたいのだが、それはまだまだ先の話になりそうである。





 暗くなってきた頃にやっと部屋に戻ってくると、皆は既に夕食を食べ始めていた。

 俺とシズキもすぐに夕食を食べ始めて、アイからの質問責めに堪え続ける。アイが何していたのかと質問してくる度に、サクラがニコニコしながら 「大事な話をしてたんだよ」 なんて、全て知っているような喋り方をするから恐ろしい。


 銭湯にもさっさと入っていよいよ夜、皆が眠る準備を始めた頃にいよいよトモキを呼び出すことにした。


「ちょっとトモキ君、いいかな」

「あ、うん。どうしたの」

「来て」

 悲しまれる事は承知の上。バクバクと鳴る心臓を抑えながらトモキと休憩所に向かう。


「どうしたんだい?」

「大事な話があるの」

 そういうと、トモキも何についての話か理解したのか真剣な表情になる。


 休憩所に到着して、2人は横長の椅子に座って外の景色を眺めながら話すことにした。


「大事な話って?」

「うん……やっぱり私、トモキ君とは付き合えない。今度のデートもやっぱり……無理みたい」

 そういうとしばらくの沈黙が流れた。トモキの顔を見ることができない。


「どうして?」

 少しの間を置いてトモキが聞いてきた。


「やっぱり、私の事を知って拒絶されるのが怖いの。それなら私の事を何も知らないままで居てほしい。もう私にはシズキちゃんっていう理解者が居てくれてるから、私はシズキちゃんと一緒にいたい」

「マコは俺を信用出来ないって事?」

「っ……」

 信用出来ないという言い方だと少し違う。しかし、どう答えたら良いか分からず言葉に詰まる。


「信用は……してるよ? でも、やっぱり何も知らないままで居てほしいの……ずっとこの事を考えててね、もしトモキ君に嫌われたらどうしようってっ……」

 何故か俺は涙を流していた。嘘を付いているだけなのに、なんでこんなに悲しいんだろう。涙が止まらない。


「嫌われたくっ……ないっから……」

「……そっか。やっぱり、知られるのは怖いよね」

「……うんっ……」

「嫌われたくないって正直に話してくれてありがとう」

 正直に……そうか。俺、トモキに嫌われたくないんだ。女装がバレて嫌われる事を心のどこかで恐れてるんだ。だからこんなに感情が入ってしまっている。


「でも、俺はマコがどうであろうと嫌いにならない自信があるよ」

「……えっ……?」

 その時、トモキは俺の肩を押して横長の椅子に横たわるように寝かせた。


「少し乱暴だけど俺ってヤンキーだから。お互いの事を理解しよう。これが俺の気持ちの伝え方だよ」

 そういってトモキは俺の股を開いてきた。


「えっ、えっ……!」

「信用してもらう為だよ」

 ゆっくりとショートパンツのジッパーを下ろしていく。まずい、その先を見られたら女装がバレる。


「可愛いパンツじゃん」

「やっ、やめっ……」

 パンツに指をかけられ、ゆっくりと下ろされる。


 まずい、やばいやばいやばい。


「やめっ……てっ!」

──ガンッ

 咄嗟に足でトモキを蹴り飛ばす。


「痛たた……」

「なんでこんな事するのっ!?」

「っ……」

 俺は無意識に叫んでいた。


「トモキ君はこんな事する人じゃないって思ってたのにっ!」

 涙をボロボロ流しながら、思ってもいないような言葉が口からどんどん吐き出ていく。


「もうっ……トモキ君とは話したくないっ……」

 最後にそう吐き捨てて、俺は皆が寝ている部屋に帰っていった。


 今の言葉も全て、思ったことのない言葉だった。俺の心の奥にある叫びなのだろうか。違う、まるで本当にマコという辛い過去を持った人格が現れたような……自分じゃないような感覚だった。

 俺はどうしてしまったのだろう。本当の自分が分からない。


 溢れ出てくる涙を、目が痛くなるまで拭いながら部屋に帰っていった。

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